第25話 赤尾
白神朔夜が帰った後、部屋には花染龍之介と赤尾だけが残っていた。
「……いやいや、未だに信じられないんすけど」
「だろうな」
朔夜と龍之介による説明を聞いている間、赤尾はぽかんとしていた。
彼が帰ったころにようやく頭が追いついてきたのか、龍之介に詰め寄る。
「どうなってんすか! 東雲”元”隊長が生まれかわってて、しかも妖狐になってて、さらには妖怪と戦ってるとか! しかも明日攻めるからよろしくとか突然言われたって!」
「いきなりですまんな。俺の娘のためなんだ……」
「部下より娘を優先する親バカ隊長……!」
赤尾ががしがしと頭を掻く。
まだ若い陰陽師だ。対妖部隊『スイレン』に入って未だ数年。実践経験は浅い。
「どうする? 俺たちを通報するか? 赤尾」
「……はあ。するわけないでしょ。だから俺を呼んだんすよね?」
「まあな。お前ならわかってくれると思ってた」
「隊長が信じてるなら、俺も信じるっすよ。それに、東雲たい……元隊長は俺の憧れっすから」
赤尾は拳を握りしめ、遠くを見つめる。
「東雲さんだけじゃなく、詩音さんと花染隊長……三人に助けられたあの日から、俺の目標です」
「そんなこと言いながら、詩音を狙ってたじゃねえかよ」
「それとこれとは話が別っすよ! 隊長が出張で、詩音さんと二人の秘密任務! これってもしかして、俺にチャンスくれた感じっすか?」
熱く語っていたはずが、一気に雰囲気が崩れた。
軽い調子に戻った赤尾が、ニヤニヤとして顎をさする。
「カッコイイところを見せれば、わんちゃんありますね」
「……あるといいな」
早くに跡取りを残すために政略結婚なども多い陰陽師にとって、詩音のように独身を貫く女性は少ない。
対妖部隊『スイレン』の隊員は戦闘に重きを置き結婚が遅い傾向にあるため、致し方ないことではあるが。
その中でも、龍之介と東雲一茶”元”隊長という幼馴染が傍にいることが多く、男性隊員は気後れしてしまうことがほとんど。
赤尾は珍しいタイプと言えた。
「知ってます? 今年四年ぶりに隅田川花火大会があるんすよ」
「あ~、コロナが落ち着いたからな。ったく、コロナが妖怪だったら倒せるのによ。……で、それがなんだ?」
「当たり前じゃないっすか。俺、明日の任務が終わったら……詩音さんを花火大会に誘います」
「……万が一成功したら、その日は二人とも休みにしてやるよ」
龍之介の返答に、赤尾がガッツポーズする。
「言いましたね!? 成功間違いなしなんで、絶対覆さないでくださいよ!」
「わかったよ。早く明日の準備をしろ」
「うぉおおおお、やる気出てきたぁ!」
東雲一茶が妖狐になっていたことよりも、そっちのほうが赤尾にとっては重要らしかった。
「さて、俺はもう出発しないとな」
巨大なカラスの式神を出して、龍之介は背中に飛び乗った。
◯
「朔夜さま!!」
龍之介の家のある敷地を出た瞬間、弥子が走って飛びついてきた。
小学生の身体にとって弥子は大きいが、霊力も使いなんとか受け止める。
「あれ、千砂に伝言頼まなかったっけ?」
「聞いたので、探しにきました!」
「忠犬かよ」
「筆頭家臣の狐ですよ~」
弥子は俺にぴったり張り付きながら、ニコニコと笑みを浮かべる。
どうやら、わざわざ俺を追ってここまで来たようだ。よく場所がわかったな……。
「そんなことより、朔夜さま。ここ……陰陽師の家では?」
「わかるのか?」
「こんな隠す気もない強固な結界、見ればすぐわかります」
そりゃそうか。
龍之介の家……と呼ぶには大きすぎる屋敷は、彼によって張り巡らされた結界が貼られている。
非陰陽師である妻と娘を守るためだ。
共鳴符といい、かなり器用な陰陽師なのだ。最強は俺だったが、最も優秀なのは龍之介だった。
「実は、陰陽師の協力者を得た」
「なんと!」
隠しても仕方がないので、一部真実を伝える。
「人間との共存には必要だろ? まだ、ほんの数人だけどな」
「さすが朔夜さまです! 朔夜さまのカリスマなら、陰陽師も
「うん、まあそんな感じ」
弥子が全肯定家臣でよかった。
きらきらと目を輝かせ、俺を称賛する。
「でも……」
すん、と弥子の顔から表情が消えた。
「朔夜さまに危害を加えたら、ぜったい許しません」
そして怖い顔をして、そう言った。
「俺が負けることはないから安心しろ」
「そうですよね!」
すぐに天真爛漫な笑みに戻る。
まあ実際、今の俺が龍之介と戦えば、確実に負けるだろう。
まだ霊力を増やしきれていないため、彼には遠く及ぼない。
「弥子」
「はいっ」
「明日の昼、とある妖怪と戦う。協力してくれるな?」
詩音と赤尾。二人とともに、幽玄坊を倒す。
そこには弥子の協力も欲しい。
弥子は二つ返事で頷いた。
「私はどこにでもついていきますよ」
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