第5話 氏族の妖狐たち


「氏族の皆、よく集まってくれた」


 大広間の壇上に座る、コスプレじゃなくなり九尾を揺らす白神十六夜。

 彼女の声に、色とりどりの妖狐が一斉に頭を下げた。


 なんかこの光景、歴史の教科書で見たことある……。

 ああ、大政奉還か。


 だが、教科書に載っている絵とは決定的に違う部分がある。


 それは、平伏する者たちの姿だ。

 全員、狐の姿をしている。人間に変化しているのは十六夜だけだ。


 二十体はいるだろうか。

 毛の色は金、銀、黒、茶の四種類。十六夜や俺のように、白い毛並みを持つ者はいない。

 色ごとに別れているのを見るに、種類によって派閥が違うのだろうか。


 尻尾の数も様々で、一番少なくて三本、多くて七本といったところ。

 やはり尾が多いほど地位が高いのか、多い順に並んでいる。


 ……などと観察していると、妖狐たちが顔を上げた。

 十六夜は満足そうに頷き、口を開く。


「皆に集まってもらったのは他でもない。妾の子、朔夜に会わせるためじゃ」


 十六夜がそう言うと、彼女の隣に座る俺に視線が集まる。


 一瞬の静寂。

 それぞれ、どのような感情なのか……少なくとも、歓迎はされないないように感じた。


「十六夜様に似て、聡明な顔つきですな」


 口火を切ったのは、七尾の金狐だ。

 この中で、十六夜の次に尻尾が多い。


「そうじゃろう? いずれ妖狐族を率いる存在じゃ。お主も世話を頼むぞ、金閣」

「はっ」


 その会話を皮切りに、妖狐たちが口々に十六夜を讃える。


「これで妖狐族も安泰ですね」

「ご懐妊から二百年ほどかかり気を揉んでおりましたが……安心いたしました」

「十六夜様も息災でなにより」


 その中に、聞き逃せない言葉があった。


「きゃん!?」

(懐妊から二百年!?)


 俺お腹の中に二百年もいたの?


 感覚では、死んですぐ妖怪になったつもりだったけど……。


 もしそうなら、前世の仲間は全員寿命で死んでる。

 裏切り者がどうとか考えるのは、完全に無意味だ。


(いや……落ち着け。よく考えろ)


 生まれてから一ヶ月。ずっと神社にいたから、外の世界のことはあまり知らない。

 だが、十六夜がプレイしているゲーム機や、所持しているスマホ……どれも、見覚えのあるものだった。

 何百年も経っているようには思えない。


(胎児に俺の意識だけ取り憑いたということか?)


 これは早いところ、外に出て確かめないといけないな。


「十六夜様」


 俺がパニックになっている間も、妖狐たちは和やかに会話していた。

 その空気を切り裂いたのは、ずっと黙っていた四尾の銀狐だ。


「銀閣の後任か。銀閣は残念じゃったな……。して、どうした?」

銀襴ぎんらんと申します。朔夜様のご生誕は誠に喜ばしいことです。……しかし」


 銀襴と名乗った銀狐は、気の強そうな目で、まっすぐ十六夜を見た。


「出産後の御身はかなり霊力が下がっているようです。最盛期の半分以下では?」

「そうじゃのう。これからは、皆に頼ることも増えよう」

「それでなくとも、近年の妖狐族の弱体化……。このままでは、衰退の一途を辿るでしょう」


 銀襴の物言いに、真っ先に反応したのは十六夜ではなく、周囲の妖狐たちだ。


「若造が! 十六夜様になんという言い草……無礼じゃぞ!」

「銀狐の番頭になったからと、調子づいたか!」

「四尾の分際で……」


 いきりたつ妖狐たち……。

 なんだか、人間も妖怪も変わらないんだなぁ……なんて、俺はぼんやり眺めていた。


 十六夜が手のひらを掲げ、彼らを静止した。


「よい。銀襴よ、主の忠言が間違っているとは思わぬ。それで、なにが言いたいのじゃ?」

「十六夜様の掲げる方針である、人間との共存……これを撤廃していただきたく存じます」


 銀襴は今度こそはっきりと、十六夜を睨んだ。


「今こそ、我ら妖狐も人間を襲い、力をつけるべき時! 十六夜様がそのような甘い考えだから、他の妖怪にも舐められるのです!」


 ついに立ち上がって語り出した銀襴。今度は、誰も口を挟まない。

 十六夜の言葉を待っているのか、それとも、内心では彼に同意しているのか。


 しかし……。


(人間との共存なんて掲げてたのか……。だから、妖狐と戦うことはなかったんだな)


 陰陽師の歴史書や記録には、妖狐もたびたび登場する。

 しかし、俺が直接争ったことはなかった。俺が現役の間に、妖狐との戦闘があったという報告もなかったはずだ。


(まあ、このコスプレババアは人間文化大好きだからな……)


 そんな理由だとは、銀襴も知らないだろうけど。


 そして、銀襴はそれに反対の立場だと。

 人間との共存をやめ、他の妖怪のように人間を襲うべき……。妖怪は人間を食うことで、より強くなる。彼は、それを狙っているのだろう。


 もしここにいる妖狐が、全て陰陽師と敵対すれば……間違いなく、全面戦争に発展する。全ての陰陽師を動員しても勝てるか怪しい。

 それくらいの戦力が、ここには揃っている。


(それは困るなぁ)


 なんとかして止められないものか。


「十六夜様、どうかご決断を!」


 銀襴がさらにまくしたてる。


 妖狐族の王は十六夜だ。彼女を説得できなければ、妖狐族の方針は変わらない。

 以外と縦社会なんだな。


 でも……。


「それなら、お前が王になればいいじゃん」


 俺が思ったことが、聞こえてきた。


「……朔夜?」

「え?」


 十六夜が俺の名を呼ぶ。


 全員の視線が、再び俺に集まった。


(俺、喋れたの!? 妖怪の身体わかんねえ!)


 思考が、そのまま口から出てしまったようだ。

 だいたい、狐の身体でどうやって喋っているのか……。こいつらもそうだけど。


「朔夜様、今のはどういう意味ですか?」


 銀襴の目が怖い。

 そりゃそうだ。生まれたての小僧に、反論されたのだから。

 だが、ここまで来たら引けない。


「十六夜……様の方針に反対なら、お前が王の座を奪えばいい。王になれば、皆従うだろう」

「なんだと……」

「最盛期の半分以下で、舐められているらしいし?」


 まあ、俺は十六夜が王のままのほうが都合がいいんだけどな。

 頼むから、妖狐族には大人しくしていてほしい。人間のために。


「ククク……ハハハハ!」


 十六夜が高笑いした。


「そうじゃな、朔夜の言う通りじゃ。妾に勝てるなら、この地位も喜んで譲ろう」


 十六夜が好戦的な目で、銀襴を見下ろした。


「どうじゃ? 試してみるか?」

「……っ、いえ、結構です」


 銀襴は悔しそうに顔を歪めて、少し後ろに下がった。

 まあ、勝てないだろうな。レベルが違いすぎる。


「妾は朔夜の成長が早くて満足じゃ。では、真面目な話はこれくらいにして、宴会にしようかの」


 パン、と十六夜が手を叩いて、お開きにした。

 最後まで、銀襴が俺を敵意マシマシで睨んでた気がするのは、気のせいだと思おう……。

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