第32話「異常」

 はすみの言葉通り、駅までの道中は彼女が持つ護り鈴の効果によって戦闘が避けられた。


 電車に乗り込むと、心愛とスズネの二人は隣同士に座ったが、はすみは向かいの座席に腰を下ろした。


「あたし達のことが信用できないー?」

「別に。隣に座る必要はない。違う?」

「ま、それもそうかー」


 そう言って心愛は小銃の分解点検を始めた。


 はすみとは所詮一時的な協力関係を結んでいるだけだ。清明を救うことができたら、どうなろうと興味はない。少なくとも、心愛はそう考えていた。


「野蛮人、旦那様を探す手立てはあるんでしょうね?」

「もち。あたしと土御門くんの縁を辿るー。そうすればすぐに見つかるよぉ」


「はすみさん、呪いを視覚化する方法はご存知ですか?」

「知ってる」

「どうするのです?」


 はすみは色褪せた子供用のポシェットから、黒い丸薬を取り出して見せた。


「それを旦那様に飲ませればいいのですか?」

「そう」


 銃の点検を終えた心愛が、はすみの元まで移動して彼女の持つ丸薬を観察した。


「これ、そーとー呪力が練り込まれてるねぇ。たぶん、素材の育成段階から特別に作られたものだー。こんなものどこで手に入れたのぉ?」

「おかあさんが持ってた」


 はすみの言葉を聞いた心愛は「ふーん」と言った後、自分の席に戻って何事か考え込み始めた。


「何か気になることが?」


「陰陽師以外にあんなものを作れる人間がいるとは思えないー。ひょっとすると、はすみの親はウチの職員だったのかもしれないと思ってさー」


「だとして何か問題が?」


 仮にはすみが力を持つ陰陽師と異界の住人の間に生まれた子だとしたら、それは相当特別な存在ということになる。


 カオナシはそんな特別な存在を利用して、何かの儀式を行おうとしている。はすみの存在こそが、カオナシのやろうとしていることを読み解く鍵になるのでは? そう思ったが、


「……んにゃ、今考えてもしょーがないことだぁ」


 何に差しておいても優先すべきは清明を救出すること。カオナシの思惑を考えるのは、その後だ。


「次はS蛹コ。次はS蛹コ。お出口は右側です」


 車内にアナウンスが流れた。聞こえる声は相変わらず文字化けしていたが、はすみが立ち上がったので、ここが目的の裏S区なのだろう。


 乗降口から出ると、そこは以前裏S区から脱出する際に利用した駅だった。


「なるほどねぇ、ここに繋がってるのかぁ」


 言いながら、心愛は清明との縁を辿るための準備を始めた。


「以前は異界行きの定期を使いましたが、裏異界行きの定期を使えば、ここから別の裏異界に行ける、そんなところでしょう」


 スズネはそう言ってはすみを見やった。すると彼女はコクリと頷いた。


 自身の考えが間違っていなかったことを確認したスズネは、今度は心愛にこう質問した。


「そうなると、なぜ裏異界行きの定期は、きさらぎ駅からしか使えないのでしょう」

「んー、推察するにきさらぎ駅は始まりの駅なのかもぉ。あたし達が異界に行こうと思ったらぁ、必ずあそこを経由するしねー」


「きさらぎ駅にも裏に当たる異界があるのでしょうか?」

「どうなんだろねー。準備でーきた。ちょい集中するから警戒よろぴく」


 一枚の呪符を手にした心愛は目を閉じた。暗闇の中、清明との縁を辿る。


「ん、見つけた」


 目を開けた心愛は、清明がいるであろう場所を目視する。


「だいぶ遠くにいるっぽいなー」

「どの辺りです?」

「あっちの森の方だねー」


 心愛が指す方向は、町を越えた先にある森があった。そこは、初めて清明とスズネが裏S区を訪れた際に通り抜けた場所だった。


「あそこですか……不気味な湖があったところですね」

「なんでまた土御門くんはそんなところにいるんだー?」


「わかりませんが、今は理由を考えている場合ではないでしょう」

「そだねー。んじゃ、お迎えに行きますか」


 町に入ると、すぐに異常に気がついた。建物の多くが崩壊していたのだ。破壊された建物から飛び散ったと思われるコンクリート片が道の端々に転がっている。


 道路には、コンクリート片の下敷きとなって死んだ屍人や、四肢をもがれた死体があった。


「……土御門くんがやったのかなぁ?」

「確かに別れ際、グレネードランチャーを渡しましたが、これは……」


 心愛は道路脇に転がる屍人の死体に近づいた。その屍人には頭がついていなかった。


「やり口が雑過ぎるー。たぶん土御門くんじゃない。彼が接近戦をするとは考えにくいー」


「では誰が?」

「わからないー。警戒しながら進もー」


 以前はあれほどの数襲ってきた屍人達が、今回に限っては数えるほど遭遇しなかった。それが一層、不気味さを醸し出していた。


「これはもう、明らかに旦那様がやったわけではありませんね」


 もう少しで町を抜ける、という段になって尚、建物は破壊され続けていた。

 清明が所持している榴弾の数から考えて、彼がやったという線はなくなった。


「ということはぁ、町を壊した誰かがいるってことだー」

「誰が、なんの目的でやったのでしょう?」


「あたしが知るわけないだろー。一つだけ確かなのはぁ、これをやったヤバい奴がいるってことだけだー」


 更に先を進んでいく3人。そこで彼女達が目にしたのは、これまでとは異なる殺しの痕跡だった。

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