第7話 陰陽術と妖術

 陰陽術と妖術の違いはなにか。


 妖怪になり、実際に妖術を使ってみて、わかったことがある。


「狐火」


 尻尾の先から、火の玉を出した。

 この動作に、術式や霊力操作は必要ない。


 指を動かすように、あるいは、呼吸をするように。

 炎を出したいと思った瞬間には、既に発動している。


「……獲物発見」


 羽虫の妖怪に狙いを定める。


 ……というかこの山、妖怪いすぎじゃね?

 山頂からの景色で東京のどこかなのはわかったけど、地理に明るくないため正確な場所はわからなかった。

 でも、東京にこんな魔境があったとは……。


「燃えろ!」


 雑念を振り払い、狐火を飛ばす。

 こちらは、やや意識して霊力を動かす必要がある。

 だが、俺にとっては前世から繰り返し行ってきたことだ。ペンで文字を書くよりも容易い。


 それに、霊力操作も、前世より断然やりやすい。


「ふう、ごちそうさん」


 霊力を吸収して、一息つく。


 まとめると、妖術は本能的に、感覚的に発動できるのだ。

 代わりに、前世の経験から、妖怪はそれぞれ種に応じた妖術しか使用できないことがわかっている。


 いわば、妖術も含めて「そういう生き物」というわけだ。


 だが、陰陽師の使う陰陽術は、妖術とは大きく異なる。


「やってみるか」


 今までは、試そうにも試せなかった。

 妖狐に囲まれた神社で陰陽術なんて使いバレた日には、なにをされるかわからない。


 だが、多少は自由ができ、一人で行動している今なら。


「天地乾坤の理に基づき、 この領域を閉じ込めよ。 邪なる気は寄せ付けず、 聖なる気を満たせ。

 四方を固めよ、上下に根を張れ。 万物を包み込む、 無形なる結界を張り巡らせよ。

 此の場所は、 我が意思のみが支配する神域なり」


 岩の上に座り、すらすらと詠唱していく。

 自分を中心に、周囲に霊力を満たした。


「破邪結界! …………あれ?」


 なにも起きなかった。


 霊力が足りない?

 いや、この術は規模によって必要な霊力量が変わり、今の霊力でも余裕を持って使える規模にしたはずだ。


 他に考えられる原因としては……。


「この声、か」


 狐の姿なのに、なぜか人間の言葉を発することができている。

 動物の肉体は知能以前に、声帯の構造が違うから、本来であれば発音できないのだ。


 だが、なぜ妖狐や他の妖怪が喋れるのか……おそらく、これも妖術の一種か。

 妖怪は人間を騙すために進化してきた節がある。発語も、その一つだろう。


「妖術の声じゃ、陰陽術を使えないのも当たり前か。まあいい」


 元々、詠唱による陰陽術は、あまり実践では使っていなかった。

 事前準備が必要ない代わりに、発動までに時間がかかるからだ。


「印はこの手じゃ結べないし、符は持ってない。……あとは」


 陰陽術と妖術の違い。

 それは、陰陽術には、術式が必要ということ。


 術式は、詠唱だけに限らない。

 例えば、手で印を結ぶ。

 例えば、術式の書かれた符や武器を用いる。

 例えば──図形によって、術式を表現する。


「狐火」


 火を出した目的は、攻撃ではない。

 地面に落ちた狐火は、霊力の導線に従って図形を描いていく。


 狐火は妖術だ。

 火で図形を描いても意味ないだろう。

 だが……妖術で起こされた結果なら?


「消えろ」


 狐火が消えた時、残されたのは地面に残る焦げ跡。

 煤けたような香りのするそれは、五芒星を描いていた。


 五芒星に沿って、霊力を流し込んでいく。


「式神──無吠むはい


 五芒星が、淡く光を放った。

 現れたのは、真っ黒な犬だ。実体は虚ろで、輪郭が揺らいでいる。


 俺が前世で愛用していた、犬の式神だ。

 一般的な中型犬程度の大きさだが、幼い妖狐の立場から見るとかなり大きい。


「できた……!」


 妖怪になってから、一年。

 やはり、陰陽術も使うことができた。


 陰陽術に必要な術式は、大きくわけて四種類に分類される。

 音による詠唱術、文字による護符術、印による掌印術、図形による紋章術。


 場面に応じて、使い分けることができるのだ。

 さらに、陰陽術の種類は無数にある。


 そこが、妖術との大きな違いだ。

 陰陽術は術式が必要な代わりに、戦術の幅が広いのだ。


「陰陽術が使えることがわかったのは収穫だな。よし、無吠」


 影牙は俺の言葉に反応して、こちらを向く。

 式神に意思はない。召喚した俺に従うのみだ。


「周囲から、妖怪を集めてきてくれ。ああ、神社には近づくなよ。この辺りにいる、弱い妖怪だけだ」


 無吠は頷いて、ゆらりと歩き出した。

 これで、だいぶ効率が上がりそうだ。

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