第21話「S区」

「結構歩いたと思うんだけど、まだ『膜』にたどり着かないのはどういうことなんだ?」


 異界と異界の繋ぎ目である膜。きさらぎ駅からだいぶ歩いたけど、未だに膜を通る気配がなかった。


「きさらぎ駅は広いのですか?」

「わからない。前回歩いた時はここまでじゃなかった」


「であれば、線路に降り立った時点できさらぎ駅からズレてしまったのでしょうか?」

「いや、肉塊達がいるから、まだここはたぶんきさらぎ駅だ」


 時折、道を塞ぐように肉塊が現れていた。彼らはきさらぎ駅の住人のはずなので、僕達が今いる場所はきさらぎ駅だと見て間違いないだろう。


「抜けるには何か条件があるのかな?」

「わたくしが線路を散歩した時はそれなりに歩いた記憶がありますが」

「それってまどろみからだよね?」


「はい。線路に沿って歩いていたら、別の異界に到着しましたわ」

「ならやっぱり歩き続けるしかないね」


 なんて話をしていたら、身体を膜が通ったのを感知した。


「抜けたみたいだね」

「そのようですね」

「もうちょっとでまどろみに着くはずだ」


 あの暖色系のオレンジがかった明かりが見えてくることだろう。そう思っていたけど、


「妙だな……あれはまどろみの灯りじゃない」


 歩いた先に見えてきたのは、白い蛍光灯の灯りだった。

 酷く人工的で、まどろみのように暖かみを覚えるようなものではなかった。


「警戒しながら進みましょう」

「そうだね」


 駅に到着し、駅名を確認すると、そこには「やみ駅」と書かれていた。


「どういうことなんだ? きさらぎ駅の隣はまどろみじゃないのか?」

「異界特有の繋がりでしょうね。条件が異なれば別の異界にたどり着くのでしょう」

「なるほどね。今度心愛ちゃんに教えてもらおう。とにかく、改札を通そうか」


 ここがどこで、どういった場所かは関係ない。今は電車に乗って、S区の裏なる場所に行かなければいけないのだ。


 改札に異界行きの定期を通してホームに入る。

 少しくたびれた印象を受けたが、どこにでもある田舎の無人駅といった様子だった。


「住人はいないみたいだね」


 前後左右を確認したが、それらしき姿は確認できなかった。


「無用な戦闘が避けられそうでよかったですわ」

「そうだね。なるべく弾は温存したい」


 S区の裏。はすみちゃんは危険な場所だと言っていた。

 危険が意味するところが住人なのか、自然災害なのかはわからないが、いずれにせよ警戒が必要だろう。


「電車が来ましたわ」

「よし、乗ろうか」


 電車に乗る。S区までは何駅かかるのかと車内の電光掲示板を確認するが、文字化けしたような文字が浮かぶだけで有用な情報は得られなかった。


 仕方がないので、いつ心愛ちゃんと合流してもいいように、分解して所持していた彼女の武器を組み立てる。


「不思議に思いませんか?」

「何がだい?」

「異界という存在がです」


「確かにね。たかだか電車に一本乗っただけで別世界だ。物理法則もあったもんじゃない」


「そこです。ところ変われば常識が変わりますが、異界の場合は住人の存在そのものも変わります。おかしいとは思いませんか?」


「おかしなことしかないよ。スズネ達は僕らの常識でいえば受け入れられるけど、きさらぎ駅の肉塊なんてのは完全に別の生物だ。受け入れられない」


「何故このようなことがまかり通っているのでしょう」

「さてね。そういうのは専門家に任せるしかない。僕達にできるのは、困ってる人を助けることだけさ」


 心愛ちゃんの銃を組み立て終えた僕は動作チェックを行った。

 銃に問題がないことを確認して、スリングで肩にかけた。そうしたらちょうどよく、


「次はS区、S区。降り口は左側です」


 車内に目的地を告げるアナウンスが流れた。


「準備は?」

「できております」


 真っ暗闇の乗車口から一歩踏み出すと、視界に広がる景色は黄昏の住宅街だった。


「ここは……」

「脱線した時に訪れた場所のようですね」


 なんということだ。あの時駅を探して歩いた異界こそがS区だったのだ。


「駅名を確認しなかったのが仇となったな」

「あの時は余裕がありませんでしたから、仕方ありませんわ」


 何かが違えば、僕達はあの時心愛ちゃんを発見することができていたのかもしれない。そう考えると、自分の迂闊さを殴りたくなった。


「それよりも、問題はどうやってS区の裏なる場所に行くかです」

「情報が少なすぎる。やっぱりここの住人に話を聞くしかないっぽいけど……」


 前に訪れた時は目が合っただけでカーテンを閉められてしまったほどだ。到底ここの住人がフレンドリーだとは思えなかった。


「少し歩きましょう。運が良ければ散歩している方に出会えるかもしれません」

「そうだね」


 少し歩いて、すぐに気付いた。ここの住人達は異常なまでに僕達の存在を迷惑に思っているようだった。


 まるで大昔の日本人が外国人を異様な目で見るように。しかし興味よりも上回るのが恐怖。顔形こそ影で構築されていて判別できないが、所作で理解できた。


「ここは、閉ざされた世界のようだね」

「集落や部落のようですわ」


 僕が意図して口にしなかったことをスズネが言った。しかしそれこそが、ぴったりと当てはまる言葉である。


 現代日本人にとっては馴染みのない部落差別。それこそがまさに、今僕達が受けているものだった。


「そもそも、裏とは何を意味しているのでしょう?」

「裏というからには、恐らく今僕達がいるのは表なんじゃないかな」


「であれば、異界の中に別の異界があるということになりますが……」

「確かにそういうことになるね」


「果たしてそんな異界が存在するのでしょうか」

「わからない。答えはここの住人のみが知るってところだろう」


「少々強引ですが、どこかの家に押し入りますか?」

「そうだね。好みのやり方じゃないけど、そうも言ってられない」


 僕達はあまりにも「異界」というものを理解できていない。この行動が、無知ゆえの蛮勇にならなければいいけど……。

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