第23話 先生

 俺はドアノブから手を離して、身構えながら振り返った。


「……西谷先生」


 千砂が呟く。その後、小声で俺に「私のクラスの担任」と教えてくれた。

 中年の女性教諭だ。校内で何度か見かけたことがある。


「もう、最近の子どもはませてるわねえ。だめよ、女の子をこんなところに連れ込んじゃ」


 そう言いながら、彼女は俺と倉庫の間に割り込む。

 扉を塞ぐように立って、俺をじっと見下ろした。


「ここは危ないものがたくさんあるから、入っちゃだめ。いい?」

「……わかりました」


 俺は素直に頷く。ここでは、ただの子どもだ。


 どっちだ?

 ただの教師として諭しているのか、あるいは、ここにあるなにかを隠しているのか。


 倉庫に子どもを入れないのは、大人としては当然の対応だ。

 だが……俺にはなにか裏があるように思えてならない。


「あら、鍵が空いてる。誰かが締め忘れたのかしら」


 やだやだ、と言いながら、彼女はポケットから取り出した鍵で施錠した。


「千砂、行こう」

「う、うん」


 俺は西谷先生を警戒しながら、静かにその場を離れる。

 俺たちがいなくなるまで、彼女は扉の前から動かなかった。




 そして、午後。


 昼休みが終わってすぐに全校集会があり、生徒は体育館に集められていた。

 ほとんどの教師も体育館にいて、壁際に立っていた。

 その中には当然、先ほど会った女性教諭……西谷先生の姿もある。


 警戒するように見ていると、ふいに目が合って慌てて逸らした。


「……姫香」

「ん」

「あの先生、見てみてくれ」

「みた」


 姫香の傍に寄って、西谷先生を見てもらう。

 姫香には霊力を見抜く神眼がある。もし妖怪が化けているなら、彼女の目に霊力が見えるはずだ。


 化けていても、微弱な霊力は漏れてしまう。

 霊力を内包しているだけの陰陽師と違い、妖怪は肉体そのものが霊力でできているからだ。


 ほとんどの者が知覚できないその霊力も、神眼なら見える。


「キラキラしているか?」

「してない。朔夜はキラキラ!」

「そっか。ありがとう」


 姫香の言葉に、ほっと胸を撫で下ろす。

 どうやら、俺の取り越し苦労だったようだ。


 倉庫への侵入を止められたのは、ただの教師としての行動だったらしい。

 霊力がないなら、妖怪ではない。


「俺以外にキラキラしている人はいる?」

「んー……、あの子!」


 姫香はきょろきょろと見渡して、やがて離れた場所にいた千砂を指差した。


 千砂は妖怪だ。それを知っているのは俺だけだし、見抜けたということは姫香の能力に疑いはない。

 ……ていうか、ほんとすごい能力だな、神眼。

 まだ幼く、意味をあまり理解していないようだが……陰陽師として成長すれば、妖怪にとって脅威となる能力だ。

 もちろん、陰陽師にとっては非常に強力な味方になるだろう。


「他には?」


 念のため、姫香に尋ねる。


 全校集会という機会に姫香と話せてよかった。

 もし敵がいるなら、姫香の神眼で炙り出せる。


「いない」

「よかった」

「?」


 こてん、と姫香が小首を傾げる。


 君は知らなくていい。龍之介は、姫香を妖怪に関わらせたくないだろうから。


 とりあえず、学校内に妖怪は紛れ込んでいないようだった。


「お次は、教育実習でいらした先生をご紹介します」

「あ!」


 束の間の安心を享受していると、アナウンスとともに、姫香が声をあげた。


「きらきら!」

「なっ……!」


 彼女が指差した先……ステージに現れた男性を見て、俺は思わず身構える。


「ご紹介に預かりました、川辺幽玄と申します。一年生の授業にお邪魔するので、みなさんよろしくお願いしますね」


 堂々と姿を現したのは、謎の河童……幽玄坊だった。

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