第14話 入学式

「朔夜さまひどいです! 弥子を置いていくなんて……! 筆頭家臣である弥子を!」

「いやだって……弥子、耳と尻尾隠せないじゃん」

「がーん!」


 ランドセルを背負い、小学校の制服に着替えた俺を、弥子が必死に引き止める。

 隣には、同じくランドセルを背負った千砂がいる。


「ううっ……朔夜さまは弥子より若い子を選ぶんですね」

「言い方」

「でも朔夜さま……お気をつけくださいね? 人間の世界は危険がいっぱいですから」


 弥子がぴんと人差し指を立てる。


「陰陽師はもちろん、他の妖怪にとっても……十六夜さまの御子である朔夜さまは、狙われるお立場なのですよ」

「何回も聞いたよ。わかってる」


 まるで母親だな。

 本当の母親である十六夜は、今も寝転がりながらソシャゲをしている。ちなみに、魔法少女のコスプレだ。


「む? 小学生のこすぷれかの?」


 俺の姿を見て寝ぼけたことを言ってくる。

 やめてくれ……実年齢二十八歳に、その言葉は効く。


 十六夜は無視して、背を向けた。


「じゃあ、行ってくる」

「行ってきまーす!」


 千砂とともに、神社を出る。

 下山に時間がかかるので、かなり早い時間だ。


 千砂は俺よりやや身長が高いので、こうして歩くと姉弟きょうだいみたいだ。


 千砂は今年から小学三年生。

 俺は今日が入学式である。


「……胸が痛い」

「緊張?」

「違う。戸籍偽装をしてしまった罪の意識だ」


 千砂の案内で、都心にある怪しげな店に行ったのだ。

 十六夜の子だと伝えると驚くほどスムーズに、俺の戸籍が手に入った。なんでも、化け狸の協力者がいて妖術で自由に戸籍を作れるらしい。


 言い訳の余地もないほど犯罪である。


 それだけで犯罪だが、身分偽装は他の犯罪にも流用される。

 野放しにしておいていいのだろうか……と夜も眠れないほどだ。


 とはいえ、今の俺には必要だし、人間と共存したい妖怪の助けになっていることもたしかだ。

 対処は、俺が妖怪の王になってからでいい。……と、自分に言い訳している。


「あ、学校あれだよ」


 千砂と街を歩き、学校にたどり着いた。

 この小学校は千代田区にある。

 皇居と隅田川の間くらいの位置だ。


 皇居には陰陽師が多く在籍している。

 これだけ近ければ、接触の機会もあるかもしれない。


 ていうか、九尾の狐はこんな近くに住んでいたのか……前世でまったく気が付かなかった。


「朔夜の髪、どうなってるの?」


 変化した姿の髪は真っ白だ。変化を極めれば好きな姿に化けられるようだが、今の俺はこの姿にしかなれない。

 見た目は人間にしか見えない千砂は、ギリギリ地毛で通せたようだが、白は目立ちすぎる。


「幻術を薄く被せて黒くしているんだ。霊力もうっすらしか出ないから、これくらいなら感知もされない」


 銀襴を喰らったことで手に入れた、三本目の尾。

 新たに芽生えた妖術は幻術だった。


 その力で、俺は髪の色を誤魔化している。


「てか千砂、その砂時計……」


 俺は千砂が首から下げる砂時計を指差す。

 ペンダントとしてはやや大きい。


「うん、お婆ちゃんの砂だよ。こうすれば、ずっと持ち歩けるから。入り切らなかったから全部じゃないけど」


 千砂が大事そうに手で握る。

 祖母が死んでからまだ二週間程度。完全に吹っ切れてはいないようだ。

 でも、千砂なりに前を向いている。


「じゃあ、私は先に行ってる! 頑張って!」

「おう。頑張ることはなにもないけどな」


 校門を抜けると、千砂は一足先に校舎に向かった。

 途中で友達と挨拶し、仲よさげに話し始めた。こうしてみると、人間となんら変わりない。


 この学校の入学式は上級生も参加するタイプなようだ。

 俺は新入生受付と書かれた入口に向かう。看板に、大きく文字が書かれていた。


「おっ、2023年入学式! ってことは、タイムラグはなさそうだな」


 俺が死んだのは2021年の6月ごろだ。

 転生してから二年弱。辻褄は合っている。


 懐妊200年とか言うから、少し不安だったんだ。

 ほっと胸を撫でおろす。


 ……その時。


「髪、まっしろ?」


 背後から、声をかけられた。


「なっ……」


 驚いて、勢いよく振り返る。

 俺の髪は、幻術で黒くしてある。微弱な妖術だが、そうそう見破れるものではない。


 まさか妖怪か……? と思って、声の主を見る。

 ランドセルを背負った女の子だった。おそらく、俺と同じ新入生。


「すごい、しろい」


 女の子は無表情なまま、ぽかんと俺の髪を見ている。

 やはり、間違いなく幻術を看破している。


 黒髪を姫カットにした女の子だ。どこか見覚えがある気がする……。


「君は……?」


 俺はポケットの護符を触り警戒しながら、女の子に尋ねる。


「わたし?」


 ぼけっと、彼女は首を傾げた。


「わたし、花染姫香ひめか

「花染……っ」


 思い出した。俺の記憶ではもっと小さかったから、すぐに一致しなかったのだ。

 幼いころに抱っこしたことがある。もちろん、前世で。

 その後も、時々写真を見させられた。


 花染龍之介……俺の幼馴染であり戦友であり『呪弾』の異名を持つ陰陽師の、一人娘である。


「早くもチャンス到来!」

「……?」

「ああいや、こっちの話」


 龍之介なら、旧知の中だ。

 俺の話を聞いてくれるかもしれない。


「今日お父さんは?」

「パパ、おしごと。でもすぐおわらせるって。ママはあっち」


 姫香が指差すのは、保護者席の入口だ。

 龍之介は……妖怪出没で呼び出されたのかな。娘の入学式で可哀そうに。


 すぐには会えないようだ。

 だが、姫香と仲を深めれば、会う機会はあるだろう。


「姫香、友達になろう。俺は白神朔夜だ」

「ともだち……! なる!」

「よし、決まりな」


 目的のためにいたいけな少女を引っ掛ける悪い大人の図である。

 すまない……利用させてもらう。


 しかし、龍之介は非術師と結婚し、娘にも霊力はないと聞いていた。

 そもそも、この微弱な幻術は陰陽師にも見破れない。


 なぜ髪が白いとわかった……?


「なあ姫香。俺の髪、白く見えるのか?」

「しろいよ……?」

「そうか。でもこれ、恥ずかしいから隠してるんだ。子どもなのに白髪だと嫌だろ? だから、内緒にしてくれ。友達の秘密だ」

「わかった! ひみつ!」


 素直でよろしい。知り合いの娘を騙すなんて胸が痛い……。

 とはいえ、なぜ幻術を見破れるのか。


 まさかと思い、姫香の瞳を横目で見る。

 といっても、見た目ではわからない。だが、一つ思い当たるものがあった。


(神眼持ち、か)


 霊力を目視し、幻術を看破する特異体質。

 陰陽師の中でも、ごく一部の者しか持っていないレアな体質だ。現役だと、俺は一人しか知らない。


 霊力がないはずの少女に、それが宿っているかもしれない。


(神眼は霊力が見える分、妖怪事件に巻き込まれやすい。龍之介あいつ、まさか神眼持ちなこと知らないなんてことないよな)


 考え事をしていると、姫香が俺の後ろを指差した。


「さくや。あのひと、へん」

「変?」

「びしょびしょ」


 振り返ると、すぐ後ろに背の高い男が立っていた。

 白いシルクハットを被った、同じく白スーツ姿の青年だ。


 誰かの父親か? しかし、びしょびしょとはどういう意味か……。


「やあ君、なかなか良い目を持っているみたいだね」


 俺の頭越しに、男は姫香の目を覗き込んだ。

 ふいに、男が手を姫香に伸ばす。


「しまった──」


 あまりに自然な動きに、反応が遅れた。

 男が伸ばした指先が──鋭く尖った爪に変わった。


「僕にちょうだい?」

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