第31話「はすみ」
市街地に入ると、予想はしていたが、裏S区の比にならない数の屍人が襲いかかってきた。
「クッソーどいつもこいつも……! なんであたし達に群がってくるんだー?」
「あなたが知らないのにわたくしが知るわけないでしょう!」
話しながらも、二人は的確に屍人を殺していく。同時並行で、はすみがいないか周囲を見渡しているが、未だそれらしき影は見つからなかった。
「この辺にはすみさんがいるはずなのでしょう?」
「そのはずなんだけどぉ……」
心愛が最後に護り鈴の使用を探知したのはこの周辺だった。
屍人は生者に群がる習性があることを考えると、二人を囲む屍人の集団以外に、もう一つ屍人の集団があるはずなのだ。しかし、どこ見ても見当たらない。
「なんで全員あたし達目掛けて群がってくるんだー?」
「あなたの探知に穴があるのでは?」
「そんなはずはないんだけどなー?」
「まったく、野蛮人のやることはアテになりません!」
はすみがこの周辺にいる可能性がある以上、戦闘を避けて逃げるわけにもいかない。
「もうッ! トサカに来ましたわ!」
言って、スズネはグレネードランチャーを四方八方に向けて乱射した。
倒壊していく建物。しかし幸か不幸かそれによって屍人達が出てくる入口が塞がれた上に、散乱した瓦礫に足を取られて屍人達の進行が弱まった。
「最初からこうしておけばよかったのです」
「……どっちが野蛮人なのさぁ?」
「うるさいですよ」
「まーいいやぁ。一端態勢を立て直そう。あそこの家に入るよー」
心愛が指した先には庭付きの一軒家があった。赤い光ではなく陽の光に照らされていれば、幸せな家族の仲睦まじい声が聞こえてきそうなものだ。
一軒家の前に移動した心愛は、玄関ドアに裏S区でも使用した呪符を貼り付けた。すると、あれだけ群がってきていた屍人が嘘のように散っていった。
「前回も思いましたが、凄まじい効果ですわ」
「あたし特製隠形の呪符でーす。作るの大変なんだぞー」
「そうですか。中にいる屍人を殺せば、一休みできそうです」
「中がもぬけの殻ってことはないだろねー」
長時間の戦闘の疲れが癒せると、二人は意気揚々と家の中に侵入した。
リビングに入ると、案の定そこにはちゃぶ台の前に座ってお茶を飲む真似をしている女屍人の姿があった。
「よりによってリビングかー。なるべく血が飛び散らないようにしよー」
心愛が小銃を構えた途端、横から飛び出てきた予想だにしない存在が止めに入った。
「おかあさんを撃たないで!」
女屍人の前に両手を広げて立ちふさがった少女こそ、二人が探していたはすみだった。
「はすみさん?」
「ん? この子がはすみなの?」
はすみの顔を知らない心愛はスズネにそう尋ねる。
「ええ。はすみさん、わたくし達はあなたのお父さんを名乗る人から、捜索をお願いされてきたのです。お家に帰りましょう」
「あいつはわたしのおとーさんなんかじゃない」
「どういうことですか?」
「カオナシはわたしを利用してるだけ」
心愛はスズネと顔を見合わせると、「やっぱり面倒なことになったぁ……」と呟いた。
「とりあえずぅ、その屍人は無害ってことでいーのぉ?」
「おかあさんは人を襲わない」
その言葉に完全に信じたわけではないが、確かに視界に入っているにもかかわらず、はすみおかあさんなる屍人は襲いかかってくる様子はなかった。
「少し、話しをさせていただけますか。どうやらこちらが所持している情報と相違があるようです」
はすみの目の高さまで屈んだスズネがそう言うと、はすみは少し考える素振りを見せた後こう言った。
「わかった。場所を変える」
はすみの後について行く道中、男の屍人の姿も見た。聞くと、あれが本当のおとーさんとのことだった。
案内されたのは2階の子ども部屋だった。ベッドと勉強机、少しのおもちゃという、どこにでもある子ども部屋だ。強いて違う点をあげるなら、物が少なめという点だろうか。
「カオナシに利用されてるって言ってたよねぇ。あれどーゆー意味ぃ?」
口火を切ったのは心愛だった。その質問は、事と次第によっては事態を急変させる。
「わたしは、日本人と屍人のハーフなの」
「……驚いて言葉が出なかったよぉ。なんて?」
「日本人と屍人のハーフ」
「つまり、何? 君にはあたし達を襲ってきた屍人の血が流れてるって言うのかい?」
「そう」
心愛が知っている屍人は、すでにこの世における生を終えた者が、恨み辛みといった負の感情を糧に生きている存在だ。とてもではないが生者と子を成すなど考えられない。
「詳しく教えていただけますか?」
「わたしも詳しくは知らない。ただ、おとーさんはわたしがおかあさんのお腹にいる時に、裏異界に飛ばされたって言ってた」
「そのおとーさんは話せる状況なのぉ?」
「もう話せない。屍人になった」
「なるほどねぇ……」
本当はもっと詳しく聞きたかったが、本題はそこではない。
「あんたとカオナシの関係は?」
「一応、育ての親。だけど、わたしは親だと思ってない。向こうもわたしを子供だと思ってないはず」
「ですが、カオナシは娘と言っていましたよ?」
「便宜上そう言っただけ。わたしは彼にとって、コマでしかない」
「なんのためのコマですか?」
「よくは知らないけど、何かの儀式に使うと言っていた」
「どーせろくでもないことなんだろうなぁ。正直に言うと、あたし達は助けたい人がいて、その人を助けるためにはカオナシの言うことを聞くしかないのー」
「土御門清明でしょ」
「なんで知って、ていうのは言いっこなしかぁ。まあそう。屍人に取り憑かれてる」
「まだ生きてるなら、治せる」
はすみの言葉を聞いた二人は前のめりになった。
「どうやって!」
「今すぐ教えてください!」
「視覚化された呪いをわたしが取り込む。わたしに屍人の呪いは効かないから」
カオナシの言葉とは比べ物にならないほど信用できた。
今すぐはすみを連れて裏S区に行こうと息巻く二人に、はすみは「一つ問題がある」と言った。
「問題ってぇ?」
「わたしはカオナシに監視されている」
「それはつまり、今もですか?」
「そう」
「じゃあカオナシはあんたの居場所なんて、最初からわかってたってことじゃん」
「だからなぜ、カオナシがあなた達を迎えにやったのかわからない」
「罠でしょうか?」
「……最初から罠みたいなもんだし、毒を食らわば皿まで根性だよぉ」
はすみが清明を治療できることなど、カオナシが知らないはずがない。とすれば、ここまで全て、カオナシの手の内ということだ。
「待ってください。なぜカオナシがわざわざ私達をはすみさんと会わせたのか、せめてそれがわかるまでは待つべきです」
「でもこうしてる間にも土御門くんが……」
「土御門清明が取り憑かれたのはいつの話?」
「もう少しで2日経ちますね……それが?」
「なら、急いだ方がいい。常人は呪いがもたらす悪意に10分と保たない。呪いに飲み込まれたら、完全な屍人になる。そうなれば、治す方法はない」
半日程度だが、あれを経験した心愛が誰よりもはすみの言葉の持つ重みを理解していた。
「ダメだ。例え罠でも、今すぐ行かないといけない。間に合わなくなるー」
清明の持つ潜在能力は心愛以上だ。しかしそれとて限界はあるだろう。二人と別れた時点で、清明は丸1日近く悪意に耐えていたのだ。そこから更に1日だ。最早一刻の猶予もない。
「……わかりました。お二人がそう言うのなら」
「戦闘も巻きで行くよぉ。無駄足踏んでる時間はないー」
「わたしと一緒なら、屍人と戦う必要はない」
「その護り鈴、そんな効果強いのー?」
「すぐわかること」
「それもそうか。じゃ急いで土御門くんのとこまで行こう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます