第6話 一番隊”現”隊長 花染龍之介
──対妖部隊『スイレン』一番隊"現"隊長
花染龍之介は、墓石を前に両手を合わせていた。
祈るように目と閉じ、そのまま数分、じっと立ち尽くす。
軍服のような格好の、若い男性だ。口ひげのせいか、やや大人びて見える。
陰陽師にとって、墓とは一般的な範疇を超えた意味を持つ。
古来より妖怪が現れる場所であり、霊力が満ちるものだからだ。
特に陰陽師の死体は、霊力が悪さして邪なものへと変わってしまうことも多い。妖怪になったり、呪いに転じたり。
生前が強力な陰陽師であればあるほど危険性が増す。
それを防ぐために、この墓も厳重に術式が組まれ、専用の部屋が用意されている。
しかし……。
「なんで死んじまったんだよ、東雲隊長……いや、一茶」
龍之介が悔しさを滲ませて、絞るように言う。
「まだ胴体が見つかってねえ。誰よりも国に貢献したあんたを、頭しか弔ってやれねえなんてな」
龍之介の言うとおり、ここに眠るのは前隊長
「……あんたを殺害し、頭部のみ送りつけて来やがった敵は、俺が必ず殺す」
墓の前で誓い、龍之介は手を下ろした。
タイミングを見計らって、背後に控えていた部下の女性が声をかける。
「今は龍之介が隊長なんだから、しっかりしてよね」
「詩音……わかってる。けどあいつが死んでからもう一年。なんの手がかりもないんだ。弱気にもなるさ」
「そうだよね……。三番隊の調査でも、おそらく妖怪にやられたのだろう、としかわかってないし」
三番隊は妖怪捜索、調査のスペシャリストだ。
索敵や探知の術式を得意とする陰陽師で構成されており、戦闘を本職とする一番隊や二番隊とは毛色が異なる。
また、妖怪に関する事件の捜査も、彼らが担当していた。
「あいつが妖怪相手に簡単に遅れを取るなんてありえねえ。しかもあの日は非番……なにか、騙されたとしか思えない。もしかしたら、内部に……」
「龍之介」
詩音が、声を荒げた龍之介の肩に手を置く。
「落ち着いて。心に闇を持ってはダメ。妖怪に魅入られてしまうよ」
「……詩音。すまん」
龍之介は胸に手を当てて、深呼吸する。
三度、深く息を吐いてから、口角を上げた。
「落ち着いた。ありがとう、さすがは俺の親友だ」
「小さい頃からの付き合いだからね」
「俺よか、お前のほうが隊長に向いているんじゃねえ?」
「ムリムリ。私、そんな強くないし」
龍之介は懐から出したタバコに火をつけ、線香の代わりに墓に置いた。
背を向け、詩音とともに歩き出す。
「まあ、龍之介は娘さんを大事にしてあげなよ。まだ小さいでしょ? 捜査は、私も三番隊に協力してるから任せてよ」
「ああ……」
「龍之介は戦闘がメインなんだからさ。前隊長と同じでね」
龍之介は頷いて、天井を見上げた。まるで、その先の空を見ているかのように。
「なあ詩音。お前は死んでくれるなよ」
「当たり前じゃない。……幼馴染が二人も死んだら、龍之介が一人になっちゃうでしょ」
「そうだな」
詩音と龍之介、そして東雲一茶は幼馴染だった。
親交の深い陰陽師の家系に生まれ、共に切磋琢磨してきた仲だ。
「あいつなら、きっと死後も元気にしてるよな。死後の世界……なんて陰陽師の俺が軽々しく言っちゃいけねえが、そこでもきっと、妖怪退治してるに決まってる」
◯
妖狐に転生してから、一年ほどが経った。
今の俺は……。
「逃さねえよ」
まだ、狐のままだった。
すっかり慣れた四足歩行で、地面を蹴る。
木々の間を抜けて、名もなき雀の妖怪に迫った。
「狐火」
尻尾の先から、ロウソクの火ほどのサイズの火を飛ばす。
本物の炎ではない。霊力によって作られた、妖術の炎だ。
妖術の炎は、霊力の塊だ。霊力操作が得意な俺が放てば……自由に動かせる。
雀の妖怪に、狐火が命中した。
「燃え上がれ」
遠隔で霊力を送り込み、一気に炎を大きくする。
即座に、雀の身体が炎に包まれた。
弱い妖怪だ。すぐに息絶える。
「おっと、簡単に消滅するなよ。霊力は……俺がいただく」
地面に落ちた雀に接近し、口を開けた。
己の炎ごと、雀の霊力を体内に取り込む。
尻尾から空気中の霊力を取り込む修行は、最初の二ヶ月ほどでやめた。効率が悪いのだ。
周囲の山までなら自由な外出が許可された俺は、妖怪退治に勤しんでいた。
妖狐の住まう神社から漏れ出た霊力により、山全体が霊峰になっている。
ほっといても、弱い妖怪が勝手に湧いてくるのだ。
俺はそれを片っ端から喰らい、吸収している。
「俺の霊力になれ」
吸収した霊力を、俺の霊力で服従させる。
侵食し、同化させ……己の一部とする。
「ん~、まだまだ足りないな。尻尾も増えないし」
あれから、俺の尻尾は二本のままだ。
どれだけ霊力を増やせば、三本になるのか……。とにかく、今は霊力を増やし続けるしかない。
「狐火の使い方は慣れてきたな。変化はまだできないけど」
狐火は、妖狐なら誰でも使える妖術らしい。
理屈でなく本能的に、出すことができた。
操作は、陰陽術と変わらない。
「そろそろ効率も上げたいところだ」
少し前から考えていたことがある。
妖術は、妖怪の本能として使えた。だが、俺は元陰陽師だ。
妖怪になってしまったけど、同じような霊力があるなら……。
「試してみるか、陰陽術」
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