第20話 詩音


 対妖部隊『スイレン』一番隊。

 俺が隊長をしていた部隊の隊員であり、幼少より花染龍之介と三人で切磋琢磨してきた幼馴染……詩音。


 彼女は明確な敵意を俺に向けていた。


「白昼堂々暴れるなんて、死にたいみたいね」


 俺と同じ『水蜘蛛』で水面に立ちながら、詩音は刀を構えた。

 水面を蹴り、一気に迫る。


「待て、詩音……っ」

「死になさい」


 俺は咄嗟にしゃがみこんだ。

 頭上……俺の頭があった場所を、刀が通り過ぎていく。


(相変わらず速いな……!)


 これが詩音の戦闘スタイルだ。

 陰陽師を多用するのではなく、身体能力と刀をメインに戦う。


 また、持つのはただの刀ではない。


「一回止まれ! 狐火──蒼炎」


 蒼き炎を詩音に向けて飛ばす。

 この程度で倒せると思っていない。


 予想通り、詩音は炎を刀で切り裂いた。


 文字による陰陽術は護符術という名前だが、その活用は護符だけに限らない。

 俺が扇子に護符術を施し術具とするように、武器や道具に術式を刻むことができるのだ。


 護符はほぼ使い捨てになってしまうが、素材によっては陰陽術に耐えうる。

 詩音が持つ刀は、術式が練り込まれた至高の一品だ。


「霊刀──時雨しぐれ。この刀に斬れない術はないわよ!」


 原理は、俺の扇子、暁天扇ぎょうてんせんと同じだ。

 霊力を弾く術によって、妖怪や妖術の霊力そのものを斬る。また、身体能力を向上させる術式も練り込まれている。


 霊力を蓄えた金属を使い、限られた職人だけが持つ技術で数年の時をかけて、やっとできる代物である。


「時雨か。たしかお前の家の家宝だったな。霊力切断を極めた、シンプルだが強い霊刀だ」

「よく調べたね」

「いいや、元から知ってるんだ」

「ま、知ってても防げないけど!」


 詩音は再び、俺に肉薄する。


「詩音、落ち着け。話を聞いてほしい」


 俺は刀を避けながら、説得を試みる。

 このタイミングは予想外だが、知り合いの陰陽師との邂逅は願ったりだ。


 まあ、当の詩音は殺気に満ちてるけど。


「どこで名前を知ったのか知らないけど、妖怪が私を気安く呼ばないで」


 そうキレ気味に言いながら、さらに攻勢が増す。


 彼女が特段、交戦的なわけではない。これが陰陽師の普通だ。

 身内を妖怪に殺された者、目の前で一般人殺された経験のある者……。妖怪に恨みを持つ陰陽師は多く、また妖怪は絶対悪だと刷り込まれている。

 他でもない俺自身もそうだった。


 また、詩音の反応も一般的だ。

 妖怪が馴れ馴れしく話しかけてきて、心を許した途端に殺される……そんな事件は枚挙にいとまがない。


「でも、それじゃあ俺が困るんだよ」


 俺は暁天扇を懐から出し、刀のように構える。


「死になさい」


 一瞬動きが止まった俺に、好機と見て詩音が刀で刺突してくる。


「読めるんだよ。何回手合わせしたと思ってる」


 扇の表面を滑らせるようにして、刀を受け流す。

 その勢いのまま、詩音の後ろに回り込んだ。


 背後から、詩音の首筋に扇を添える。


「俺は東雲一茶だ。話をしよう」

「うそ……」


 振り返った詩音が目を見開く。


「……いえ、彼は死んだの。ありえない」

「死んだけど妖狐になったんだよ。信じられないだろうけど」


 さて、どう証明すべきか。

 詩音の過去でも言い当てるか?


 いや、もっと早い方法があるか。


「式神──冰雀ひばり


 護符が氷の鳥に変わる。

 優雅に羽ばたいて、俺の肩に止まった。


「氷の式神は俺にしか出せないはずだ」

「東雲一茶が妖怪に……魂が……?」


 詩音が困惑している。

 だが、納得してもらわないと話が進まない。


 俺を殺した三番隊の裏切り者。

 そして、『スイレン』に入り込んでいるかもしれない他の裏切り者へ対処するために。


 俯いてぶつぶつ言っていた詩音が、顔を上げた時。


「おいおい、俺の可愛い部下に何してくれちゃってんの?」


 かちゃりと音がして、頭になにかが押し付けられた。


 これは銃口だ。そして、相手が誰なのかは声でわかる。


「龍之介、俺だ。東雲一茶だ」


 ここは皇居からもほど近い。

 さらに、すぐそこに愛娘の姫香もいるのだ。


 ここで暴れたら、彼が出張ってくるのも時間の問題だっただろう。


「お前、本当か……?」

「龍之介! 騙されないで!」

「でも、それ冰雀だろ……? てことは」


 龍之介はあっさり信じてくれそうだ。


 俺は龍之介の持つ霊銃を軽く手で払いながら、改めて言う。


「久しぶりだな。二人とも。……話がある。信じるかはその後でいい」

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