第30話「探知」

 陰陽庁へと戻った心愛は、栃木に自身の無事を報告するでもなく、まず6階にある装備課へと向かった。


「またここですか……」

「ん、なんかあったのー?」

「あなたを助ける際に、少々不義理を働いてしまったのです」


 実際は少々の不義理どころではない。職員を簀巻きにして武器を強奪していったのだ。


「ま、あたしがいるからだいじょぶでしょー」

「だといいのですが……」


 スズネの不安は的中した。彼女と清明による装備強奪事件で警戒を強めていたのか、正規の手段で装備課に入室したというのに、二人は銃を構えた職員に囲まれてしまった。


「やっぱりこうなりましたか……」

「ちょっと何事ー?」

「申し訳ありません、西園寺さん。そちらの女は、先の装備強奪事件に関与している疑いがありまして」


 緊張した面持ちの装備課職員がそう言った。それに対して寝耳に水だったのが心愛だ。


「えー、あんたそんなことしたのー?」

「元はといえばあなたを助けるためです」

「もー仕方ないなー。非常事態なの、見逃してー」


「無理です」

「お願いしてもー?」

「規則ですので」


 交渉決裂が確定した瞬間、心愛はスズネにアイコンタクトを送った。そして、一番近くにいた職員の顎を殴って気絶させた。


「な、なにを!?」


 スズネは結局こうなるのかとため息をつきながら、自身も身近にいた職員を気絶させた。


「いっちょ上がりー」

「こんなことをして、わたくしここで働けるのでしょうか……」

「だいじょぶだってー。あたしが口利きしてあげるからぁ」

「その言葉信用しますからね?」


 心愛は当然として、スズネも二度目ともなると手慣れたものだった。互いに必要な装備をリュックの中にどんどん放り込んでいく。弾薬に呪符、使えそうなものはなんでも。


「スズネはまたグレネードランチャーにします」

「そうしてー。火力役が一人は必要だぁ。あたしはとにかく弾を持ってくー」


 前回の反省を活かして、予備の弾薬は持てるだけ持った。屍人との戦闘を前提にするのなら、サブウェポンは必要ないので、その分も小銃の予備弾倉に回した。


 そうして積めるだけのものをリュックに積めた頃、一人の男が入室してきた。栃木だ。


「驚いた。西園寺くんの入室記録を見た時はまさかと思ったけど、いつ戻ってきてたの?」

「ついさっきー」


「そうか。土御門くんは連れ戻すことに成功したんだね。で、その彼は?」

「裏S区に取り残されてるー。あたし達は今から土御門くんを助けに行くんだー」


「裏S区だって? おいおいなんの冗談だよ。こんなことしてる場合じゃないだろ、今すぐ除染するんだ」

「そんな時間はないー。土御門くんは屍人の呪いを受けてるんだぁ」


「バカも休み休み言え! 死人を助けに行ってどうする!」

「時間ないって言ったでしょー。邪魔だからそこどいて」


 栃木はその場から動かなかった。必然、心愛との睨み合いの形になる。


「……西園寺くんは知らないだろうけど、カオナシに職員を殺されてるんだよ?」

「そのカオナシの狙いはあたし達だぁ。陰陽庁の方はカモフラージュだよぉ」


「なんでそう言い切れる?」

「カオナシはどういうわけか土御門くんにご執心みたいだからねー」


 陰陽庁の職員が殺害されたのも、カオナシの計画の一部であることは間違いない。しかしそれは、清明に心愛を救出させるための撹乱行動だろう。


 それを一から全部説明すれば栃木も納得したかもしれないが、今は一刻も惜しかった。


「土御門くんを助ける方法はあるの?」


 睨み合いの末、折れたのは栃木だった。


「確実じゃないけど、ある」

「……わかった。なら行っていいよ」

「おやぁ、てっきり肉体言語で語る必要があるかとー」


「どうせダメって言っても行くんだろう? なら痛みのない方を選んだだけだよ」

「よくおわかりでー」


 早速栃木の横を抜けていこうとする二人に栃木は、


「書類は作っといてあげるから、絶対に土御門くんを連れて無事に帰ってくること」

「理解のある上司で助かるよー」


 今度こそ二人は装備課を出ていった。二人を見送った栃木は、


「まったく、どの口が言ってるんだか……」

 とため息混じりに溢した。


   ◯


 きさらぎ駅を経由して、裏異界行きの電車へと乗った二人は、はすみの捜索方法について話し合っていた。


「探すといっても、手がかりもないまま探すのは無理がありますね」

「おまけに探す場所は裏異界なんていう、あたしも知らない場所だからねー。まいったねぇ」


 異界ですら終着駅にたどり着いたことがない。ましてや裏異界など、どこにどんな世界が広がっているのか皆目検討がつかなかった。


「そもそもはすみって子はどんな子なのー?」

「不思議な方でした。どこか浮世離れしているというか、普通ではなかったですね」


「んー、なんかもっと他にないのぉ?」

「他に、ですか……」


 そう言われても、はすみと直接会話をしていたのは清明だったし、あの時スズネは周囲の警戒に意識を割いていた。覚えていることなど――。


「……そういえば、不思議な鈴を持っていましたね」

「どんな鈴?」


「形状自体は普通のものでした。ですが、彼女が鈴を鳴らすと、きさらぎ駅の住人が嫌がるように逃げていったのを覚えています」

「それだぁ!」


 心愛は立ち上がってリュックの中身を漁りだした。


「何をしているのですか?」


「探知の呪符を探してるー。たぶんはすみが持ってるのは「護り鈴」だー。護り鈴ならあたしが持ってきた探知の呪符に引っ掛かるー」


「あなた荷物の整理も下手なのですか?」


 ポイポイと次から次にリュックから取り出した物を「これでもないしこれでもないー」と床に放り投げていく心愛に苦言を呈するスズネ。


「うっさいなー。そういうのは得意な人に任せればいいんだよー」

「本当に野蛮人ですね……」


 言いながら、心愛が放り投げたマガジンやら呪符のセットやらを拾い上げていくスズネ。


 拾ったもので両手がいっぱいになった頃になって、ようやく目当てのものが見つかった。


「あったあった。いやー、一番下に隠れてたよー」

「今度から荷物の作成はスズネがします」


「細かいことは気にしないー。これを使えば、護り鈴を使った形跡がわかるからぁ、はすみの居所はだいぶ絞れるぞー」

「そうとわかれば、しらみ潰しに駅を降りて確認しましょう」


 都合よく電車内に、停車を告げるアナウンスが流れ始めた。


「次は鮟?ウ蛾ァ。次は鮟?ウ蛾ァ。お出口は左側です」


 知っている単語のはずなのに、何故か脳が理解するのを拒否していた。結果として、文字化けしたような単語が耳に入ってきた。


「うあぁぁ……なんだ今のぉ……気持ち悪いなぁ……」

「きっと理解してはいけない類のものです……聞かなかったことにしましょう」


 出鼻を挫かれたような気分だったが、二人は停車した電車を降りた。


 どこまでも続く暗闇の世界を、空に浮かぶ赤い月が照らしていた。


 鬱蒼と茂る森の中には、ひょっとすると裏S区のような集落があるのかもしれないが、二人が立っている駅からはその姿を確認することはできなかった。


「裏異界っていうのはどこもこんな感じなのかー?」

「気味が悪いですわね……早く調べて立ち去りましょう」

「同感だぁ。周囲の警戒しててー」


 グレネードランチャー片手に周囲の警戒を行うスズネの横で、心愛は探知の呪符に呪力を通した。


 視界が暗闇になり、自身の求める手がかりの気配がないか慎重に探る。結果、


「ここは通ってないみたいだー。次の駅に行こー」


 通常の異界駅を走る電車とは違い、裏異界の電車は常時駅に停まっていた。

 どうやら乗客が発生したら走り出す仕組みらしい。


 再び電車に乗り込んだ二人は、また脳が理解するのを拒否するアナウンスを耳にした。


「うあー気持ち悪いぃぃ。こんなことなら耳栓持ってくればよかったー」

「あなたは耳が2つしかないからまだマシです! わたくしなんて4つあるのですよ?」

「そんなこと知るかー。気持ち悪いもんは気持ち悪いんだー」


 なんていう会話をしながら2駅目。ここも空振りだった。

 3駅目も同様。4駅目もまた護り鈴を使用した形跡がなかった。


「本当にはすみさんは裏異界にいるのでしょうか?」

「いるって信じるしかないでしょー?」


 カオナシに騙されたのではないかと思い始めた5駅目。ようやく心愛の探知に引っ掛かるものがあった。


「ん! ここだ! 護り鈴を使用した形跡がある!」

「本当ですか?」

「歩いていける距離だー。けど……」


 二人の眼前には、裏S区よりも大規模な町が広がっていた。

 これだけ町が大きいということは、当然そこに暮らす屍人の数も多いはずだ。


「行くしかないでしょう」

「だよねぇ……いちおー言っとくけど、屍人の攻撃は一発でも食らったらアウトだからー」


「背中合わせで戦いましょう。お互いの死角を補うのです」

「仕方ないー。市街地戦だとそれは使いにくいだろうから、土御門くん用に持ってきたアサルトライフルを使いなー」


 そう言って心愛は肩に担いでいた清明愛用のHK416を渡した。


「地味なのはあまり好みではないのですが、仕方ないですね」

「アサルトライフルが地味って、なかなかとんでもない思考してるねえ」


「ちまちまやるのは趣味ではないのです」

「あっそ。んじゃま、ちょっくら迷子の子供を探しに行くとしますかー」


 駅から町までは一本道で繋がっているようだった。

 二人はひび割れたコンクリートの道を歩き出す。

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