第3話 現実

タモツは一瞬で現実に引き戻された。無駄に威勢のいい呪文を叫んでいたのがまずかったのか、衛兵たちは不審な目でタモツを見つめている。近くにいた市民も、遠巻きにヒソヒソと何かを囁き合いながら彼を指差している。


「お兄さん、何してるんだい? ここは人通りも多いし、突然叫ぶとみんな怖がるよ」


鎧姿の衛兵が、落ち着いた声でそう言いながらも、少しばかり険しい表情を浮かべている。その隣の衛兵も腕を組んでタモツを睨んでいるが、よく見るとどこか笑いを堪えているようにも見える。


「ちょっとテンションあがっちゃて、ファンタジー試してみたくなっちゃって。炎とか…いや、あの……すいません。」


軽く笑って取り繕うタモツだが、衛兵の視線はますます厳しくなるばかりだった。大柄な衛兵は少しため息をついてから、もう一度タモツの肩に手を置いた。


「君、初めてここに来たのか? それならギルドに行って登録しておいた方がいい。町の外から来た者は、まずそこで身分を明らかにしてもらうことになってるんだ」


なるほど、どうやらここでは異世界物お得意の「テンプレート」があるらしい。なかなか気が利くじゃないか、オープンワールドのゲーム嫌いなんだ俺。ギルドに行って登録しなければならないのは面倒だが、逆らってもろくなことにはならないだろう。


「なんか手間かけさせてすいません」


衛兵たちは肩をすくめると、厄介ごとが一つ片付いたとでも言いたげに背を向けて去っていった。タモツはベンチから立ち上がり、大通りの人々を避けながら、ギルドがある方へと足を向けた。


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「よし…俺も、いっちょ冒険者になってみますか」


肩を鳴らしながら意気込む。


ギルドの建物は、街の中央にある噴水広場から少し外れた場所にあった。立派な石造りで、門構えには「冒険者ギルド」と大きく彫られた看板が掲げられている。重い扉を開けて中に入ると、そこにはにぎやかな雰囲気が広がっていた。武具を装備した冒険者や、仕事に追われる受付嬢たち、どこか剣呑な雰囲気の魔法使い風の男まで、色々な者が出入りしている。


タモツが入ると、受付にいた女性が目ざとく彼を見つけて手招きした。


「こんにちは、初めての方ですね? ギルド登録をご希望ですか?」


「まあ…そういう流れってことで」


タモツは妙に居心地の悪さを感じながら、言われるがままに名前や出身地、得意なことなどを記入していった。もちろん「得意なこと」の欄には、「もやし炒め」とか「高速目押し」など適当に書いて、用紙を差し出した。


「えーっと、能力については、何か特別な魔法などお持ちですか?」


「ないです」


「でしたら、剣術や棒術、魔物との戦闘などは....」


「ないですね」。


タモツは食い気味に答える。


「冒険者として活動するには、最低限の戦闘スキルや魔法の基礎知識が必要です。何か他に証明できるものや経験はお持ちですか?」


彼女の問いかけに、タモツは言葉を失った。よく考えればそうだ。異世界に来るまで、戦闘や魔法どころか、他人と競い合うような経験すらない自分には、冒険者としての資格などあるはずがない。口を開きかけては閉じるばかりのタモツに、受付嬢は控えめに微笑み、「冒険者の資格がない方にも、簡単な雑用を紹介できます」と案内した。タモツの心の中で、ぼんやりと浮かんでいた希望がゆっくりとしぼんでいくのを感じた。


「あ、ありがとうございます…」


うなだれたままギルドを出ると、彼は虚ろな目で街を歩き始めた。せっかく異世界に来たのに、期待していた冒険者への道はあっさりと閉ざされてしまった。ギルドで見た冒険者たちのように華々しい活躍は、どうやら自分には縁のない話だったようだ。


「現実って、異世界でも厳しいんだな…」

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