第33話「思い出」
「また様子が変わりましたね」
「頭に一発だー。これはたぶん土御門くんだろうねー」
森へと続く道に転がっている死体は、その多くがヘッドショットで殺されていた。
死体が森の奥まで続いているので、恐らく、この先に清明はいるだろう。
「きっと土御門くんがいたら、ヘンゼルとグレーテルみたいとか言うんだろうなー」
「ヘンゼルとグレーテル? なんの話ですか?」
「あたし達の世界の童話だよー。親に捨てられる話なんだけどぉ、森の奥まで連れて行かれる時にぃ、子供が目印に石を捨てるのー」
「その子供は最後どうなったの?」
それまで黙って後をついてくるだけだったはすみが問いかける。
「お菓子でできた家を見つけるんだけどぉ、そこはわるーい魔女の住処でした。子供達は魔女を倒してー、財宝を家に持ち帰って優しいお父さんと暮らしましたとさー。めでたしめでたし」
「それは空想のお話?」
「そだよ。作り話だねー」
「そう。現実は、そんなに優しくないもんね」
どこかガッカリしたようにそう吐き捨てたはすみは、再び黙って二人の後ろを歩いた。
それから更に進むと、3人は真っ赤な液体で満たされた湖に到着した。そこには無数の屍人の死骸が転がっていた。
周囲を探索していくと、屍人の死骸に囲まれながら、大木の幹に寄り掛かるようにして眠る、ボロキレのような姿となった清明の姿を見つけた。
「土御門くん!」
慌てて駆け寄り肩を揺らすも、彼は目覚めなかった。ただ、青い顔をして佇むだけだった。
「旦那様! 起きてください!」
「土御門くん! 起きて!」
二人はなんとか起きてもらおうと呼びかけるも、清明はピクリとも反応を見せなかった。
「もう死んでる」
一人冷静なはすみは、彼の身体に触れ、脈を確認すると冷たくそう言い放った。
「間に合わなかった、ということですか……」
「こうなったら、もうわたしじゃ助けられない」
冷静なはすみが言うからこそ、その発言はとてつもない重みを持っていた。しかし、
「まだ諦めない! 丸薬を寄越してぇ!」
心愛は諦めきれない様子だった。
「無駄だってことがわからないの?」
「やってみなきゃわからないでしょぉ!」
はすみは、「それで気が済むなら」と心愛に丸薬を渡した。
「土御門くん、お願いだから飲んで……!」
口の中に丸薬を放り込むも、当然意識のない彼が飲み込むはずもなく、ポロリと力なく口からこぼれ落ちた。
「お願いだから……!」
何度やっても、清明が丸薬を飲み込むことはなかった。
「どうしてぇ……」
「だから、もう死んでる。死人は蘇らない」
再度告げられる、残酷な事実。清明は死んだのだ。
力なく崩れ落ちる心愛。俯く彼女から、次第に嗚咽が聞こえてきた。
スズネは心愛を慰めようと手を伸ばしたが、自分が彼女にできることなど何もないと思い返し、その手を引っ込めた。結果、
「心愛さん……」
彼女の名を呼んだ。それすらも、迷った末での行動だった。
「……少し、二人きりにさせて」
スズネとて、清明から離れたくはなかった。しかし、二人の間に割って入れるほどの絆を自身が持ち合わせていないことに気づくと、「わかりました」と言って、はすみを連れて去っていった。
残された心愛は流れる涙をそのままに、何も言わぬ清明を見た。
「あたし達が初めて会ったあの公園。土御門くんはあの時、おっきな砂のお城を作ってたよねぇ。羨ましそうに見てたあたしに、土御門くんは声をかけてくれた」
小さな子供用のバケツに水を汲んで、ペタペタと砂をお城の形に作っている清明は、木の影からこちらを羨ましそうに覗いている女の子がいることに気づいた。
「見てないでいっしょに作ろうよ!」
そんな心愛に駆け寄った清明は、そう言って彼女の手を引いて砂場まで行った。
「あたし、すなあそびしたことない……」
「なんだって? それは人生をそんしてるよ! いいかい、すなに水をかけて形を作っていくんだ。こうやって……」
清明は水を使って砂を固めると、手とショベルを駆使して削っていった。すると、砂でできた猫ができあがった。
「すごい!」
「おもしろいだろう? 君もやってみなよ!」
「いいの……?」
「とうぜんさ! 一人であそぶより二人であそんだ方が楽しいからね!」
清明からショベルを受け取った心愛は、見様見真似で犬を作った。
「君、なかなかやるね」
「ほんと?」
「初めてにしてはすじがいいよ。君の名前は?」
「ここあ。さいおんじここあ」
「ここあちゃんか、かわいい名前だね。ぼくはつちみかどはるあきっていうんだ。いつもここであそんでいるから、今度からいっしょにあそぼーよ!」
「うん!」
初めての砂遊びに初めての友達。心愛は外の世界にはこんなに楽しいことがあるのかと喜びでいっぱいだった。
「時にここあちゃん、君ゴスロリにきょうみはない?」
「ごすろり?」
「そう。黒くてひらひらした服なんだけどね、君にとっても似合いそうだ」
「つちみかどくんはごすろりが好きなの?」
「大好きだ。もっというと、ゴスロリ着てダウナーっぽいしゃべり方だと最高だね」
今にして思えばなんてマセた子供なんだろうと思う。しかし、大人に囲まれて同年代の友達を知らなかった心愛は、清明を微塵も変わった子だとは思わなかった。
「あたしがごすろり着てダウナーっぽいしゃべり方? になったら、つちみかどくんはあたしを好きになってくれる?」
「ぜったいに好きになる自信がある」
「じゃあ、あたしごすろり着てダウナーっっぽいしゃべり方練習するね!」
二人はそれから大きな砂のお城を完成させた。
「やあすごいおしろだ! 一人では完成させられなかったよ。ここあちゃんのおかげだ!」
「あたしのおかげ?」
「そうさ。こんなにりっぱなおしろなんだ、何か名前を付けてあげよう」
「どんな名前がいいかなあ?」
うんうんとお城に付ける名前を考える二人。しかし別れは突然訪れた。
「こんなところで何をしている!」
そう叱りつけたのは、心愛にとって恐怖の象徴である父親だった。
「お父さん……」
「鍛錬をサボって何をしているかと思えば、砂遊びなど言語道断! 帰るぞ!」
そう言って心愛の手を引いた彼に、清明は「まってよ!」と言った。
「あそんでただけでおこるなんてひどいじゃないか!」
絶対者である父親に、真っ向から向かっていった清明は、心愛の目には物語の中のヒーローのように映った。
「貴様に何がわかる!」
「わかんないよ!」
「ええい、子供と話している暇はない!」
そう言うと、彼は心愛が止める間もなく呪術によって清明の記憶を消してしまった。
「あの時から、土御門くんは変わらずにずっとあたしのヒーローだったなあ」
清明は最期まで心愛にとってヒーローであり続けた。
「土御門くんが好きだって言ったから、あたしあれからダウナーっぽい喋り方練習したんだよ? 再会してからも、好きになってもらえるようにって一生懸命頑張ってた。ねえ土御門くん、あたしのこと好き?」
清明は何も語らない。
「ごめんね……あの時あたしは無理にでも陰陽師になることを止めるべきだったんだ。そうすれば、土御門くんは今頃あたしのことなんて忘れて、楽しく生きてたよね……」
それは心からの後悔だった。
「大好きだよ、土御門くん」
そう言って心愛は清明に口付けした。穢れが内に入り、自身も屍人となってしまうのを理解した上での行動だった。
心愛にとって清明は生きる意味そのものであり、彼がいない世界など生きるに値しないものだったからだ。しかし、だからこそ彼の身に起きている異変に気づけた。
「……体温がまだ残ってる?」
あり得ないことだった。仮に清明が死んだのが、心愛達が彼を発見する直前だったとしても、この寒空の中放置されていたのだ、唇が熱を残しているはずがない。
「穢れも移ってない。どういうこと……?」
慌てて清明の心音を確認する心愛。微かにだが、しかし確実に鼓動を打っていた。
「まだ生きてる……!」
先程までは死人のように青い色をしていた彼の顔色に生気が戻っていくのがわかった。
「土御門くん!」
呼びかける。
「土御門くん! 起きて!」
何度でも呼びかける。彼が目を覚ますまで。
「こ、こあ、ちゃ……?」
「ああ……起きてくれた……! 土御門くん、これを飲んで!」
心愛は慌ててはすみから受け取っていた丸薬を飲ませようとするが、半死半生といった様子の清明には、最早自身の力で嚥下する能力は残っていなかった。
一度口に入るが、ポロリと落ちてしまった。
「待ってて、あたしが飲ませてあげるから!」
心愛は自らの口に丸薬と水を放り込んだ。清明に口移しで無理やり飲み込ませようという算段だった。
「んっ……!」
清明の口に丸薬と水を流し込み、舌を使って強引に奥に押しやると、嚥下させることに成功した。するとすぐに、彼の中から黒く渦巻く悪意の塊が表出した。
「やった! 後は、はすみを呼んでくれば――」
「そこまでです」
振り返ると、そこには気絶したスズネとはすみを両腕に抱えた一人の男が立っていた。
歳の頃は50代半ばほどだろうか、口元に髭を蓄え、聞く者を落ち着かせるダンディな声音をしていた。
「カオナシ……?」
「ご明察です。この姿をお見せするのは初めてでしたね」
「何しに来た」
「何とはこれまた異なことを言いますね。娘を引き取りにきたのですよ」
「ああそう。なら約束だ、土御門くんを治せ」
「その必要はありませんよ」
「約束を破るつもり?」
「はて、私の記憶では先に約束を破ったのはそちらのはずですが?」
確かに、はすみを見つけたらカオナシの元まで連れて行くという約束だった。しかし彼の元に連れて行く道中については指示されていない。
強引だが、心愛はそれで押し切ろうと口を開きかけた時、
「彼を治してから私の元に連れてくるつもりだった、などと言わないでくださいね?」
「チッ……ならあんたを殺してはすみを奪う」
「実にあなたらしい考えだ。ですが、そんなことをしている時間があるのですか? 私の見たところ、彼の命は風前の灯火だ。今すぐ死んでもおかしくない」
心愛は清明を見た。呪い云々を除いても、彼の身体は傷だらけで、酷く衰弱している。今すぐ治療をしなければならないのは明白だった。
正直なところ、これから駅を経由して現世に戻っているまでの猶予があるかすら怪しい。
「ですから、取引をしましょう」
「取引?」
「ええ。私としても、彼に死なれるのは大変不都合だ。彼を今すぐ現世に戻す代わりに、私がこれから行う儀式を邪魔しないでいただきたい」
「呪いはどうするつもり?」
「心配せずとも、彼は自らの力で呪いを乗り越えました。問題なのは、肉体的な損傷の方です。今すぐ治療を行わなければ、衰弱して死んでしまう」
「呪いを乗り越えた? そんなことが――」
「あるのですよ。彼はあなたが思っている以上に特別な存在なのです。死を乗り越えたことで、更に特別な存在になろうとしている。そんな存在をみすみす見殺しにするのは、私としても心苦しい。さあ、ご決断を」
悪魔に魂を売る気分だった。しかし、カオナシの言うことを聞かなければ清明は死んでしまう。迷っている暇はなかった。
「わかった……取引しよう」
「実に良い判断です。ではこちらの契約書にあなたの血で書いたサインを」
心愛はカオナシが用意した契約書に、血で自身の名前を書いた。隣には、「
「これあんたの名前?」
「そうですよ。これは強制力を持った契約書だ。お互いに、約束を違えることはできません」
「あんたまさかと思うけど――」
「さあ契約の履行です。飛ばす先はどちらがいいですか?」
芦屋道満は心愛の言葉を遮りそう言った。少し悩んだ末、心愛が希望したのは、
「陰陽庁の前にして」
陰陽庁の中には、簡易的だが医療施設がある。除染のことも考えると、そこで応急処置をした後、大病院に移送するのが最適だろう。
「わかりました。目を閉じてください」
言われるままに目を閉じる。僅かばかりの浮遊感があった後、
「もういいですよ」
芦屋道満の言葉を聞いて目を開けると、陰陽庁の目の前に立っていた。
「どんな手品を使ったわけ?」
問いかけるも、芦屋道満の姿はなかった。
彼はしっかりとはすみを回収していったようで、心愛の側には気を失っている清明とスズネの二人がいるだけだった。
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