第19話 実験


 俺に、微弱な霊力を感じ取る力はない。ほとんどの陰陽師や妖怪も同じだ。

 それができるなら、人間に化けた妖怪など簡単に看破できる。


 だが、それが濃い霊力であるなら話は別。

 濃くなればなるほど、感覚的にそれを察知できる。


 川岸に近づいてようやく、その霊力に気がついた。


 川の中央に、緑色の肌をした小柄な人型が浮いている。そして、頭には特徴的な皿。

 五大妖怪の一種であり、川を縄張りとする妖怪……。


「河童か。白昼堂々出てきやがって」


 俺は扇子を手のひらで鳴らして、姿を覆い隠す術を発動する。


「幻術──神隠し」


 ここは人の往来も多い。

 河童を隠す意味もあるが、俺の姿を隠すためでもある。


 俺は河岸のフェンスを乗り越えて、川に飛び降りる。

 空中で尻尾を解放しながら、服装を変え、戦闘形態になった。


 落ちながら、素早く印を結んだ。


「掌印術──水蜘蛛」


 同時に、水面に到達する。

 しかし、水飛沫が上がることはない。

 陰陽術によって、水面に立っているからだ。


「あん? 何者だァ?」


 河童が俺を見て目を見開く。


「通りすがりの妖狐だよ。お前こそ何をしている?」

「ギヒヒ、実験さァ。来たる日のために」

「実験だと?」


 目の前に来ればわかる。

 川の霊力がおかしい。普段は山から一定量、水とともに流れてくるだけだが、明らかにここだけ多いのだ。


「だがダメだなァ。幽玄坊様の言う通り、水の中じゃ上手くいかねェ」

「お前、幽玄坊の知り合いか」

「ギヒヒ、幽玄坊様はオレたちを導いてくださるのさ」


 幽玄坊は小学校に現れた謎の河童だ。

 なにかを企んでいる様子だったが……こいつが知っているなら好都合。


「隅田川の河童は減ったと聞いたが」

「あァ、そうさ。雑魚どもは皆、素材となった! だが幽玄坊様に選ばれたオレは違う!」

「素材?」


 口の軽い河童で助かる。

 このまま、情報を引き出そう。


 殺すかどうかは……人間と敵対する意思を確かめてからだ。


「おっと、喋りすぎたか? まァいい。実験のついでに殺してやる」


 そう言いながら……河童が水に潜った。そして、中から水面を拳で叩く。

 波紋が水面を伝って広かった。


 次の瞬間……。


「波? いやこれは……!」


 突如、噴水のように水が噴き出した。

 ただ噴き出しているだけではない。まるで水そのものが増えているようで……。


「ギヒヒ、この公園くらいなら沈められるかァ?」


 河童のそんな声が聞こえた。


「おかしい……河童一匹の霊力で使える術じゃない。まさか、そのために川の霊力を増やして……? いやどうやって……」

「考えてる暇はあるのかァ?」

「ん、ああこの噴水を止めるのは簡単なんだけど」


 俺は懐から護符を取り出す。


「護符術──氷蓮」


 それは、銀襴を破った、対象を凍りつかす陰陽術だ。

 ただの水を凍らせるなら、あの時ほどの出力はいらない。


「爆ぜろ」


 噴水だった氷が、細かい結晶となって水面に降り注ぐ。


 それに紛れて、一気に河童との距離を詰めた。


 水に手を突っ込み、河童の首を掴んで引き摺り出す。


「答えろ。なんの実験だ?」

「ギ、ギヒヒ……幽玄坊様の理想郷を作るためさ」

「理想郷?」

「あァ、それはこの東京を……」


 河童がなにか言いかけた時だった。

 殺気を感じて、咄嗟に河童を離してバックステップで距離を取る。


「……っ!」


 次の瞬間、河童の胸を突き破って、刀が飛び出してきた。

 避けなければ、俺にも刺さっていただろう。


「ギャ、ハっ……」


 河童の口から乾いた声が溢れる。


 刀は引き抜かれ、河童が水に沈んでいく。水面には血の軌跡だけが残った。


「お前は……」


 刀を持ち、水面に立っていたのは俺もよく知る人物。


「大人しくしなさい、妖怪」


 対妖部隊一番隊の隊員であり、俺のもう一人の幼馴染。


 詩音だった。

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