第18話 遠足


 翌日。小学校からバスに乗りやってきたのは、隅田公園だ。


 前世でも何度か訪れたことがある。

 広々とした、静かな公園だ。

 花見の時期は賑わうこの公園も、五月の平日となると多少は空いている。

 もっとも、だからこそ小学生の遠足先に選ばれたのだろうが。


「姫香、よかったら俺と……」

「ひめかちゃんわたしとあそぼう!」

「ひめかちゃんはこっちのグループなの!」


 俺の声はかき消され、女子たちに囲まれている。


 ……姫香は俺と比べて大人気だなぁ。


 姫香は基本ぼーっとしていて口数も少ないのだが、逆に「守ってあげないと!」という気分になるらしい。

 小学生ながら儚げな美しさがある。

 なんであの龍之介からこんな美少女が生まれるんだ……。パパに似なくてよかったな。


「仕方ない。俺は妖怪の警戒でもしとくか」


 ……決して、ぼっちの言い訳ではない。

 

 子どもは妖怪に狙われやすい。

 特に川辺は被害の多い場所である。警戒しておいて損はない。


 もっとも、小1の遠足で川遊びなんてしないが。妖怪関係なく普通に危ない。そもそも隅田川は入るような川ではないし。


 広場で遊ぶだけだ。

 先生の目の届く範囲だけが、許された行動範囲である。


「朔夜くん、何してるのー?」

「石を埋めてます」

「そうなの……」


 ぼっちで地面をイジっている俺に、見かねた先生が話しかけてきた。

 可哀想な子に見えたんだろうな……。


 俺は半ば無視しながら作業を進める。


 もちろん、これは友達がいなくて寂しいから一人で遊んでいるわけではない。

 陰陽術の準備だ。


 図形により発動する紋章術。これは、実は図形の線が完全に描かれていなくても発動する。

 図形の頂点をマーキングしておき、その間を霊力で繋ぐことで紋章とするのだ。


「た、楽しそうだね」

「うん」


 霊力を込めた石を埋めている俺を、先生が不思議な目で見ている。


 一つ終わったら、ぐるっと回って次の場所へ。

 なにかあった時のために、子どもたちを囲うように紋章を作っているのだ。


 周りから見たらおかしな動きの子どもだろうけど。


「最近の子どもわかんない……引退しようかな……」


 先生が謎に打ちひしがれている。


「ごめんね、これも大事な仕事なんだ」

「そ、そう。頑張って」


 先生は諦めて、遠くから見守ることにしたようである。


 俺は特に気にせず、黙々と紋章を完成させていく。


「これでよし、っと」


 最後の一つを埋設し終えた時、ふと姫香の姿を発見した。


 友達はかけっこして遊んでいるらしく、姫香は一人でぼーっとしていた。


 これはチャンス!


「姫香!」

「……?」

「えっと、そうだ。最近お父さんは忙しそうか?」

「うん」

「お父さんはきっと立派な仕事をしてるんだろうなぁ」

「たぶん」


 どうしよう、レスポンスが乏しすぎて辛い。

 俺もしかして嫌われてるのか……?


 姫香は少し遠くに見える川を、じっと見つめている。


「川、きらきら」

「川? ああ、光が反射してるな」

「青いきらきら」


 隅田川はあまり綺麗じゃないから、あまり青くは……とそこまで考えた時、理解した。


 そうだ、姫香は神眼持ち。霊力を視認できるのだ。

 姫香には川の霊力が青く見えているのかもしれない。


 通常、霊力はどこにでもある。だが空気中の霊力は基本的に、非常に薄く神眼でも見えないらしい。


 だが山には霊力が滞留していて、川によって流れてくるのだ。

 姫香はそれを見ているのだろう。


 霊力が光って見える……きっと彼女には、世界が違うように見えているんだろうな。


「すごい! きらきらが増えた!」

「増えた?」

「うん! 川からぐわーって!」

「……っ! 空に上がってるのか? それともこっちに?」

「こっち!」


 川に流れる霊力は、そのまま海に行く。

 自然に飛び出してくることはない。


 可能性があるなら……それは。

 誰かが霊力に力を加えているということ。


「式神──人形劇」


 俺は式神によって、俺のコピーを作り出す。

 もっとも、喋れず簡単な動きしかできないダミーだが。


「わ、朔夜がふたり!」

「悪い、ちょっと待っててな」


 俺はダミーを置いて、川に向かって走り出した。

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