第22話 砂掛術

 六月になった。


 さて、龍之介との接触という目的は達成したわけだが、小学校には変わらず通い続けている。


 幽玄坊……入学式に現れた、河童の男を探るためだ。

 偶然来ただけかもしれない。あるいは、子どもを狙ってきただけかもしれない。


 だが……気になるのは彼の言葉だ。


『うーん、厄介だなぁ。この学校に妖狐族の王子と神眼持ちか』


 まるで、この学校になにか秘密があるかのように。

 たとえば……姫香の神眼で見破られたら困るもの……妖怪の隠れ家などがあるとか。


 この辺りの事情と、隅田川で戦った河童のことは、龍之介に伝えた。

 共鳴符……龍之介が作った伝達の護符で、なるべく細かく伝えたつもりだ。


 姫香が通う学校だ。彼は全力で調査するだろう。

 だが、内部を探るなら、小学生である俺のほうが動きやすい。


「できれば姫香を連れて歩いて神眼で見抜いてほしいが……」


 昼休み。ちらりと姫香を見る。

 相変わらず、女子に囲まれていた。


 ……まあ、巻き込みたくないからそれでいい。


 ぼっちの俺は誰に見咎められることもなく、教室を出た。

 当たり前だが、学生なら校内をある程度自由に移動できる。


 毎日のように散策しているのだが、今のところ、怪しい場所は見つけられていなかった。


「あ、朔夜だ!」


 廊下で、砂かけ少女の千砂と出会った。

 可愛らしく手を振ってくる。


 こうしていると、人間にしか見えないな。


「千砂ちゃん、この可愛い子だれ?」

「私の……弟?」

「えー! 弟いたんだ!」


 千砂が目を泳がせながら必死に絞り出した。

 まあ無難な言い訳……かな? 一緒に住んでるし。

 苗字違うけど。


「あ、でも血は繋がってないけどね! 一緒に住んでるの」

「少女漫画みたい! 仲良いの?」

「仲良しだよ! 今日も一緒に登校したもん」


 千砂と友達が、俺の話で盛り上がっている。

 妖怪だとか人間だとか、関係ない。こうして、友達になることだってできるのだ。

 襲いさえしなければ、共存も不可能ではない……。千砂を見ていると、そう思わされる。


 まあ、俺に友達はいないけど!!


「千砂、ちょっと来い」

「うん、わかった!」


 千砂が友達と別れて、俺の横に並ぶ。


「今日も調査?」

「ああ」


 顔を寄せて、千砂と小声で話す。

 幽玄坊の件については、千砂にも話している。学校に通う妖怪として、彼女も他人事ではない。


「あれから奴は姿を見せないが、なにか企んでいるに違いない」

「この学校が好きだから……もしみんなを襲おうとしているなら、私も守りたいよ」

「そうだな」


 靴を履き替えて、外に出る。

 向かうのは校舎裏……用具倉庫が並んでいる辺りだ。


 あちこち見て回ったが、ここが一番怪しい。

 めったに人が来ないため、なにかを隠すのに都合がいいのだ。


「朔夜、友達できた?」

「……いや、別に友達作りに来たわけじゃないし」

「できてないんだ」

「そんなバカな。友達くらいいる」

「何人?」

「……一人?」


 姫香とは友達だ。入学式の日の友達になろうって言ったからな!


「朔夜……」


 歩きながら、千砂が憐れみの目を向けてくる。


「たいへん、私のご主人さまがぼっちだ……。人間との共存って言ってたのに共存できてない……」

「うっ……」


 千砂のストレートな言葉が胸に突き刺さる。

 い、いや、龍之介とか詩音とかもいるし……むしろ陰陽師と交流あるとか、共存の最たる例だし。


「今度、私の友達も紹介してあげる」

「必要ない」

「強がらなくていいよ?」


 めちゃくちゃお姉ちゃんヅラしてくる。

 俺だって幻術を使えば、全員友達にすることも……いや、それは悪い妖怪ムーブすぎるな。


「……ここだ」


 ちょうど、用具倉庫にたどり着いた。


 ちょっとした小屋くらいのサイズで、倉庫にしては大きい。


「千砂、開けられるか?」

「やってみる」


 当然、倉庫には鍵が掛かっている。

 壊すのは簡単だが、そういうわけにはいかない。千砂を連れてきたのは、鍵を開けるためだ。


「砂掛術」


 千砂の足元から、砂が巻き上がる。

 それは彼女の妖術によって操作され、一つの生物のように一体となって動き出した。


 砂の塊は鍵穴に入り込み、中を探る。


「えいっ」


 千砂の声に応じて、かちゃりと音がした。


「さすがだな」

「えへへ。砂の操作は、お婆ちゃんより上手かったんだよ」


 元々、砂かけ婆は砂をかけるだけの妖怪で、操作の妖術などなかったのだろう。

 代を重ね、次第に妖術へと変わっていったのだ。


「さて、中を拝見しようか」


 なにもなければいいが……。


 俺はドアノブに手をかけ、開けようとする。

 その時。


「あら、なにをしているのかしら?」


 背後から、女性の声が聞こえた。

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