プロローグ➁

 「確か、この場所は・・・・・・そうそう、『スペリオル』だったな。」


 最後にセーブしたときの記憶がないため、俺は現在地をマップで確認した。初期登録の際に、自分の利き手を入力しているため、その手を空中に翳して2秒待つと、プレイヤーのステータスやマップ、アイテムボックス、時刻などを見ることができる。


 俺がいるのは、5大陸のうち、中央部に位置する「アリエス大陸」である。そして、アリエス大陸に存在する国家の1つ「ロマリルフ帝国」にある「スペリオル」という大都市だ。


 「そういえば、スペリオルでしか狩猟できないクリーチャーの素材集めをしてたっけ・・・。」


 うろ覚えだが、スペリオルでしか受けられないクエストがあり、そのクエストのメインクリーチャーの討伐に明け暮れていたような気がする。


 「にしても、全然プレイヤーがいないな・・・。」


 俺が中高生の頃は、どこの都市に行っても多くのプレイヤーに遭遇した。しかし、現在はNPCしか見当たらない。このような状況を見ると、サービス終了を痛感してしまう。


 ちなみに、アバターの容姿はギアを装着したその時のプレイヤーの外見が大きく反映される。ただ、装備は顔や胴体を隠せるものが多いので、そこまで気にする人は少なかったようだ。


 「この装備ともお別れか・・・。」


 俺の装備は、「シュヴァルツシリーズ」と呼ばれているもので、漆黒の外套をベースとした、非常に厨二病心をくすぐる見た目となっている。ただし、このシリーズは「オーバーロード」の称号を与えられた者にしか、手に入れることのできない仕様となっている。


 「ホントによくやり込んだよな・・・。」


 俺はプレイヤーとしては非常に珍しく、どこのギルドにも所属しないで「Creature Hunters」をプレイした。別に誰かと群れるのが嫌いというわけではない。ただ、自分1人の力でどこまでゲームを進めることができるのか、それを確かめるために1人でプレイすることにした。つまり、思春期真っ只中の当時の俺は、「世界最高のソロプレイヤー」を目指していたのだ。思春期が終わりを迎えた後も、「今更ギルドに所属してもなぁ・・・。」という思いがあり、そのままズルズルとソロプレイを継続した。その結果、「Creature Hunters」に登場する全クリーチャーを狩猟するとともに、HR999に到達した者にしか与えられない「オーバーロード」を、ソロプレイヤー史上2人目として獲得するまでに至った。


 「拠点もないし、ログを見て過ごすか。」


 ギルドを創設したプレイヤーは、好きな都市にギルド拠点をつくることができる。城や屋敷、秘密基地など、様々なモチーフの拠点があるが、俺はソロプレイヤーだったため、そのようなものが一切ない。したがって、俺は、噴水前の木製ベンチに座り、最後の時間を過去の狩猟履歴を映像や文字で見ることにした。


 十数分が過ぎただろうか、右手を翳して時間を確認すると、日本を標準とする現実世界の時刻は「23:57:39」となっていた。サービス終了は「0:00:00」なので、残り3分を切った。なお、この世界の時刻も現実世界の時刻の下に表示されており、「11:57:39」となっている。つまり、この世界は、現実世界と12時間の時差があるのだ。


 俺の青春があと少しで終焉を迎える。何とか最後にこの世界に来られて良かった。あのネットニュースを見てなければ、あとからサービス終了を知り、絶望にうちひしがれていたに違いない。神様がせっかくの機会をくれたのだろうか。


 「明日も5時起きか・・・。はぁ、本当に辛い・・・。」


 23:59:46、47、48、49、50・・・


 ・・・いっそのこと、俺をこの世界に固定してほしいところだ。


 23:59:53、54、55・・・


 俺は静かに目を閉じ、強制ログアウトを待った。そして・・・


 「・・・・・・・・・・・・ん?」


 俺は違和感を覚え、そっと目を開けた。すると、眼前に広がるのは、見慣れた自宅でも、ほとんど毎日出勤しているオフィスでもない。先程と変わらない、スペリオルの街並みだ。


 「え、ちょ・・・・・・は?」


 今頃は、サービスが完全に終了し、強制的にログアウトさせられているはずだ。そこで、俺はパッと時刻を確認した。すると、現実世界の時刻の表示が消え、この世界の時刻「12:00:53」となっていた


 「ログアウト画面も消えてる・・・・・・?」


 俺は、ステータスの一番下にある「ログアウト」という文字もないことに気づいた。強制ログアウトされず、自分の意思でもログアウトできない。そして、現実世界の時刻表示も消えた。これらすべては、ゲームシステムの重大な故障なのか分からないが、一つだけ言えるとすれば・・・


 「俺は、この世界に閉じ込められたのか・・・。」



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 「マジか・・・。俺が最後に変なことを願ったからか・・・?」


 俺は一度状況を整理することにした。ゲームプレイヤーが扱えるステータス・マップ・アイテムボックス表示は、問題なく作動している。所持している武器や装備の入れ替えも可能だ。すなわち、ゲームシステムにおいて、ログアウトする、この仮想世界から現実世界に戻るという機能のみが失われたと仮定できる。


 「・・・はぁ、明日の会議とプレゼン、どうすればいいんだよ・・・。」


 すぐに運営がシステムを回復させてくれれば良いのだが、もしこのままの状態が続けば、間違いなく俺は会社に多大な損失を与えてしまう。確実にクビになって・・・。


 「・・・ん、いや、待てよ・・・。」


 正直、俺はあのブラック企業を辞めたかったのだ。ただ、退職願を出して転職する勇気などなかった。一方、このゲームの世界であれば、ソロプレイヤー「ルシファー」として、数々のクリーチャーを狩猟し、蛮勇を振るってきた。俺が生きがいを感じられるとすれば、まさにこの「Creature Hunters」の世界の中だ。今日か明日にもゲームシステムが回復するかもしれない。ただ、それで現実世界に戻ったとしても、俺のクビは免れないだろう。であれば、偶然にもこの世界に閉じ込められたのだ。「第二の人生」として楽しまなければ、何の意味もない。まさに、「発想の転換」と言える。


 「よし!」


 俺は力強く立ち上がり、澄んだ晴天の空を仰いだ。


 「強制ログアウトされるまで、この「第二の人生」を謳歌してやる!!」


 こうして、俺の所謂「第二の人生」がスタートした。いつ現実世界に連れ戻され、終焉を迎えるか分からない。だからこそ、後悔しないように過ごすと心に決めた。


 ただ、心のどこかでは、もう二度と現実世界に戻れないと感じていた・・・。

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