眼球考察

まらはる

※細かくウソとホントが混じってる話となっています

 気がつくと、視界の端に極彩色が漂っている。

 帯のようで、薄く半透明なので、直接視力に影響するほどではない。

 思い返せば結構前からあったような気もしてくる。

 調べてみると、虹視症や閃輝暗点など出てくるが、微妙に当てはまらない。

 直ちに支障が出るものでもないのだが、デスクワークでパソコン相手に目を酷使するため、念のため一応……という気持ちで医者にかかった。


「そういうのは早く言いなさいよ」


 と、診察してもらったらまず真っ先にお医者様に怒られた。

 昨今は、医療従事者の事情も多様かつ議論されがちで、患者を頭ごなしに怒ったりすると非難されうる。

 しかし、このお医者様とはそこそこに長い関係なので、気安いものである。

「で、結構前ってどれくらい前?」

「まぁ、あー、たぶん数年前から」

「ほぼ最初っからじゃないの、それ?」

 言ってから思い出した。

 術後のちょっとした後遺症と思っており、痛みや不便を感じるものでもなかったので、黙って慣れてそのままだったのである。

「つまりは眼球の移植手術をした、ほとんど直後って考えていいのね?」

「そうですね」

「そういうのは早く言いなさいよ」

 さっきと同じ言葉を吐かれた。

 不誠実な患者であることに多少の申し訳なさを感じる。

 訪れたこの病院は、都内の大学付属の病院であり、さらにこのお医者様は眼科でも結構権威らしい。

 かつて眼球移植を担当してくれたこのお医者様は、海外にいることも多く、ちゃんとこの病院にいて診てもらえたのは、運がよかったと言えるかもしれない。

 眼球移植。

 個人としては大きなドラマは無い。

 遺伝性の目に関する疾患が大学生の時に発症し、移植するしかなかった。

 自己細胞培養による代替臓器も一般的になった今の時代に、移植というのも少し古臭い話だったが、事情と幸運が重なってそちらの方がちょっと都合がよかったとか。

「うーん、ドナーの方の疾患とか治療歴やら体質は色々調べて問題無しと判断したから、移植に踏み切ったんだけどね。海外からの提供ってことで、むこうとこっちでクロスチェックもしてる。ああ、それぞれの基準で独自にチェックして、どっちも通ったって意味ね」

 ちなみに人を変えて行うのがダブルチェック、基準や観点を変えて行うのがクロスチェックである。

「ともあれ、検査はしましょうね。可能性の話を言えば、眼球じゃなく脳とか血管、視神経に原因あるかもだし」

「わかりました、お願いします」

 検査を受けた。

「なんか、網膜に焼き付いてるね」

「何が焼き付いてるってんですか」

「なんかはなんかだよ。君が言った通り色付きのセロハンみたいな色合いに網膜の一部が変質……わかりやすく言ってしまうと焼き付いている」

「なんで」

「さぁ?」

 役に立たない医者だった。

「いや、原因自体は分かってるけどねぇ。移植した眼球だから、何らかの影響があってもおかしくない」

「それは分かってないの方になるかと」

「これは昔の、デンマークの話だ」

 急に何らかの話が始まった。

「若い水夫の溺死体が上がり、医者が解剖したところ、網膜に楽しげで美しい一家団欒の様子が写っていたという。医者が友人の小説家に相談したところ、ある仮説を立てた。──嵐の夜に、船が難破し、水夫は命からがらに灯台の窓べりにしがみつく。しかし助けを求めて叫ぼうと中を覗くと灯台守の家族が、今まさに楽しげな夕餉を始めようとしているところだった。それを見て、今自分が大声を上げればこの美しい団らんは滅茶苦茶になってしまう、と思った水夫は窓べりをつかんだ指先の力を緩めてしまった……。直後、大波が彼の体を襲い、水夫を沖へと連れて行ってしまった……。そう、水夫は世の中で一番優しくて気高い人だったのである、と」

 随分な与太話に聞こえる。

 そもそも、その水夫は優しくて気高い人だったのだろうか?

 可能性が少ないとはいえ、水夫に一瞬でも助けを求めれる機会があったことを、万が一にも灯台守の家族が知ってしまったら、彼らは罪悪感を背負うだろう。

 守るべきと思ったものを守ろうと最善を尽くしたのは確かだし、まさか自分の目にそんなことが起きようなどと想像はできないだろうが、それでも死体が近くの浜で打ち上げられたなら、灯台守の家族の誰かの頭に、

「昨晩一瞬、窓辺に見えた影は、この人ではないか?」

 といった考えがよぎるかもしれない。

 もっとも、そんなのはたればは難癖に近いのかもしれないが。

「そんなことあるですか?」

「By太宰治」

「医者なら小説じゃなく、医術所や論文から引用してください」

 たぶん創作実話だよ。

 ネットでバズリたいやつが元ネタ出さずに披露するやつだよ。

「それはそれとして雪の夜の話、はとてもいい短編だから気になったら読んでね。青空文庫で無料で読めるよ」

「あとで読むんで真面目な話をしましょう」

 ネタバレを受けたような気分だが、本当にそんな短編があるのか自体はきちんと確認しなければいけない。

「真面目な話、か。じゃあ提案一つ目。邪魔で不便なら、この病院なら手術してなんとかできるけど?」

「まぁでも高いですよね」

「保険は効くけどそれでもちょっと高いね。私の主観だけど」

「じゃあいいです」

 気のいい両親ならお金を出してくれるだろうが、それでも申し訳ない。

「確かに、医者として見る限り健康にも視力検査にも問題ないから、君がいいなら良いよ」

「チラつきますけど……マジで視界的には気にならないので」

 飛蚊症という症状がある。

 視界にゴミや虫の影のようなものが浮かんで見える病気の一種で、大きな病気の前兆の場合もある……。

 のだが、実は胎児のときにあった眼球の硝子体に走っていた血管の名残で、生まれつき飛蚊症の人間もいるとか。

 その場合、定期的な検査や生活に問題なければ、治す必要がないという。

「じゃあ二つ目の提案、どうだい?」

「二つ目?」

「そのチラつく色は、おそらくドナーとなった人が見た景色の一部だ」

「それは……」

 直接そこまで言ってなかったが、仮説としてはそうなるだろう。

 ただし、さっきの太宰治の水夫の話ほど、はっきりした映像というわけではない。

 断じてしまうのは危険な気がするが。

「仮説だけどね。でも正直、気になっているんだろ? 視界としては気になっていないけど、正体として気になっている」

「……」

 もしも。

 視力をくれた人の目に、その人がどこかで見た景色が焼き付いていて、今の視界に浮き出たというのなら。

 そして、その答えを知れるなら。

「可能であるなら、知りたいです」

「だろうね」

「ですが――」

 ドナーとレシピエント……つまり提供する側とされる側は、基本的情報交換がされない。

 手紙などやり取りをする場合もあるが、それでも内容はかなり検閲される。もっとも自分の場合、目の提供者はお亡くなりになってるのでそれも不可能なのだが。

 これには様々な理由があり、感情的な面もあれば、謝礼などで結果的にいわゆる臓器売買にさせないという側面もある。

「そう。基本的にどこのどんな人が、その目の持ち主だったか知ることはできない。ただし例えば……」

 お医者様はとても悪い顔をした。

「個人的に、焼き付いた映像がレシピエントの提供後に現れるというのは医者としてとても気になる。なので調査をしたいと考える。医者である私は、ドナーの情報を知ることができる。だからそのドナーの生まれの地へと行くこともできる。自費でね」

「はぁ……」

「で、話は変わるんだけど、私は患者である君と軽い世間話はできる。今度どこかへ旅行へ行く予定はあるかね?」

「ありませんね……」

「そうかいそうかい。お金がないのかな? 暇がないのかな?」

 どちらもなくはない。

 貯金もしている。有休もたまっている。

「おっと、答えなくていいよ。ちなみに私は旅行の予定がある。どこへ行くか決まっている。知りたいかい?」

「……えっ、あっ……ああ!はい!」

 悪い話である。

 実際バレたら、多分この人は怒られるのだろうが、それは知ったことではない。



「やぁ、偶然だね。遠い海外の地で、医者と患者が出会うなんて」

 数週後。

 場所はアイルランド。

 星の北方の島国。

 そのさらに北西の村。

 日本人からも人が来ることはあろうが、知り合いが偶然同じタイミングで訪れるのは、ちょっとあり得ないそんな場所。

「お医者様、誰が見ているわけでもありませんし、白々しいですよ」

「見てるって。例えばドナーのご家族とかね。結果的に色々バレて怒られるのはいいけれど、ちゃんとコソコソしてるスタンスは取っておきたいんだ」

 なるほど。ドナーの出身の地であり、もしここに彼(ないしは彼女)の目に焼き付くほどの何かがあるなら、彼に詳しい人もいることになり、レシピエントと知られたらトラブルも起きうるだろう。

「呼び方も変えてもらえると助かるね」

「じゃあ、あー、先輩って呼びますね」

「不満だけど、贅沢は言えないかな。じゃあよろしくね、後輩君」

 客観的に見て、お医者様の方が年上には見えるが、家族には見えない。

 妥当な呼び方だろうが、ほかに何か案でもあったのだろうか。

 ともあれ、二人で連れ立って、調査を始めた。

 もっとも、調査と言っても、この地、この時期、ほとんど候補は絞り込めていた。

「──ああ、あの人ね。そうだな、よく海岸で見ていたよ。我々の年だと、見慣れたもので、さすがに毎度見に行こうというものでもないが……そう、毎回、だったね。行く前に、必ずこの酒場で一杯だけ酒を飲んでから行ってたから」

 有力な証言が得られたが、それは仮説を補強するものであった。

 村の酒場。海岸への道の途中にあった。

 どっちかというと、ちょっとした定食屋らしく、料理もおいしかった。

「どうする? 私たちも見るかい?」

「ここまで来たら見ますよ。見れば、分かるでしょうし」

 雑だけどスパイスのきいたサンドイッチを、炭酸水で流し込んで、店主に挨拶をして海岸へ向かう。


 正直、この村の知名度がそこそこあるため、案外と人が多い。

 日本人はさすがに自分たち二人だけだが、アジア人らしき人もいる。

 すでに日は沈んでおり、輝く星も見える中、人々は空を見上げている。

「……!」

「はー……すごいもんだね」

 お医者様も、さすがに素直な驚きの声を上げていた。

 ドナーの目に焼き付いた景色。

 一般的に極地に近くなければ見れないという、色彩。

 アラスカやカナダ、いっそ北極などの寒冷地が主だが、ドナーの故郷であったこのイングランドで見ることができた。

「──どうだい、オーロラは?」

 極彩色の帯。

 自然のイルミネーション。

 きらびやかで世界一大きな天幕。

 その美しさは、見て初めて理解できる。

 一度見れば、心に残る。

 ましてや、この地に幼いころから住んで、何度も見ていたならば。

「これ、は……」

「正解だったかな? 納得できたかい?」

「あの……」

 だが、直接見たからこそ思う。

「言いづらいんですが、ちょっと、違うんですよね」

「……そう……そっかぁ」

 目に映って焼き付いている色合いは、たしかにハッキリとしたものではない。

 だが、それでも、近くはあったが、違うものだと感じた。

「なるほどねぇ……うーん……めちゃくちゃ推理としては、自信があったんだけどな……ホントに違う?」

「似てはいるんですけど……違いますね、やっぱり」

 違うものは違うのだ。

「そっかぁ……」

 お医者様の方が納得するのに時間がかかっているらしい。

「あの……さっきの酒場行って、飲みます?」

「えー、……いや、でも、もう少し見て……その……」

「態度グズグズじゃないですか。飲みましょうよ」

 よほどショックだったらしい。

「何らかの配慮で、嘘をついてる可能性は?」

「何らかの配慮って何ですか」

「なんだろうね」

「思い付きで喋らないで下さい」

 半分引きずりながら、さきほどの酒場へと戻った。


「おや、早いね。まだオーロラは出てるだろう?」

「あー、はい。きれいでしたけど……別件で当てが外れて、先輩がショックうけちゃったんで、お酒飲みに来ました」

「はぁ、そういうこともあるんだね。まぁ、客なら歓迎さ、ビールでいいかい?」

「はい、2つ」

 皆、オーロラを見てるんだろう。地元の人が数人いる程度で、先より客が少ない。

「はい、遠い地であえた二人に、乾杯……」

 お医者様が適当にグラスをぶつけてきた。

「元気出してくださいよ。自分もオーロラって聞いて多分そうだろうな、って思ってましたもん。実際に見る直前まで」

「うーん、仕事詰めて休み作って、安くない旅費出して、間違いだったってのは、でも……」

「有力な候補が外れたなら、それはそれで収穫ですよ」

「いや、無駄にこう、新人の頃に病状から病名間違えて診断しちゃって、最終的に何とかなったとはいえ大変なことになって当時の先輩にめちゃ怒られたことも思い出しちゃって……」

 それはキツい。

 医者であれば、そういったミスは文字通り命取りだ。

「ああ、アンタら医者なんだっけか」

 店主は、言いながら何か店の奥から大きな板を持ってきていた。

「え、ああ、まぁ」

 自分は違うのでウソになるが、お医者様の代わりにうなずいた。

 さっき来た時に、そんな説明をしていた。

「人の命を救う仕事ってのはすごいもんだね。さっき話してた、オーロラを毎度見に行ってた人も、自分の命で誰かを救ったんだね……」

 板は布で覆われていたが、店主はそれを丁寧に外していた。

「学生くらいまではここに住んでたけど、いざ働くとなったらアメリカの方へ行って仕事をしていたとか。──ああ、それは知ってるんだったか?」

「ええ」

 お医者様が道すがら教えてくれた。

 自分と似たような、デスクワークの人間だったらしい。

 最初はアイルランドの都市部の方で仕事をしていたが、栄転だかでアメリカへ行ったとかなんとか。

 しかし不慮の事故で亡くなり、一方で体の損傷は少なかったとか。

 ドナーとしての登録もしており、あちらの国はその辺が迅速な対応もあり、お医者様も伝手があってコンタクトを取りやすかったとか。

 もっとも、眼球移植なんてのは、なかなか事例が少ないためとてもいざこざがあったそうだが。

「酒と飯を出して、一言二言喋るだけの関係でしたが……ドナーとやらになって、すごいもんですよ。今も彼の体の一部は、この世界のどこかで生きているんですよね」

 店主の持っていた板は、絵画だった。

「この店にも、思い出というか、思い入れはあってくれたみたいで、アメリカから送ってくれたんですよ。あちらに行ったと聞いて以来、私は二度と直接会うことはありませんでしたが……」

「!?」

 その絵を見て、驚いた。

「あの、お医者様……じゃなかった先輩」

「うーん、なにかな……」

 話してる間、お医者様はぼんやりとお酒を飲んでおり、絵の方には見ていなかった。

「えっと、こっちでした」

 絵。

 それは海岸で見たオーロラを……しかし誇張しつつ、削りつつ、アレンジして描いたもの。

 あのオーロラだとわかるが、あのオーロラではない色使い。

 ずっと映っていた、視界の端にある色彩と、その絵が重なり、ピタリとハマった。

「この絵が気に入ったかい?」

「あ、え、はい……」

 オーロラはすごかった。

 だが、自分にはこちらの絵の方が心に正しく入り込んだ。

「絵描きになりたい、とぼやいたのを聞いたことがあったよ。今時珍しく、絵筆をとってたそうでね。私だって店の管理に電子パッドを使っている時代だというのに、それでも、奇麗なものを、自分の心にあるものをなるべく直で伝える仕事がしたいと言っていてね。残念ながらそれは叶わなかったようだが……」

「叶いましたよ、その夢」

「へぇ?」

「少なくとも、自分には届きました」

 虹とは異なるグラデーション。

 夜の空とのコントラスト。

 美しいと思ったし、きれいだと思って、あるいは守りたいとも思った。

 きっと水夫の感情にも近かったのかもしれない。

「それなら、アイツも、ちょっとは報われるだろうさ」

 店主さんがさみしそうに笑った。

「この絵は、オーロラが出たら店に飾ることにしてるんだ。比べやすいようにな」

「とても、いい絵です」

 オーロラよりも、と付け足すのはさすがに野暮だったのでやめたが、店主には伝わったようだ。


 どんな気持ちで、あの絵を描いて、この店に送ったのかわからない。

 ドナーの両親は、健在らしい。

 念のため会いに行こうかとも思っていたが、やめた。

 さすがにそれはデリカシーがないしルール違反ということで、お医者様とも意見が一致した。

「というわけで、お医者様、大当たりでしたね」

「だろう? 褒めてくれてもいいんだよ」

 すっかり酒を飲んで気持ちが良くなったお医者様を、さらに持ち上げてフォローすることにした。

 眼球移植手術の主治医だった以上は、おそらく一生お世話になると思われるので、良好な関係を築きつつ機嫌のいいままでいて欲しい。

「後輩君も、気分がいいだろう? 納得できたろう?」

「はい、だいぶすっきりしました」

 自分では気にしていないつもりでも、とても気になっていたらしい。

 心が晴れた気がする。

 何事も、結局やり遂げて見ないとわからないものである。

「あのオーロラを美しいと思ったけど、ドナーの方はその美しさの本質を、もっと伝えたかったのかもしれませね」

「ほう?」

「確かに自然現象としてオーロラはきれいでしたけど、ゆらぐし、時間で色合いも変わって、いつも見れるわけではない……どんな感情で見ていたかは分かりませんけど、でもそれをひっくるめた全部を誰かに伝えたかった」

「だから、絵にした」

 本物のオーロラと色合いが違ったのは、おそらく見てきたオーロラすべてを混ぜてキャンバスに収めようとしたのだろう。

 残念ながら……死者に対して鞭うつような物言いになるが、とても上手い絵ではなかった。

 強引な手法を使って、バランスの破綻も見られた。

 でも、誰かに伝えたくて、誰か一人にでも伝わればいいという気持ちが、そこにはあった。

 何日も、何年も見た美しい空。

 ここを訪れる人は、せいぜい数日しか見ないだろう。

 ここに住む人は、いつしか見慣れて、その美しさを無意識の端にやってしまう。

 その人だけが、理解して、伝えようとした。

「自然が美しい、というのも人間の勝手だとおもうけどねぇ。別にそこにあるだけのものであり、何の意図も基準もない。医者の中にも、人体の構造やメカニズムに対して美意識を感じてる人もいるけど、あまり共感はできないね」

「だからこそ、その美しいという人間の意識の範疇に、あの景色を落とし込みたかったんじゃないですか?」

 ばらまかれたモチーフから、本当に美しいと思った部分を抜き出して、並べる。

 絵に限らず、芸術的活動の本質であろう。

「私はそっち方面詳しくないから、口出しはしないけどね。……それで、これからどうする?」

「これからって……」

「旅行の日程の話じゃないよ、帰ってから」

 聞いてほしそうな顔してたから、聞いてあげた。

 というような気づかいのセリフ回しをされてしまった。

 ならば答えるしかない。

「自分なりに、きれいなものをたくさん見たいと思いました。焼き付くほどの執念で見続けられるかは分かりませんけど、それでもずっと残ってるこの色彩の意味を知ったので」

「いいねぇ、そうしなさいな」

 知った風な顔をするお医者様である。

 途中ドタバタしたが、こうなることまで予見していたような態度である。

 ここまでするのが医者の仕事なのだろうか。


 もう一度空を見上げる。

 海岸ほど見やすくはないが、ここからでも天然の芸術の一部が見える。

 ふと自分の国を思い出した。

 あるいは、小さいころ住んでいた町の、ちょっとした見慣れた景色を。

 だからその空の色に、自分の知ってる色を足したくなった。

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