第16話 夜の街


 夜は、妖怪が活発化する……。

 昼間は潜んでいる妖怪も、夜になると人を襲い出すのだ。


 そのため、俺は弥子とともに、定期的にパトロールに出ている。

 人間を襲う妖怪がいれば、殺すために……。


「朔夜さま、なにか浮かない顔ですね」


 狐の姿になった弥子が、同じく狐形態の俺に言う。

 パトロールは基本的に変化せずに行う。

 さすがに、小学生の深夜徘徊はそれだけで問題だ。


 俺と弥子は人気ひとけを避けながら、新宿歌舞伎町の裏路地を進む。


「……色々考えることがあってな」

「幽玄坊とかいう河童のことですか?」

「ああ」


 入学式の日に現れた妖怪だ。

 意味深なことを言いながら去っていった。


「なんであの小学校に現れた……? なにを企んでやがる」

「……私も、調査中に気になることを聞きました。最近、河童がやけに大人しくしている、と。この辺りでは、隅田川の河童が最大派閥のようですが……それもすっかり見なくなったようで」


 河童が数を減らしている。

 だが、幽玄坊は小学校に現れた。

 なにか関係しているように思えてならない。


 河童のテリトリーは川や湖だ。

 近くに隅田川や細かい川があるとはいえ、わざわざ小学校まで出てくるのは不自然。


 さらに、あの小学校になにか意味があるような口ぶりだった。


「なんにせよ、人間に手を出すつもりなら俺が止める。引き続き調査を頼むぞ」

「はいっ」


 弥子には昼間、妖怪の調査を頼んでいる。

 人間に仇なす妖怪が潜んでいる場所を探し、仕留めるためだ。


「並行して、別の妖怪も対処しないとな」

「そうですね。……あそこです」


 弥子が警戒を一層強める。


 案内されたのは、地下への入り口だ。

 バーの看板が掲げられている。


「どうしますか?」

「決まってる。正面から押し入る。弥子はここで待ってて」

「はいっ!」


 俺は人型になって、弥子を置いて階段を降りる。


 気負うことなく、扉を開けて入っていく。


「あ? なんだこのガキ」


 中はバーカウンターのようになっていて、ガラの悪い男たちがタバコを吸っていた。

 その人数、五人。


 そしてソファー席には、女性が一人、あられもない姿で寝かされていた。


「ちょっと迷子になっちゃってね。おじさんたちに案内してもらおうと思って」

「ガハハ。ツイてるな。エサが自分から来てくれるなんてよ」


 ヤクザのような風貌の一人が立ち上がり、俺を見下ろした。


「運が悪かったな、ガキ」


 そう言った男から……霊力が湧き上がった。

 上半身の服を突き破って、猿のような風貌が姿を現す。


「攫猿か……決まりだね。おじさんも運が悪いよ」

「あ?」

「せっかく陰陽師に見つからないように、こそこそ女を狩ってたのにね」


 俺は懐から扇子を取り出し、ぱっと広げた。

 同時に尻尾を解放する。


「お前、何者……」

「術具──暁天扇ぎょうてんせん


 霊力を籠めた扇子で、猿の首を切り落とした。


 男の頭は驚いた表情のまま、地面に落ちる。


「なっ……!」

「お前、何者だ!」


 座っていた男たちが一斉に立ち上がった。


「まさか……最近うちの組の奴らを狩りまくってる妖怪って……」

「ヤクザを隠れ蓑にするのは良い案だけど、いかんせん実践経験が足りないな」


 俺は一足で彼らの中央に移動する。

 雁首揃えて、誰も俺の動きについていけない。

 ああ、雑魚妖怪だ。


 だがこれでも、人間にとっては脅威である。


「人間を襲う妖怪は許さねえ」

「てめえ!」


 猿の腕が、俺を殴りつけた。


「幻術だよ」


 殴られたはずの身体が、ゆらりと消える。


 その隙に、俺は四人の男に護符を貼り付けた。


「護符術──氷結」


 瞬間、男たちの身体が氷に包まれた。


「お前らの霊力は、俺がもらっていく」


 霊力を吸収して、己に取り込む。


 倒れた女性は……もう手遅れかもしれないが、交番の前にでも運んでおこう。


 女性を担いで、階段を上がる。


「朔夜さま、お疲れ様ですっ」

「ああ、弥子。そっちはなにもなかったか?」

「はい。仲間らしき男に襲われましたが……」


 弥子がちらりと路傍を見る。

 全身を切り裂かれた猿が倒れていた。


「あれ、弥子ってなにげに強い?」

「ふふん、私だって少しは戦えるんですよ」

「ふーん。死体を置いとくのもあれだし、俺が食べとこうかな」


 聞くと、そもそも弥子は妖怪の吸収などできないらしい。


「じゃあ、次の妖怪へ行こう」

「夜は長いですからね」


 妖怪はまだまだいる。

 そいつらに示さないといけない。

 ……人間を襲う奴は、決して許さないと。

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