第24話 ドライブ

 ……放課後。


「姫香、一緒に帰ろう。姫香のお父さんも呼んであるから」

「パパ?」

「そうだ。外で待ってるぞ」

「いっしょ帰る……!」


 姫香は嬉しそうに俺の手を握った。

 ……あれ? まるで誘拐犯みたいなセリフだな?


 俺は悪い妖怪だ……。


 だが、いち早く姫香を安全なところに連れていかなければならない。

 そのために、共鳴符を使ってすぐに龍之介に連絡した。車で迎えにくるようだ。


 教育実習生として学校に現れた河童……幽玄坊から逃すために。


 俺は姫香の手を引いて、昇降口へ急ぐ。

 幽玄坊の姿は見えない。俺たちを殺すのが目的なのだとして、まだ手を出してくる気はないようだ。


 入学式の時の、外で開けた状況ならまだしも、校内で手を出されたら戦いづらい。

 あまり暴れて、周りに被害が出たら困るからだ。


 幽玄坊も、強硬手段に出ずに、わざわざ身分を偽って近づいてきた。おそらく、騒ぎを起こしたくないのだろう。

 例えば、学校になにか隠しているものがあり、陰陽師に介入されたくない、とか……。


「朔夜は狐じゃなくて狼だったの?」

「千砂よ、意味のわからない発言はやめなさい」

「だって、女の子を連れ去ろうとしてるから……」


 昇降口で千砂に出会い、妙な勘違いをされている。

 この子は陰陽師の娘で、俺は元陰陽師で……などと正直に話すわけにもいかない。


「俺はこの子の家に遊びに行くから、弥子に言っといてくれ」

「えー! うんうん! 伝えとく! そっかそっか、朔夜にも友達ができたんだ。嘘だと思ってた」

「友達くらいいるわ」


 俺の一番にして唯一の友達だよ、姫香は。


 少し不安を覚えて姫香を見ると「ともだち!」と頷いていた。よかった、俺の一方的な気持ちではなかった……。


「じゃあ、また後でな」

「朝までには帰ってきてね」

「ああ」


 明日も学校だ。朝には帰らないとな。

 ……いや、毎日夜に出歩いているから感覚が麻痺してきた。普通は小学生が朝帰りなんてしない。


 千砂が先に行ったのを見届けて、校舎の前に停車されたセダンに近づく。


「おいおい、女子小学生にモテモテじゃねえか」

「マジでやめてくれ」

「うちの娘に手出したら殺す。まずは手を離せ」

「ひめかちゃんパパこわい……」

「てめえ……」


 窓を開けて睨んでくるのは、今や『スイレン』の一番隊隊長となった花染龍之介だ。

 俺は肩をすくめて姫香の手を離す。


 ちなみに、姫香は俺たちの会話にきょとんとしている。

 当然だ。俺と龍之介の関係なんて知るわけないのだから。


「とりあえずうちに行こう。そこなら安全だ」

「ああ。迎えに来てもらって悪いな」


 二人で後部座席の扉を開ける。


「こんにちは。姫香ちゃん、朔夜くん」

「しおんちゃんだ!」


 後部座席にいたのは詩音だった。

 俺のことはあくまで、小学生として扱うことにしたようだった。姫香の前で、あまりおかしな会話もできない。


 ……それに、彼女自身、俺の扱いを掴みかねているところもあるのだろう。

 龍之介の反応のほうがおかしい。死んだはずの仲間が、妖怪になって現れた。そんなもの、簡単に受け入れるなんてできまい。


「姫香が後ろ座って」

「わかった」


 姫香が素直に頷き、詩音の隣に乗り込んだ。

 俺は助手席に乗る。


「姫香ちゃん、学校楽しい?」

「たのしい。さくやがはなしかけてくる」

「あら、そうなの」


 おい、まるで俺が付きまとっているみたいな言い方じゃないか! 実際そうだけど!

 ほら見ろ、お父さんの目つきが鋭くなったじゃないか。


「……こほん。共鳴符は見たな?」

「見たから迎えに来たんだろうが。概ね把握してる。ったく、こっちは裏切り者の調査で忙しいってのに」

「手がかりゼロって言ってただろ。威張るな」

「うるせー」


 姫香が詩音を話し始めたのを見て、龍之介と小声でやり取りする。


「幽玄坊は危険だ。いつまでも野放しにしておくわけにもいかない。それに、学校でなにか企んでいる」

「ああ、わかってる。すぐにでもこっちから仕掛けるぞ。自分から出てきてくれてむしろ好都合だな。ちなみに、姫香はしばらく休ませる」

「それがいいだろうな」


 堂々と実習生として出てきたのだ。この機会を逃す手はない。

 妖怪は一度逃げられると、探すのは困難。龍之介と協力して、一気に叩く。


「明日にでも仕掛けよう。龍之介、動けるか?」

「……俺は無理だ。なぜか今日、出張任務が入ってな」

「このタイミングで……?」


 隊長の出張というのは、さして珍しくもない。

 だが、幽玄坊が来たのと同じタイミング……少し引っかかる。


「代わりに詩音と……うちの若い奴を行かせる。お前が死んだあとに入った奴だが、優秀な陰陽師だ」

「信用できるのか?」

「ああ」

「ならいい。すぐに呼んでくれ。俺の素性も話す」

「……いいのか?」

「お前が信用してる奴なんだろ?」


 龍之介は粗雑なところがあるが、人を見る目はたしかだ。

 強さだけの俺より、よっぽど隊長に向いている。もっとも、強さも俺と遜色ないのだが。


「幽玄坊……お前の企みは俺が潰す」

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