第26話 作戦当日

「みなさん、おはようございます。昨日ご挨拶させていただいた、川辺幽玄です」


 朝の会。

 教卓で、幽玄坊が爽やかな笑顔を浮かべている。

 言っていた通り、一年生……それも俺と姫香がいるクラスを担当するようだった。


 正体を知らなければ、爽やかなイケメンだ。

 生徒の一部からは、黄色い声が上がっている。


「みんな、歓迎してくれて嬉しいよ」


 そんなことを言いながら、幽玄坊が俺を見た。

 最も歓迎していないのは俺だ。当たり前だけど。


 いつ襲ってきても大丈夫なように、指先で懐の暁天扇に触れながら幽玄坊を睨む。


 姫香は今日、学校を休んでいる。

 幽玄坊の対処が終わるまで、登校させるわけにはいかない。彼女の神眼は妖怪にとって脅威で、自身に対抗できる力はない。守りきれる保証がない以上、幽玄坊と顔をあわせるのは危険だ。


 もっとも、今日中にかたを付けるつもりだが。


「先生、ちょっといいですか?」


 朝の会が終わってすぐに、俺は幽玄坊の前に立った。


「なにかな」

「二人で話したくて」


 幽玄坊は目を細めて、薄ら笑いを浮かべる。


 幽玄坊は俺が妖狐であることを知っている。

 だが、陰陽師と繋がっていることは知らないだろう。現に、幽玄坊は余裕の表情を保ったまま頷いた。


「いいよ。校舎裏でも行こうか」

「うん。じっくり話そうよ」


 幽玄坊から見て、妖怪同士で話そうと言っているように見える……はずだ。

 その油断が命取りである。


 俺の最初の役目は、幽玄坊を一人、生徒たちから引き離すこと。

 その後は詩音や赤尾と協力して、一気に叩くのだ。


「なんでこの学校に?」

「君と一緒さ。人間と共存したいんだよ」

「ふーん。どうだか」


 校舎裏へ向かいながら、小声で言葉を交わす。

 足を止めたのは、ちょうど昨日訪れた、備品倉庫の前だ。千砂の妖術で解錠したはいいが、女教師に見つかり探索を断念した場所。


 もう一時間目の授業が始まる。人の気配はなかった。

 堂々と授業をサボることになるが……そんなことは気にしない。


「聞いてるよ。人間と共存……それを君が掲げていることをね。そして、人間を襲う妖怪を退治して回っていることも」

「ああ、そうだよ。だからお前が人間と敵対する意思があるのか、確かめる必要がある」


 もっとも、以前姫香を襲ったこと、先日の隅田川の河童の言葉……こいつが敵であることは間違いない。


 この会話は時間稼ぎだ。


「あはは、敵対ねえ。僕は理想郷を作ろうとしているだけさ」

「理想郷?」

「そうだよ。妖怪と人間が暮らす理想郷さ。どうだい、君も協力しないか? 妖狐には少々住みづらいかもしれないけどね」

「なにを言っている?」

「僕の妖術こそが、真に人間との共存を実現できる。君の願うことじゃないか、白神朔夜……いや」


 幽玄坊は芝居がかった仕草で、手を広げる。


「東雲一茶”元”隊長さん?」

「なっ……!」


 なぜ知っている……!


 俺は戦闘形態になりながら、護符を取り出した。

 しかし……。


「あら、またここに来たの? 白神くん」


 そっと、肩に手を置かれた。

 そこにいたのは、昨日の女教師……西谷先生だった。


 だが、おかしい。今の俺は尻尾と耳を出していて、服装も髪色も違う。

 人間が普通に話しかけてくるのは異常だ。


「……先生も敵だったのか」

「私だけじゃないわよ」


 西谷先生は人間だ。姫香の目で見たから間違いない。


 それに、他の生徒や先生にも妖怪はいなかったはず……なのに。


「おいおい、まじかよ」


 俺を囲うように、三人の男教師が出てきた。

 この学校に潜入していたのは幽玄坊だけではなかったのか……。西谷先生も含め、四人。それほどの人数が、幽玄坊に協力している……。


「ちっ、作戦が漏れてたのか」

「計画のために、邪魔者は排除しないとね。まあどのみち、ここは移動しなくちゃいけないけど……」


 誰から漏れた?

 この作戦を話したのは、龍之介、詩音、赤尾の三人。それから、弥子と千砂だけだ。

 あるいは、盗聴でもされていたか? 相手の能力は未知だ。それもあり得る。


 だが今は、この場をどう切り抜けるか……。


『避難訓練、避難訓練。地震が発生しました』


 その時、校内に放送が流れた。

 これは赤尾の作戦だ。生徒の安全のため、避難訓練によって生徒を校庭に集める。


「みんな、彼をよろしくね」

「待て!」


 そう言って、幽玄坊が備品倉庫に入っていった。


 やはりあそこになにか隠していたのか。

 俺は西谷先生の手を払って、追おうとする。


「ざんねん、私、ただの人間じゃないの」


 そんな声が、耳元から聞こえた。

 西谷先生の身体から、霊力が溢れる。


「陰陽術か!」


 西谷先生、それから男教師たちから、水の弾丸が一斉に放たれた。


「護符術──簡易結界」


 俺は四方に障壁を生み出す陰陽師で、水弾を防ごうとする。

 ……しかし。


「陰陽術が……発動しない?」


 護符はうんともすんとも言わずに地面に落ち……俺は水弾をもろに食らった。

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最強陰陽師の妖狐転生~裏切られ死んだ陰陽師、妖狐となって蘇る~ 緒二葉@書籍4シリーズ @hojo

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