第10話 初めてのおつかい

 変化の術を習得し、人間の姿になれるようになってから、半年ほどが経過した。

 

 この姿なら髪だけ隠せば、一応人間に紛れることができるはずだ。髪は真っ白だけど……。

 人間社会に出れば、なんとか対妖部隊『スイレン』に接触できるかもしれない。


 俺の目的である、裏切り者の情報を伝えること。そして、その対処。

 この二つには、外に出ることが必須だ。


 いつまでもこの山にいるわけにはいかない。


「なに? 外に出たい?」

「うん」


 単刀直入に、十六夜に打診してみた。


 勝手に脱走してもいいけど……現状、悔しいが彼女の庇護は必要だ。


 霊力の強化はまだ半ばで、山にいる木端妖怪では打ち止めになってきた。強い妖怪は妖狐の縄張りに入るような愚行はしない。自然発生する弱い妖怪では、大した餌にはならないのだ。


 その意味でも、外に出る必要はある。


 しかし、どう説得するか……。


「よいぞ」

「え? いいのか?」


 あっさりと承諾され、拍子抜けだ。


 というか、プレイ中のソシャゲから顔を上げすらしない。

 千年以上行きている妖狐が、なんでソシャゲに熱中してるんだ……。コスプレの題材も、主にソシャゲが情報源らしい。


「うむ。それだけ完璧な変化ができるなら問題なかろう。陰陽師にも見破れまい」


 完全に化けた妖怪は、人間と見分けがつかない。それは、陰陽師だったころに痛感している。

 霊力も、体内にあったり、微弱だったりすると感知できない。

 大きな妖術を使われて初めて、陰陽師は気づくことができる。


「おお、そうじゃ。頼みたいことがあったのじゃ。妾は忙しいからの」

「ゲームでね」

「うむ、でいりーみっしょんをくりあーせねばならぬ。よって、朔夜に仕事を任せようと思う」


 そう言って、十六夜はがさがさと棚を漁り始めた。やがて「これじゃこれじゃ」と巻物を取り出す。


「ここに向かうがよい」

「なにこれ?」

「妾の配下の居場所じゃ。様子を見てきてほしい。古い知り合いでなぁ、今日来るはずじゃったが、なかなか顔を見せぬ」


 十六夜はぽいと巻物を投げ渡し、再びソシャゲに戻った。

 それ以上の説明はないらしい。


 開くと、印刷された地図が貼られていた。


「地図か。巻物である意味なくね?」

「雰囲気じゃ」

「そうかよ。まあ、行ってくる」


 ついでに陰陽師探しでもするか。

 妖怪だってバレたら攻撃されそうだけど……。






「朔夜さまと初のお出かけ! 嬉しいです!」

「別に弥子はついてこなくてよかったのに」

「そういうわけには参りません! 危険から朔夜さまをお守りせねば!」


 勝手についてきた弥子とともに、山を下る。

 弥子は外出用なのか、頭巾を被っている。それで耳を隠しているつもりらしいが、巫女服は尻尾の形に膨らんでいて、怪しさ満点だ。


「でも弥子、完全に変化できないじゃん」

「がーん、朔夜さまにイジられました!」

「いや、イジったというか、心配してるんだけど……」


 がーん、って口に出す人いるんだ。

 まだ狐の姿のほうが目立たないと思う。二尾あるけど。


 かくいう俺も、純白の髪に狩衣の幼児という、怪しい風貌だけどさ。


「大丈夫ですよ。今日は市街地には入らないので」

「そうなのか?」

「はい。といっても、多少は人間も来る場所ですけどね」


 陰陽師がいる可能性は低い、というわけか。


「はっ、そこ!」


 突然、弥子が茂みに狐火を飛ばした。

 さっきから周囲を警戒して、威嚇しているのである。


「ふう、蜘蛛ですか。危なかったですね、朔夜さま」

「いや、妖怪でもないただの蜘蛛は危なくないよ……」


 中には毒を持つ危険な蜘蛛もいるけどさ……。


「警戒しすぎて損はありません。ここはもう、十六夜さまの縄張りではないのですから」


 そう言いながら、弥子は今出てきた山を振り返る。

 釣られて俺も背後を見て……絶句した。


「なっ……!」


 山が、なかった。


 いや、厳密にはそこにある。

 だが認識できない。目には見えているのに、なぜだかなにもないように感じるのだ。


「十六夜さまの幻術です。この力で、山の存在を知らない人間や妖怪は、入ることができません。人間の地図にも載っていないのですよ」

「……誰も気づかないものなのか? 今は航空写真とか衛星とかあるだろ」

「そこが十六夜のすごいところです! あらゆるものを惑わし、騙されていることにも気づかない……幻術の極致です!」


 化け物すぎる。

 これが九尾の狐……普段接している十六夜の、力の一端を見た気がした。


「そりゃあ、安全なわけだ」

「はい。ですが、外は危険でいっぱいですよ。弥子が守らないと……」


 ぐっと拳を握りしめる弥子。

 すごいやる気だけど、陰陽術も使えば俺のほうが強いだろうな。


「朔夜さま危ない!」「木の根があります! 躓かないように……」「おのれ猫め、朔夜さまを狙ってますね!?」


 全然危なくないんだけど、動き回る弥子が面白くて、黙って見ていることにする。


「ところで、ここには誰がいるんだ? 十六夜の配下だって聞いたけど、妖狐か?」


 地図を広げて、弥子に尋ねる。


「どなたかは存じ上げません。ただ、妖狐とは限らないですね」

「そうなのか?」

「妖狐族の庇護下にいる妖怪は数多く存在します。特に、人間に紛れて暮らす妖怪が多いですね」

「なるほど」


 人間との共存を目指す十六夜は、人間と暮らしたい妖怪たちに人気があるってことね。

 それがいいのか悪いのか……陰陽師の観点からも、判断がつかない。


「妖怪の敵は陰陽師だけではありません。妖怪同士の争いも多く、弱い妖怪は人間に隠れてひっそりと生きたい者も多いのですよ」

「それで、妖狐族の配下に……」

「はい。妖狐族の配下に手を出せば、十六夜さまを敵に回すことになりますから」


 意外と、妖怪にも社会というものがあるようだ。


 陰陽師でも、そういった派閥争いも少しは把握していた。

 特に陰陽師と積極的に敵対する種族については、その文献も多い。

 強大な種だと、鬼や天狗、狸、河童など……。彼らとの抗争は長年にわたっており、未だ終わりは見えない。


 だが逆に、積極的に争いを望まない弱い妖怪は、こうして妖狐族の配下になることで安全を確保しているわけだ。


「これから向かうのも、そのうちの誰かでしょう。朔夜さまを直々に向かわせるあたり、配下の中でも有力な妖怪なのでしょうか……」


 そんな会話をしながら、森を歩く。

 木々の隙間からは住宅街が見えた。なるほど、この距離なら、偶然人間と会ってしまうこともあろう。


 わざわざ市街地の近くを選んで住んでいる妖怪。

 人間を襲う種ではないといいが……。


「ここですね」


 弥子がそう言って、足を止める。

 目の前には、山の中にひっそりと建てられた、古い平屋だ。


 だが……。


「なあ弥子、なんか様子がおかしくないか?」

「え、ええ……」


 ごくりと唾を飲む。


 地図に記された場所にあった平屋は……戸や屋根、壁など、いたるところが無惨に破壊されていた。

 まるで、なにかの襲撃にあったかのように。


「お婆ちゃん!! 返事して! お願い!!」


 その時、中から女の子の叫び声が聞こえた。


「弥子!」

「はい!」


 二人で即座に走り出す。


 果たして、叫び声の主はここに住む妖怪か、はたまた人間か……どちらであっても、飛び込まない理由はない。

 平屋に入ると、そこにいたのは……。


「お婆ちゃん! 今助けるからね!」


 倒れ伏す老婆にすがる、十歳くらいの女の子。

 そして。


「おお、これはこれは朔夜様。いや、朔夜! まさかそちらから来てくれるとは」


 ──四尾の銀狐、銀襴だった。

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