第25話※微エロ「たったひとつの冴えたやりかた」

 スズネに呪い移しのやり方を教わった。


 いわく、対象の性的興奮を高めた後に体液の交換を行うことで、対象の呪いが視覚化されるらしい。後はその視覚化された呪いを僕の身体に取り込めば、呪い移しは完遂される。


「ふぅ……」


 緊張から思わず息が漏れた。方法が方法なので、スズネには外で待機してもらっているけど、あまり長い時間をかけるわけにはいかない。


「ごめんね、心愛ちゃん」


 息を荒くして眠る彼女の衣服に手をやる。


 破れたゴスロリの上を脱がせると、高級そうな黒色のブラジャーが見えた。

 背中に手を回してホックを外すと、形の良い豊満な乳房が露わになった。


 しっとりと汗ばんだ素肌は手のひらで触れるとぴたっと張り付いた。


 手から溢れるサイズのそれを優しく揉む。マシュマロよりも柔らかいそれは、不思議なことにいくら揉んでいても飽きることがなさそうだった。


「んっ……! あっ……!」


 僕の手の動きに合わせて心愛ちゃんが声を漏らした。


「ごめん、ごめんね……」


 意識のない相手にこんなことをしている罪悪感から、無意識に謝罪の言葉が出た。


「あっ……はぁ……!」


 乳房を手のひらで揉んでいると、乳首が次第に固さを増していった。

 コリコリと指で摘むように刺激してやると、心愛ちゃんは敏感に反応を示した。


「んっ……つち、みかどくん……なに、してるのぉ? あっ……!」


 心愛ちゃんはそう言いながら熱っぽい視線で僕を見た。その姿と声に、たまらなく愛しさが湧き出した僕は、気がつけば彼女に口付けをしていた。


「ん……あっ……」


 長い長い口付け。どちらからともなく舌を差し出し、僕達は深く繋がった。


「土御門くん、好きぃ……!」

「僕もだよ、心愛ちゃん」


 想いを伝えあった時、彼女の身体を蝕んでいた呪いが視覚化された。

 見るに耐えない惨たらしさだった。


 僕と彼女の間に現れた「それ」は、水子のような藁人形のようなよくわからない外見をしていて、怨嗟、憤怒、欺瞞、この世のありとあらゆる負が溢れ出ていた。


「こんなものが心愛ちゃんに……」


 色は黒。漆黒なんていう言葉では足りないほどに圧倒的な「黒」だ。


 見ているだけで発狂しそうになる。心愛ちゃんはよくこんなものを内に秘めながら意識を保っていたものだ。


「今楽にしてあげるからね、心愛ちゃん」


 見れば、心愛ちゃんは再び意識を失っていた。

 先程意識が戻っていたのは束の間だったようだ。神様が僕達に与えてくれた最後の時間だったのかもしれない。


「ふー……」


 呪いを取り込む方法は、視覚化されたそれを食らうことだ。


 近づいてわかった。見た目だけじゃなく、「それ」は臭いすら鼻が曲がるなんて言葉で片付けられないほどに吐き気を催す臭いがした。糞尿の方が100倍マシとすらいえる。


 恐ろしい。こんなものを取り込めばどうなるかなんて見えている。だけど、


「うぶぉえ!」


 かじりつくと、ゲロと腐った卵を尿で薄めたような味がした。


 吐き出しそうになる気持ちを抑えてなんとか飲み込むと、今度は舌を焼くような辛さと猛烈な酸っぱさの後味が襲ってきた。


「はぁ……はぁ……!」


 たった一口でこれだ。どう見繕ってもまだ10口分以上あるというのに、耐えられるのだろうか。


「……いや、食べるしかないんだ」


 自らを奮い立たせ、二口、三口と食べ進めていく。


「うっ! おえ!」 


 後一口。喉元までせり上がっている胃液と共に、最後の一口を食らう。途端、


「っ!」


 頭の中が真っ黒になった。


 殺せ殺せ殺せ。妬ましい。どうせ俺は死ぬんだ。死ねばいいのに。うざい。臭い。気持ち悪い。ムカツク。死ね。下手くそ。最低。使えない奴。トイレのニオイがする。殺せ殺せ。


 そんな憎悪を煽る単語で頭の中がびっしりと支配されてしまった。それ以外のことが考えられない。


 憎い。憎い。憎い憎い。憎い憎い憎い!

 この世の全てが憎い。


「呪ってやる!」


 狂い、衝動のままに全てを呪い殺そうと立ち上がりかけた僕を制止したのは、心愛ちゃんの手だった。


 意識してか無意識のものか、彼女は僕の手を優しく握ってくれていた。その手から伝わる確かな熱が、狂いかけた僕の意識を正気へと戻した。


「……まだだ。僕はまだ狂うわけにはいかない」


 二人が電車に乗るのを見届けるその時まで、僕は僕でい続けなければいけないんだ。


   ◯


 清明と心愛を二人きりにしてすでに一時間ほどが経過していた。


 一人外で待ちぼうけていたスズネは、幾度目かわからぬため息をついていた。


「はぁ……どうしてわたくしは……」


 論理的に考えれば、あそこで呪い移しの存在など教える必要はなかった。


 放っておけば恋敵である心愛は死んだ。落ち込む清明に少し優しくしてやれば、きっとスズネの想いは成就しただろう。


 だが、蓋を開けてみればどうだ。スズネは清明に呪い移しのやり方を教え、あまつさえ邪魔にならないようにとこうして外で待っている。


「悲劇の少女になるつもりなどなかったのですが……」


 呪い移しが成功してしまえば、スズネはせっかくできた想い人を喪うことになる。なのになぜ?


「わからない……わからないですわ……」


 スズネは自分自身のことがわからなくなっていた。


 再びため息をつこうとした矢先、玄関扉が開く音が聞こえた。

 振り返ると、そこには少しやつれた顔をした清明が立っていた。


「終わったよ」

「成功したのですか?」

「たぶん。心愛ちゃんのお腹から黒点が消えた」

「そう、ですか……」


 スズネにとっては全く喜ばしくない報告だった。


 呪い移しが成功したということは、死の対象が心愛から清明に代わったということ。喜べる要素などどこにもない。


「そんな顔しないで。心愛ちゃんが目を覚ましたら、きっと二人は脱出できるからさ」

「ですが……」


 そこに清明の姿はない。


「このことは、脱出するまで心愛ちゃんには黙っていてほしい」

「……わかりました」

「ありがとう。最後まで迷惑をかけるね」

「いえ、意中の相手に頼られるのは嬉しいことですわ」


 清明は優しく微笑んだ。


 あばら家に戻った二人は一時の雑談を楽しんだ。


 それが別れの前の最後の雑談であることなど、誰の目からも明らかなことだった。

しかし、二人はそんなことを感じさせぬように、ここを出たら何をしたいなど、未来の展望を話し合っていた。


「やっぱり僕はスズネに一度映画館で映画を観てほしいかな」

「その時は旦那様のおすすめの映画を観てみたいですわ」


「おすすめかあ。新作だと中身がわからないから、リバイバル上映とかかな」

「きっと二人で観たらどんな映画でも楽しめますわ」

「そうだね」


 一時間ほどは話し込んでいただろうか。楽しい時間が過ぎるのはあっという間だった。


 いくらでも話せそうだったが、不意に鳴り響いたタイマーが二人の会話を止めた。


「呪符の交換時間だ」

「その、呪力は使えそうですか?」

「……残念だけど無理そうだ」


 その身に呪いを抱え込んだ清明は、正気を保っているのが奇跡といえる状況だった。

 そんな状態では、とてもではないが呪符に呪力を通すなんて芸当はできない。


「心愛さんを起こすしかないですね」

「あまり気は進まないけど、そうするしかないね」


 奥の座敷で眠っている心愛の側まで来た清明は、彼女の身体を優しく揺すった。


「ごめんね心愛ちゃん、起きてくれるかい?」

「んぁー、後5分……むにゃむにゃ……」

「寝かせてあげたいのは山々なんだけど、そうも言ってられないんだ。起きて」


 先程よりも少し強めに身体を揺すると、閉じられていた目が開いた。


「ふぁー、なしたの? ん? んん? 身体が楽になってる?」

「スズネに呪いを解く方法を教えてもらったんだ」


「うそん。屍人の呪いを解く方法なんてないはずだけど……けど解けてるなあ?」

「効果があったようで何よりだよ」


 心愛はしきりに不思議そうな顔をしながら首を傾げていた。


「それより、呪符の効果が切れそうなんだ。ちょっと僕疲れちゃってできそうにないからお願いできないかな」

「オッケー。じゃやってくるねぇ」


 起き上がった心愛は背伸びをして骨を鳴らした。そして外までの通りがけにいたスズネに「迷惑かけたねぇ」と言って呪符の交換をしに行った。


「どうやら本当に効果があったようですね」

「これで呪いが残ってたら、僕が呪われ損になってしまうよ」

「野蛮人が戻ってきたら作戦会議をしましょうか」

「そうだね。きっと心愛ちゃんなら良い案を出してくれるはずだ」


 と、二人がシリアスムードになってる中、戻ってきた心愛は、


「そういえば土御門くんとキスしたような気がするんだけどぉ、土御門くんあたしが寝てる間にした?」


ぎくぎく。ガッツリした。しかし、熱に浮かされてはっきりと覚えていない様子の心愛に対し清明は、


「してないよ?」

 誤魔化すという選択肢を取った。


「んー、なんか舌も絡めた気がするんだけどなー」

「夢じゃないかな?」

「おかしいなあ」


 呪い移しのためとはいえ、寝込みを襲ったことに変わりはない。なるべくならなかったことになってほしいと思う清明だった。

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