第4話 尻尾が増えました

「きゃん!?」


 驚きすぎて、思わず叫んでしまった。

 俺の叫び声を聞きつけたのか、部屋の外からドタバタと足音が聞こえる。


「朔夜さま!? どうかされましたか?」


 狐耳、尻尾が生えている巫女服美少女、弥子が部屋に飛び込んできた。


(弥子! 大変だ! 俺の尻尾が増えた!)


 と内心で言いながら、尻尾をぶんぶんと振ってみせる。

 二本とも、俺の意思に従って動いた。飾りではなく、本当に生えている。


「うそ……」


 弥子が、口を押さえて絶句する。


「もう二尾になられたんですか!?」

「……きゅい?」


 弥子の反応に、俺は首を傾げる。

 だが、少し遅れて気がついた。そうだ、弥子も尾が二本あるじゃないか。


 さらに言えば俺の母親……白神十六夜は九尾だ。

 神社に住む他の妖狐も、二本だったり三本だったり、本数はバラバラである。


「素晴らしいです! 生まれてすぐ二尾になるなんて、さすが朔夜さまですね」


 弥子が両膝をついて、俺の頭を撫でてくる。


「普通、妖狐に生まれて……あるいは妖狐になってから、二尾になるまで十年はかかるものなのですよ。三尾にはさらに五十年。そこから先は、何百年経っても増えない妖狐もいるのです。でも、朔夜さまならすぐ四尾……いえ、九尾にだってなれるかもしれません!」


 ……そんなシステムだったのか。

 陰陽師時代に、妖狐と出会ったことはなかった。妖狐については書物に記されているくらいで、細かい生態なんて知らない。


 長く生きるにつれて、尻尾が増えていく。

 条件はおそらくそれだけではないだろう。


 冷静になってみると、二本の尻尾それぞれに、霊力が集まっているのを感じる。

 いわば、霊力のタンクになっているのだ。


 つまり、一尾では足りないくらいに霊力が増えると、二尾になるのかもしれない。

 他にも条件があるかもしれないし、あくまで仮説だが……。


 逆に言えば、尻尾が多いほど霊力が多く、強い妖狐ということだ。

 今の俺は、二尾相当ということだな。


「さっそく、十六夜さまに報告しましょう! 先ほど、久しぶりに戻られたようですよ」

「きゃん!?」

「ふふふ、嬉しいですか?」


 嬉しくねえよ!

 俺の母親、白神十六夜と名乗る、九尾の狐。妖狐族の王だ。

 俺が最も会いたくない相手である。


 なんとか逃げられないか……。

 そう画策する暇もなく、戸が開かれた。


「朔夜よ、母が戻ったぞ」

「あ! 十六夜さま、ちょうど良かったです! 見てください、朔夜さまが……」

「おお! 早くも二尾になったか! 妖狐族の未来は明るいのう」


 遅かった……。

 入ってきたのは、男なら思わず見とれるほどの美女だ。畳に届かんばかりに長い白銀の髪は毛先まで美しく、瞳は吸い込まれそうなほど透き通っている。顔は現代の感覚に合わせた、小顔で儚げな造形。


 だが特筆すべきは、その服装……。


「まあ! 今日のお召し物もお可愛いですね」

「そうじゃろう。これは人間の間で流行している、ばにーがーるじゃ!」

「私はまだ服まで変化させられないので、羨ましいです!」

「昨日遊んだげえむに出てきてのう。さっそく試してみた」


 そう言いながら、十六夜がポーズを決めている。


(このコスプレババアがぁあああ!)


 だから会いたくなかったんだ。

 いくら見た目が美しかろうと、千歳以上(年齢不明)の母親のコスプレなんて、見たくない。


 だいたい、妖怪がゲームしたりコスプレしたり、どうなってるんだ……。俺の知ってる妖怪と違う……。

 たしかに人間に化けて暮らしている妖怪もいるが、いくらなんでも馴染みすぎだろ。


「どれ、朔夜もばにーがーるが好きか?」

「きゃん!」

「おお、そうかそうか。弥子のばにーがーる姿も見たいか」


 言ってねえ!

 喋れないのが非常に不便である。勝手に解釈されてムカつく。


「弥子、ほれ」

「きゃっ」


 十六夜ことコスプレババアが弥子の頭に手を添えた時だった。


 弥子の巫女服がぽんと消えたかと思うと、次の瞬間には十六夜と同じ、バニーガール姿になっていた。

 十六夜と違い、狐耳や尻尾はそのままだ。そのせいで、人間の耳と狐耳、さらにウサギの耳カチューシャまでついているおかしな見た目になっている。


 正直、めっちゃ可愛い。


「は、恥ずかしいです……」

「やはり、人間は良い趣味をしておるのう」


 しかし、彼女ほどになれば他人も変化させられるのか。

 ただの幻術ではない。妖狐の変化は、実際にその物質になる。人間の姿に変化しているのだって、見た目だけじゃなく実態がある。


 これ、実は物凄い強力な妖術なんじゃ……。

 などと分析しながら(決してやましい気持ちではなく)弥子を見ていると、十六夜がぱちんと指を鳴らした。


 十六夜は着物に、弥子は巫女服に戻る。


「さて、冗談はさておき……朔夜よ、ついてこい」


 実は、十六夜と顔を合わせたのは数えるほど。いつもは俺の世話を弥子に任せ、忙しくしている。

 わざわざ会いにきたということは、なにか用事があるということ……。


「今日は氏族が集まっておる。妾の可愛い息子のお披露目じゃ」

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