二章

第13話 砂かけ少女 千砂

 氏族の妖狐たちの前で宣言した翌日。


 俺は砂かけ婆の孫……砂かけ少女の千砂と山の頂上に来ていた。


「途中でこぼさなかったか?」

「はい、大丈夫です」


 千砂が抱えるのは、砂が入った竹筒だ。

 両腕で、大切そうに抱いている。


「敬語じゃなくていいって言っただろ。千砂は対等な仲間なんだから」

「うん! でも、敬語じゃないと弥子が怒る」

「ほっとけ」


 千砂は八歳。

 対して、俺はせいぜい六歳程度の見た目だ。妖狐として生まれてからは、まだ二年弱しか経っていない。

 敬語を使うのも変だろう。弥子と違って、千砂は俺に仕えているわけじゃないし。

 敬語は慣れてなさそうだったから、タメ口を提案したのだ。


 まあ前世は二十六まで生きたけどな……。合計したら二十八歳だ。

 とはいえ、そのことを弥子や千砂に話す気はない。

 陰陽師であったことは、時が来るまで黙っていようと思う。


 彼女らにとっても、気持ちのいいものではないだろうし。


「この辺でいいか?」

「うん」


 山頂で隣り合って座る。

 今日ここに来たのは……弔いのためだ。


「お母さんとお父さんが死んだ時、お婆ちゃんが言ってた。私たちは死んだら、砂になるんだって」


 千砂が竹筒の蓋を開ける。中に入っているのは、砂かけ婆の遺灰……いや、遺砂だ。


「弔う時はこうやって、なるべく高いところから風に流すの。風に乗って、山や海に落ちて、他の砂と一緒になって……ずっとずっと、生き続けられるから」

「いい言葉だな」

「うん。お婆ちゃんも死んだら、そうしてほしいって言ってた」


 砂かけ婆特有の死生観か。

 いや、人間にも散骨という文化がある。それに近いのかもしれない。


「お母さんとお父さんが死んでから、ずっとお婆ちゃんと住んでたの。人間の街に出たり、人間と遊んだり……人間と仲良くしてた」

「……そうか」

「だから、朔夜が人間との共存を目指すって言ってくれて嬉しかったの。私も、そうしたい」


 千砂が竹筒を置いて、両手を合わせた。まるで、祈るように。

 それは千砂が砂を操る時にする動作だ。


 竹筒から砂が少しずつ、宙へ舞い上がっていく。


「ばいばい、お婆ちゃん。朔夜が作る新しい世界、そこから見てて」


 千砂が砂の操作を解いていく。

 山に吹く風が、砂かけ婆だった砂をさらって、遠くへと運んでいく。

 ……はずだった。


「……なあ、なんか戻ってきてないか?」

「う、うん」

「風向きは、たしかに向こうのはず……」

「もう操作してないよ?」


 飛んでいったはずの砂が、こちらに戻ってきた。

 それだけじゃない。まばらに散った砂が一つに集まり……千砂の元に集中する。


 砂は一塊になり、布がはためくように長い膜になって、千砂の周りをくるくると回った。 


「はははっ」


 それを見て、俺は思わず笑みがこぼれる。


「死にきれねえってさ」

「え? え?」

「千砂が心配なんだろ。長年生きた妖怪の霊力だ。きっと、千砂の力になってくれる」


 砂かけ婆は、間違いなく命を落とした。

 だから意思なんて残ってないはず……なんだけど。まあ妖怪は普通の生物と違うからよくわからん。

 少なくとも、この砂に遺る霊力は本物だ。


「あはっ。違うよ」

「ん?」

「朔夜の作る世界を、お婆ちゃんも見たいんだよ」

「そりゃあ、光栄だな。なにがなんでも実現しなきゃいけなくなった」


 感動の別れに立ち会うつもりだったが、拍子抜けだな。

 だが、こっちの方が良い。


「さて、帰るか」

「うん! あっ、そうだ」


 千砂が竹筒に砂をしまいながら、なにかを思い出したように俺を見た。


「そろそろ春休みが終わるから、準備しないと。朔夜の仲間になっても、学校行ってもいい?」

「……へ? 学校? 妖怪学校的な?」

「そんなのあるの? 普通に人間の学校だよ」


 学校……学校って、あれだよな。子どもが勉強しに行く。

 千砂、普通に学校通ってるの!?


 人間に紛れて暮らす妖怪がいるのは知っているが、まさか堂々と学校に通っているとは……。


「だめ……?」


 潤んだ目で俺を見る千砂。


「ダメどころじゃない。……俺も行きたい」

「やったっ。じゃあ一緒に行こ!」

「けど、どうやって行くんだ?」

「えっと、こせき? を妖怪に作ってくれる人間がいるの」


 とんでもねえ重大犯罪の証言聞いちゃったんだけど……。

 でも、今の俺には必要なことだ。陰陽師に近づくために……。


「よし、じゃあさっそくそいつの元に案内してくれ」








「花染隊長!」

「おう赤尾。聞いたぜ? 彼女にフラレたんだろ~?」

「マジそれで傷心中なんで、報告終えて早く帰りたいです」

「おいおい、欲求持て余して雪女に騙されるとかやめてくれよ? 可愛い子紹介してやるから」

「それセクハラっすよ。報告始めていいですか?」

「いいじゃねえか。どうせ良い報告なんてないんだ。ちょっとくらいふざけさせてくれよ」


 皇室直属対妖部隊『スイレン』総本部。

 一番隊隊長、花染龍之介の元を訪れたのは、部下の赤尾だ。


 花染が肩をすくめ、真面目な顔をする。


「最近は鬼が活発化してますね」

「いつもだろ。群れないのだけが救いだけどな」

「あいつらが統率されたら滅びますね、日本」

「はっ、冗談にもならねえな」


 一番隊は、常に最前線で妖怪と戦い続ける部隊だ。

 人間を害する妖怪から、陰ながら日本を守っている。


 特に霊力が強いと言われるのは、五大妖怪。

 鬼、天狗、河童、化け狸……そして、妖狐。


 そのうち、妖狐と化け狸は近年、被害報告が少ない。

 目下、スイレンの隊員を悩ませているのは鬼、天狗、河童の三種だ。


「天狗は山での被害報告はありますが、人里に下りてきた形跡はしばらくありません」

「山を攻めるのは危険すぎる。様子見だな。で、河童は?」

「……異様なほど、静かです」

「そりゃあ……逆に怖いな」


 河童は水辺で人間を引き込み、喰らう妖怪だ。

 長年争ってきた宿敵でもある。


 日本で発生する水難事故の何割かは、河童の仕業だ。

 対策は講じてきたが、まだ大きな成果は上げられていない。


「嵐の前の静けさじゃなけりゃいいが……。引き続き、三番隊と協力して情報収集に努めろ」

「はっ」

「今日はもう帰っていいぞ」


 花染の言葉に、赤尾が体勢を崩す。

 上官に対する硬い口調ではなく、親しげに花染に寄った。


「あの……詩音さんって独身っすよね? 彼氏いるか知ってます?」

「は!? やめとけやめとけ。あいつ、雪女より危ねえぞ」

「いいじゃないですか! 幼馴染の花染隊長は既婚者で、東雲隊長は……あっ」


 言いかけて、赤尾が気まずそうに視線を逸らす。

 花染はタバコを加えながら、窓の外を見た。


「すんません」

「気にすんな。俺たち三人は幼馴染だけど、恋愛っつーより……親友とか戦友って感じだからよ。お前が詩音を狙うのは別にいいが……いやでも、ほんと、やめといたほうがいいぞ?」

「俺だって結婚したいんすよ! この仕事やってると、出会いぜんぜんないし……。花染隊長は、お子さんもうすぐ小学生でしたっけ?」


 子どもの話になり、花染は頬をだらしなく緩めた。


「そ~なんだよ~! 来週入学式でな? 今から楽しみで楽しみで。聞いてくれよ、この前ランドセル買いに行って……」

「じゃあここで失礼します」

「あっ、ちょっ……ったく」


 長くなると察した赤尾は、急いで退出した。

 消化不良の花染は、タバコの煙をゆっくりと吐いた。


「……娘には、妖怪なんぞと関わらず平和に生きてほしいもんだな」



〈二章 学園編 開幕〉

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