第27話「さよならを教えて」
現在時刻は20時を少し回ったところ。そろそろ駅に向かって移動を考える時間になっていた。
「移動準備をしよっかー」
「オッケー。それにしても、意外と戦闘が少なかったね」
今に至るまで散発的な戦闘はあったが、町中のように大規模な戦闘はなかった。
精々が2、3人ほどの集団で紛れ込んだ屍人達を相手にした戦闘がごく少ない回数あった程度だ。
「最初から山の中に潜むべきでしたね」
「病人を背負って山の中には来れなかった。言っても仕方ない話さ」
移動準備といっても、忘れ物の確認と焚き火を消す程度のものだ。3人は話しながら作業を進めた。
「陰陽庁に戻ったら除染作業をしないとだなぁ」
「除染作業?」
「穢れを祓うのぉ。ここはよくないもので満ちてるからねー」
ここはどこを見ても穢れに満ちている。それが死であれ憎悪であれ、負のものであることに変わりはない。生者が存在していい場所ではないのだ。
「穢れか……確かにね」
二人に隠れてお腹の黒点を確認する清明。心愛から呪いを移した直後よりも黒点の範囲が広がっていた。
その様はゆっくりと、しかし確かに屍人へと近づいているようで、清明は静かに絶望した。
(身体が死んでいくのがわかる。きっと、行き着く先は彼らみたいな屍人なんだろうな……)
「土御門くん?」
背後からかけられた声にビクリと反応した清明は、慌ててまくっていた服を戻した。
「どうしたの、心愛ちゃん?」
「そろそろ移動するよー。準備できたぁ?」
「バッチリだよ」
3人は駅を目指して移動を始めた。
道中は不気味なほど静かだった。屍人と出会うこともなく、駅に到着することができた。
「見ろ、電車が停まってるぞ」
「やったー、これで帰れるぞー」
一刻も早く現世に戻りたいと思っていた心愛は、いち早く電車の中に入っていった。しかし、清明とスズネだけは電車に乗り込まず、互いの顔を見合っていた。
「旦那様……」
「これでお別れだね」
「そのようなこと、言わないでくださいな」
「そうだね、ごめん」
「これをお使いください」
スズネは自身が所持していた武器を含む全ての荷物を清明に渡した。
「必ずお救いする方法を見つけて戻ってきます。ですから、それまで生き延びてください」
「期待して待っているよ。けど、無理だけはしないでね?」
「もちろんですわ」
「二人共どしたのー? 早く電車乗りなよー」
なかなか電車に乗り込んでこない二人を不審に思った心愛が、乗降口の前まで移動してきてそう言った。
彼女の言葉を受けて、スズネだけが電車に乗り込む。
「土御門くんも、ほら早くー」
「残念だけど、僕はここまでなんだ」
「何言ってるのさー。早く乗りなよー」
清明は無言で服をまくって自身のお腹を見せた。そこにはおびただしい数の黒点があった。聡明な心愛は、すぐに彼が取り憑かれていることに気づいた。
「っ! いつの間に……!」
「旦那様は、あなたの呪いを代わりに取り込んだのです」
「なんでそんなことしたの!」
「それしか心愛ちゃんが生き残る方法がなかったからだよ」
「なんで……! あたしはそんなことされたくなかった!」
心愛からしてみれば、自身の代わりに清明が死ななければならないなど、到底受け入れられないことだった。
「そうだ! 今すぐ呪いをあたしに戻して! 出来るんでしょ!?」
「ダメだよ心愛ちゃん。僕は、君に生きてほしいんだ」
心愛がそう思うように、清明もまた自分よりも心愛に生きてほしいと思っているのだ。
「なんで……どうしてぇ……」
「ごめんね……」
「謝ってほしくなんかないよぉ……!」
心愛は清明にすがるように抱きついて、その胸の内でいやいやをした。
「付き合ってくれるって、言ったじゃん……!」
「そうだね……ごめんよ。僕のことは忘れてほしい」
「無理に、決まってるよぉ……う、うぅ……!」
遂に心愛は泣き出してしまった。自身も取り憑かれていたからこそわかるのだ。こうなってしまっては、最早救う手立てがないことを。
「泣かないで、心愛ちゃん。せめて最期は、君の笑顔が見たい」
そう言うも、心愛は清明の胸に顔を埋めて泣き続けるだけだった。
最期の逢瀬を邪魔するように、やがてサイレンが鳴り響いた。
時刻は20時59分。サイレンは電車の発車を知らせる合図であると同時に、屍人どもがが現れる合図でもあったようだ。
駅の向こう側から大量の屍人どもがこちらに向かってくるのが見えた。
「さようなら、心愛ちゃん。大好きだったよ……」
清明は尚も泣き縋る心愛を電車の中に押し込んだ。
「スズネ、心愛ちゃんを頼んだよ」
「確かに」
扉が閉まる。
「イヤ! いやあああああ! 土御門くん! 土御門くん!」
閉じられた扉をバンバンと叩く心愛。ガラスの向こうの清明は、消えかけの笑顔を浮かべていた。その背後に迫りくる屍人達。
清明は、二人が見ているその前で、屍人の群れに飲み込まれてしまった。
「いやああああああああああああああ!」
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