第24話「どうあがいても絶望」
あばら家の中に戻ると、スズネが居間で眠っていた。
その姿を見ると、今まで騙していた強い疲労を身体が思い出してしまった。
なんだかんだいって、まどろみの宿から寝ずに戦闘の連続だった。
「そりゃ疲れもするよな……」
スゥスゥと可愛らしい顔で寝息を立てるスズネを見ていたら、眠気が襲ってきた。しかし僕まで眠るわけにはいかないので気を引き締める。
心愛ちゃんの様子を見にいくと、玉のような汗を額に浮かべて苦しそうにしていた。
せめて汗だけでも拭ってあげようとハンカチで額に触れると、恐ろしく熱かった。
「熱まで出てるのか……」
いよいよ猶予はなさそうだった。
何かできることはないかと思った僕は、彼女の手を握って呪力を送ってみた。すると、
「うぅ、うん……スゥ、スゥ……」
荒々しかったが呼吸が少しだけ落ち着いたようにみえた。
それに気を良くした僕は更に彼女に呪力を送り続けた。
「ん……」
10分ほどそうしていただろうか。背後からモゾモゾと起き上がる音が聞こえてきた。
「あら……?」
「起きたかい?」
「あ……申し訳ありません。眠ってしまっていたようです」
「仕方ないよ。ずっと気を張っていたからね。休める内に休んでおかないと」
「代わります。旦那様も少し休まれてくださいな」
「そうさせてもらお――」
ウウウウウウウウウウウウウウウウウ。
けたたましいサイレンの音が聞こえた。
「なんだ?」
慌てて窓の外を見ると、
「リコンするぅぅうう!」
バアン!
「うわっ!」
両目からドス黒い血を流した老人が窓ガラスを叩いていた。
ボロボロに薄汚れた服を着た彼の肌は死人のように真っ青で、その姿はまさに「屍人」としか言いようがなかった。
「どうやら出たようだな。僕が殺してくる。スズネは心愛ちゃんを看てて」
外に出た僕は、サイレンサー付きのハンドガンで老人の頭を撃ち抜いた。
断末魔も上げずに地に伏した屍人が完全に死んだことを確認して、
「どこから出てきたんだ……?」
バリケードの隙間から町の様子を伺うと、先程は一人たりともいなかったはずなのに、そこら中に屍人達がうじゃうじゃいた。
「どいつもこいつも死人みたいな顔しやがって……」
幸いにして屍人が銃で殺れる相手であることはわかった。しかし、数が問題だ。
この様子だと、当然のように町一つ分の屍人達がいることだろう。これでは弾薬がいくらあっても足りない。
屍人達に気付かれないようあばら家の中に戻ると、スズネが心配そうな顔をしていた。
「籠城を選んだのは失敗だったかもしれない。連中、そこら中にいるよ」
「先程のサイレンのせいでしょうか?」
「どう考えてもそれが合図だろうね」
腕時計を確認すると、21時8分だった。外の様子を伺っていた時間を考えるに、サイレンが鳴ったのはちょうど21時だろう。
「少し連中の様子を見たんだけど、普通に生活をしてた。主婦みたいな格好をした人が、買い物をしてたよ」
「対話はできそうでしたか?」
「さっきの老人をみるに、無理だろうね。たぶんだけど、生者の真似をしてるだけだ」
真っ青な顔をして、両目からドス黒い血を流しているんだ。あれが死人でなければ何なのだという話だ。
「戦闘は時間の問題というわけですか」
「うん。見つかったが最後だね」
スズネにハンドガンと予備のマガジンを渡す。
「グレネードランチャーはなるべく温存してほしい。基本はこれを使って」
「承知しました」
ここから20時間と少し。長い夜になりそうだ。
――ピンポーン。
「スぅズキさぁぁあん」
チャイムが鳴った。おぞましい声と共に玄関口をバンバン叩く音が聞こえる。
「いなぃのぉおおぉぉお」
立ち上がろうとするスズネを目で制止する。
このまま居留守を使って立ち去ってくれれば、戦闘が一つ避けられる。
「おかしぃいわねぇぇええ」
耳を澄ます。玄関から立ち去る足音が聞こえた。ホッとしたのもつかの間、
「いるぅじゃないぃぃいい?」
玄関から庭に回ったらしい屍人が窓から僕達を見ていた。
「クソッ!」
バンバンと窓を叩く屍人。もうこうなってしまえば戦闘は避けられない。
窓を開けた僕はそのまま屍人の頭を撃ち抜いた。しかし、
「今ので僕らの存在を知られた。やるしかない」
「準備はできております」
外に出ると、屍人達があばら家の回りに群がっていた。
おぞましい声を上げながら、歪な動きで僕らに迫ってくる。
「そんなに僕らが妬ましいか……!」
しっかりとバリケードを作っていたおかげで、屍人達の侵入経路は玄関に限られる。
彼らの動きはとても緩慢なので、ダックハントのようにヘッドショットが決められた。
「ネギがぁあやすいわねぇぇええ」
「まぁたなのぉぉおおお」
意味不明なことを口にしながら襲い来る屍人達を殺し続ける。
30人ほどは殺しただろうか。玄関前は彼らの死体とドス黒い血で池ができていた。
「リロード!」
「承知しました」
一体一体の脅威はそれほどでもないが、やはり数が問題だった。
知性の感じられない彼らは、ゾンビのように誰が死のうと我先にと僕らに向かってくる。
玄関前には血の池ができるのと比例して、僕らの近くには空薬莢の山が積もっていく。
「きりがありませんわ!」
「弾が無くなるまでやるしかない!」
きっとゾンビ映画の主人公も同じような気持ちなんだろうな、と現実逃避じみた感想を覚えていると、玄関が開いた。
「こ、れを使うんだぁー……」
「心愛ちゃん!」
フラフラになりながら外に出てきた心愛ちゃんは、僕に数枚の御札を渡してきた。
今にも倒れそうな彼女を抱きかかえながら、「これは?」と問いかける。
「じゅ、呪符……入口に貼って呪力を通し、てぇ……」
「わかった。下がってスズネ。手榴弾を使う!」
スズネが下がったのを確認した僕は屍人達の足元に手榴弾を転がした。
爆発で前衛が飛び散ったのを確認し、その隙に呪符を玄関扉に貼って呪力を通す。途端、
「見えなくなったのか……?」
あれだけ僕達に向かってきていた屍人達が、姿を見失ったようにキョロキョロとしだした。
「これで、暫くはだいじょぉぶ……」
ハァハァと荒い息を漏らす心愛ちゃんが心配で、僕はスズネにこの場をお願いして一足先に彼女を伴ってあばら家に戻った。
急いで彼女を布団に寝かせると、
「効果時間はぁ、4時間……効果が切れたら……これを……」
「予備の呪符だね。わかったよ」
「ごめん、ねぇ……あたしの、せい、でぇ……」
「心愛ちゃんのせいなんかじゃないよ」
「だい、じょうぶ……?」
心愛ちゃんはうわ言のようにそう言って気を失った。
「こんな身体で……」
起きているのすらやっとの状態だ。そんな身体だというのに、僕達に呪符を届けるために無理をさせてしまった。
「彼女の様子はいかがですか?」
様子見から戻ってきたらしいスズネが言った。
「また気を失ったよ。屍人達は?」
「暫く様子を見ていたのですが、こちらには気付かず散っていきました」
「そっか。効果時間は4時間らしい。タイマーをセットしておくから、鳴ったら貼り直してくるよ」
スズネは心愛ちゃんの側まで行ってその額にそっと触れた。
「……先程よりも熱が上がっているようですね」
「そっか……」
現在時刻はまだ23時。電車が到着するまでまだ22時間近くある。呪符の効果時間と予備を考えて、最低後2回は今みたいな戦闘をする必要がある。
「僕の方はマガジンが後3つある。スズネは?」
「2本です。言いつけ通り、グレネードランチャーは使用しておりませんので、そちらはまだ余裕がありますが……」
「籠城戦だと使いづらいからな」
「ええ。心愛さんの分の武器は?」
「本体は使えるけど、弾が僕と共有だから余裕はないね」
「そうですか……」
厳しい。どの観点から考えても、絶望的だ。何より弾薬が心もとない。
今の戦闘で100発以上使用したことを考えると、次は確実に無くなる。
「状況は最悪だな……」
二人揃ってため息をつく。
「あの、このような時に言うのは大変申し訳ないのですが……」
「なんだい?」
「お水をいただけると……」
「ああ、ごめんね。気が利かなかった」
水筒を渡すと、スズネは一滴も無駄にしないよう慎重に一口だけ飲んだ。
「ありがとうございました」
「もういいの?」
「スズネばかり飲むわけにはいきませんから」
弾の問題はあるが、飲み水の問題もある。まったくもって最悪だ。
「なんとか心愛ちゃんだけでも治してあげたいんだけど……」
僕の心からの呟きに、スズネは難しい顔を見せた後こう言った。
「……一つだけ、方法があるかもしれません」
「心愛ちゃんを治せるの?」
「治す、というと語弊がありますが、あれが呪いの類であるのならば、『呪い移し』が使えるかもしれません」
「呪い移し?」
「はい。その名の通り、呪いを別の対象に移すのです。わかりやすく言うと、心愛さんの呪いをわたくしか、旦那様が引き受けるということになります」
「僕がやろう」
迷いはなかった。スズネから話を聞いて、僕の口はすぐにそう言った。
このままでは、3人揃って共倒れの可能性すらある。しかし、心愛ちゃんさえ動けるようになれば、まだ死中に活を見出すことができるかもしれない。
「ですが、それをすれば……」
言外に、呪い移しが成功すれば死ぬのは僕になるという言葉があった。だが、そんなことは百も承知だ。
「誰かが犠牲になることで二人が助かるなら、その役割は僕が担うさ」
大切な人の代わりに死ぬことができるんだ。やあ、実にヒーローっぽいじゃあないか。カッコいいぞ、僕。
「後悔、しませんか?」
「しないよ」
嘘だ。本当は彼女の一人も作って、ラブコメ生活を送ってみたかった。見たかった映画だってたくさんある。
スズネとももっと話してみたかったし、何より心愛ちゃんとデートができなくなってしまうのはとても悲しい。だけど、
「僕は男の子なんだ。格好をつけさせておくれよ」
「……旦那様は、いつだって格好いいですわ」
「ありがとう」
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