第12話 決意
「何事であるか、緊急招集などと」
「十六夜様は相変わらず気まぐれじゃ」
「銀襴が来ておらぬようだが?」
神社の広間。
氏族の妖狐たちが集まり、ざわざわと話している。
俺は戸の隙間から、そっと中の様子を伺った。
今回、彼らを集めたのは十六夜ではない。俺だ。
銀襴を倒したその日に伝達し、三日後。こうして、すぐに集まってくれた。
「ククク、朔夜よ。怖気づくでないぞ」
「はっ。誰が」
ここで怖気づいたら、集めた意味がない。
全員が集まったのを確認し、俺は十六夜とともに広間に入った。
妖狐たちが、一斉に口を閉じて平伏した。
「頭を上げろ」
そう、俺から命じる。
十六夜は俺の後ろで、黙って座っているだけだ。
「朔夜様、今日は何用で?」
七尾の金狐……たしか金閣という名だったか。
彼の問いに応える形で、俺は話し始めた。
「先日、銀襴に襲われた」
「なんと……! あやつ、まさか朔夜様に手をかけるとは」
「で、俺が殺した」
「……」
絶句する金閣。
証明するために、俺は懐から取り出した銀閣の毛を、宙に放り投げた。銀色の光沢を放つそれは、ゆらゆらと舞い落ちる。
同時に、腰から
「信じられないか?」
「い、いえ……しかし銀襴も、あれでそれなりの実力者。いかに朔夜様といっても……」
「俺のほうが強かった。それだけだ」
たしかに、妖狐としては格上だった。
霊力も、総量でいえば遠く及ばない。
だが、俺には陰陽術がある。
格上と戦った経験も、数え切れないほどある。
銀襴くらい、敵ではなかった。
「銀襴はたしか、人間との戦争を望んでいたな。金閣」
「ええ、そのようでしたな」
「お前も同じ考えか?」
「否、某は十六夜様と道を同じくしておりますとも」
「そうか」
それはよかった。
この中でも、金閣は圧倒的に強い。唯一七尾に到達していて、さらに老練な雰囲気がある。
敵対していたら、厄介だった。
「では、俺からも一つ、宣言しておこう。これは白神十六夜の子だからではなく、白神朔夜……俺自身の意思だ」
懐から扇子を取り出し、カン、と床を鳴らす。
「人間に仇なす妖怪は許さねえ。俺は、人間との共存を目指す」
妖狐たちに、堂々と言い放つ。
中には、銀襴のように人間を襲いたい者もいるだろう。
だが、俺はそれを許さない。
「妖狐だけじゃない。全ての妖怪に徹底させる。従わない奴は、殺す」
「なっ……!」
妖狐に転生してから、ずっと考えていた。
なんのために、俺は妖怪になったのだろうか、と。
陰陽師として妖怪を滅し続けた俺が、今度はその妖怪になるなんて、なんの冗談かと思った。
だが……妖怪になったことで、前世では知らなかったことも見えてきた。
妖怪は、全てが人間を害するわけではない。
むしろ、敵対していたのはほんの一部だったことを。
妖怪にも生活があり、知性があり、良心がある。
普通に接している分には、人間と同じような感覚だったのだ。
そんな妖怪まで、俺は滅したいとは思わない。
「人間と妖怪が共存する世界。それを俺が作ってみせる」
甘い考えだろうか。理想論に過ぎないだろうか。
陰陽師の掟には、完全に反している。妖怪の常識でも、ありえない。
陰陽師であり妖怪でもある俺にしか、成し得ないことだ。
俺はそのために妖狐になった……そんな風に思っている。
「すぐには無理だろうが、いずれ成し遂げる」
「それは、他の種族……鬼や天狗などとも敵対するということですぞ」
「元よりそのつもりだ」
金閣だけが、苦言を呈した。
妖狐たちは黙ったまま、ことの成り行きを見守っている。
ははっ、銀襴が日和見と言っていた理由がわかるな。
だが、全員に共感してもらおうなんて思っていない。これは、俺の決意表明だ。
俺は立ち上がり、出口に向けて一歩踏み出す。扇子で肩を叩きながら、肩越しに挑発するように笑った。
「骨のある奴だけついてこい。──新しい世界を見せてやる」
そういえば、俺は妖狐族の王になるんだっけか。
足りないな。
俺が目指すのは……妖怪を統べる王だ。
全ての妖怪を支配し、人間と共存する世界を作り上げる。
「ククク……妾は陰から見守っておるぞ」
「ああ。邪魔すんなよ」
十六夜と小さく言葉を交わし、唖然とする氏族たちを置いて広間を出た。
「朔夜さま、かっこよかったです……! この弥子、演説を聞いて胸のうちが熱くなりました!」
広間から出ると、弥子が出迎えてくれた。
頬を染めて、うっとりとしている。
「弥子は当然、朔夜さまについていきます!」
「ああ、筆頭家臣だな」
「筆頭家臣! なんと甘美な響き……」
しかし、ちょっと調子にノリすぎたかもな……。
俺にはもう一つの目的、対妖部隊『スイレン』の裏切り者調査もあるのに。
とはいえ……俺の直感では、その二つはどこかで繋がっている気がする。
銀襴を喰って三尾になった。まだまだ強くならないとな。
陰陽師との接触方法も考えないといけない……。やることは山積みだ。
「朔夜、さま!」
弥子とは別に、俺の名を呼ぶ声があった。
駆け寄ってきたのは、年端もいかない少女……銀襴に殺された、砂かけ婆の孫だ。
あの日から、神社で保護している。
「どうした、
「私も、朔夜さまの仲間になりたい! です」
千砂は、実年齢は八歳らしい。
髪はクリーム色のボブカットで、あどけない顔立ちをしている。
しかし、その瞳には確かな決意が宿っていた。
「私、ちょっと砂遊び得意、だから」
千砂が、ふいに両手を合わせる。
空中に砂が現れ、彼女の周りを舞い始めた。
なるほど、砂かけ婆の伝承が、砂の妖術に昇華しているのか。
「たぶん、役に立つ!」
「いいぜ。お前も来い、千砂」
「うん!」
氏族の前であんだけ大見得切ったのに、仲間は二人だけか。
まあいい。いずれ増えるだろう。
「むう、筆頭家臣は弥子ですからね!」
「千砂も筆頭がいい!」
「ダメですー。弥子は朔夜さまが生まれた時から仕えているんですから。ぽっと出の千砂には負けません!」
なにを言い争ってるんだ。
弥子はだいぶ年上だろうに……。高校生くらいの見た目で、実際は何歳か知らないけどさ。
「二人とも、頼んだぞ」
特に深い意味はなく、二人に笑いかける。
転生して一年半ほど。
二人もついてきてくれることに、まずは感謝しないとな。
「はい!」
「うん!」
〈一章 転生編 完〉
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