第21話 再会

「……わかった」

「龍之介!?」


 龍之介が頷き、詩音が驚きの声を上げる。


「本当に信じるの? 妖怪だよ?」

「だが、陰陽術を使っている」

「陰陽術を使える妖怪だっているかもしれない」

「かもな。でも……」


 龍之介が泣き笑いのように顔を歪める。


「俺が信じたいんだ」

「……龍之介がそう言うなら」


 なんとか、話を聞いてくれる方向になったようだ。


 俺は頷いて、口を開く。


「場所を変えよう」


 ひとっ跳びで川岸に上がり、神隠しを解く。尻尾と耳、服装を戻し、髪も黒くした。

 小学校に通うのと同じ姿だ。


「あっ、お前! 姫香に言い寄ってたガキじゃねえか!」

「言い寄ってねえよ……」

「生かしちゃおけねえ……。詩音、こいつ殺すぞ」

「このバカ親は姫香のために殺すべきなのでは?」


 銃を構えた龍之介と、一触即発になる。


「はあ……あんたたちはまったく」


 詩音が呆れたようにこめかみを押さえる。

 なんだか、昔に戻ったみたいだな。


 俺たちは肩をすくめて、川岸に座った。


「なあ一茶。……なにがあったか、話してくれるか?」


 真面目な顔をして、龍之介が尋ねる。


「ああ。俺は……三番隊の奴に殺された」

「なっ……!」


 そこから、俺はあの日のことを話していく。


 突然、呼び出されたこと。三番隊の隊員に騙され、陰陽術を封印され、殺されたこと……。


「裏切り者だと……しかも陰陽術の封印? そんな術を使われたら、手も足も出ないぞ」

「まあ、さすがに限定的な術だと思うけどな。場所を誘導されたから、設置型の術だ」

「だとしても厄介だな。対策を考える必要がある」


 しかも相手だけ術を使えたのだ。

 そう簡単に使えるものだとは思いたくないが……。


「それと、裏切り者は誰だ? 名前はわかるか?」

「いや……顔を見ればわかるけど」

「オッケー、顔写真の一覧を手配しよう」


 別の隊の隊員まで網羅しているわけじゃない。

 特に三番隊は秘匿されている部分も多く、接点が少ないのだ。


「三番隊の男性……もしかして」


 黙って聞いていた詩音が、スマホを取り出す。


「あった。この人?」


 見せてきたのは、一枚の集合写真だ。

 映っている詩音は中学生くらいで、陰陽師の修行中の写真だと思われる。


 そして、そこには例の男も映っていた。


「こいつだ! 今すぐ捕らえてくれ」

「無駄だよ……。この人はもう死んだから。一茶が死んですぐにね」

「……ちっ、口封じか。だが、逆に言えば首謀者ではないということか」


 スイレンに潜入という難易度の高いことをしておいて、あっさり切り捨てる……。

 それはつまり、他にも裏切り者がいることを示している。この男一人なら、そんな有用な人物をあっさり処分する理由がないからだ。


「……ていうか、いつのまに二人とも信じてくれるんだな」

「当たり前だろ? 話してりゃわかるって」


 俺の言葉に、龍之介がにっこり笑う。

 そして、腕を広げて俺を抱きしめた。


「よく蘇ってくれた。たとえ妖怪でも、一茶が生きていてくれたことが俺は嬉しい」

「……離れろ、暑苦しいな」

「照れやがって」


 龍之介とは背中を預けあった仲だ。

 俺が死んだことを、誰よりも悲しんでくれたに違いない。そう確信できるくらいの信頼関係が、こいつとの間にはある。


「詩音だって、口では気丈なこと言いながら悲しんでたんだぜ?」

「そうなのか?」

「ああ。毎日墓参りに行ってたみたいだからな。一部じゃ、実は恋人関係だったんじゃ? なんて噂もある」

「は? ないない」

「ははっ、だよな」


 龍之介と笑い合っていると、詩音の額に青筋が浮かんだ。


「あんたたち二人とも、私に告白してきたこと忘れたの?」

「ガキの頃の話じゃねえか」


 あの頃は、周りに同年代の女子が詩音しかいなかったのだ。


 だが、陰陽師として戦い始めてから……そのような雰囲気ではなくなった。

 互いに、恋愛にかまける余裕がなかったのだ。

 また、互いに忘れたいことも、目を背けたいこともたくさんあった。


 龍之介が一般人と結婚したのも、そういった陰陽師の暗い側面から逃げたかったからかもしれない。


「ん、ていうか毎日墓参りって……俺の墓はどこにあるんだ?」

「あ? 皇居の地下だよ。最強の陰陽師の遺体を、生半可なところには置けない。陛下の霊力の元、沈静化させるべき……って三番隊の隊長が言い出したんだ」

「あのタヌキじじいか……」


 神の子孫である天皇陛下がおわす皇居は、日本でも有数の霊力溜まりとなっている。

 俺の肉体を沈静化させるのに、これ以上の場所はないだろう。下手に扱えば、陰陽師の才能が転じて、妖怪や呪いになりかねない。


 まあ、俺の意識のほうはこうして妖怪になっちゃってるわけだが。


「だが……まだ頭部しか発見されていないんだよな」

「……は?」

「犯人が頭だけ送りつけてきやがったんだよ。胴体は行方知れずだ」

「……胴体をなにかに使うつもりか? にしても、なんで頭部だけ」

「さあな。俺たちは挑発だと受け取ったが」


 その可能性はあるだろう。

 一番隊の隊長を討ち取ったことを示すには、頭部だけあれば十分だ。


「……ったく、一茶に聞けば情報が増えるかと思ったが、余計に謎が増えやがったな」

「裏切り者の調査を頼む。他にもいるかもしれない」

「ああ。スイレンでも誰が信用できるかわからん。詩音と二人で、秘密裏に進める」


 龍之介と詩音が頷き合った。

 この二人は信用できる。幼少からの付き合いだ。こいつら以上に、任せられる人選はない。


 このまま昔話に花を咲かせたいところだが……そうもいかない。

 それは全てが終わった後だ。


「一茶、スマホ持ってないのか?」

「ないな」

「じゃあこれを渡しとく」


 龍之介が差し出したのは、数枚の護符だ。


「共鳴符か。相変わらず、脳筋のくせに器用だな」

「脳筋は余計だ」


 護符になにか書けば、対となる護符にも書かれる術だ。

 これがあれば、密に連絡を取り合うことができる。スマホと違って傍受の心配がなく、隠滅も容易い。


「じゃあ俺はそろそろ行くわ。姫香の護衛をしなくちゃいけないからな!!」

「仕事しろ」

「俺は隊長だからいいんだよ」


 龍之介が隊長になったのか。順当だな。


 龍之介と詩音が背を向ける。


「また飲みにでも行こうぜ」

「小学生なんだけど」


 生前のように言葉を交わして、二人は去っていった。

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