第20話「きさらぎ駅」
無事に(?)陰陽庁から抜け出した僕達は異界行きの電車に揺られていた。
「問題は心愛ちゃんがどこにいるかだ」
「そうですね。まさか全ての駅を探すわけにもまいりませんし、どういたしましょうか」
「僕達はあの時、まどろみからきさらぎ駅に向かう途中で放り出された。常識的に考えれば、きさらぎ駅で降りてまどろみに向かって歩けばたどり着ける。けど……」
「異界に常識は通用しませんわ」
「だよね。だから、ひとまずは可能性にかけてきさらぎ駅で降りる。そこからまどろみまで歩いて、あの時と同じ手順を取る」
「と言いますと、途中下車するのですか?」
「うん。現世行きの定期を使って電車に乗る。そして、途中で窓から降りる」
幸いにして僕は記憶力がいい。大体だけど、あの時の乗車時間は記憶している。
「それは……かなり危険かと」
「危険は承知の上だ」
「どこにたどり着くかわからないのですよ?」
「だけど、それ以外に方法はない」
「……わかりましたわ。スズネは旦那様についていくだけです」
「ありがとう。スズネには世話をかけるね」
「いいのです。もっとスズネを頼ってくださいな」
本当はもっとスマートに心愛ちゃんを見つける方法があるのかもしれない。だけど今の僕が思いつく方法なんてこれくらいのものだった。
「次はきさらぎ駅、きさらぎ駅。降り口は左側です」
車内にアナウンスが流れた。僕達は銃のセーフティを外して電車を降りた。
「……やあ、ずいぶんな歓迎じゃないか」
電車を降りた僕達を待っていたのは、大量の肉塊達だった。
グジュリグジュリと、全身から粘度の高い緑色の液体を出す赤黒い肉塊達は、足跡に粘液を残しながら電車を降りたばかりの僕達に接近してくる。
「どうします?」
「心愛ちゃんがいることを想定して少しだけ戦闘する」
「わかりましたわ。派手な花火を上げるとしましょう」
言って、スズネは肉塊達の集団にグレネードランチャーを撃った。
爆炎と爆音。弾け飛んだ肉塊がベチャッと周囲に撒き散らされた。
「くたばれ《、、、、》……!」
僕も弾丸に呪詛を乗せて肉塊達を撃つ。
聞くに耐えない悲鳴を上げながら息絶えていく肉塊達を見ながら、せめて心愛ちゃんがいる異界は安全な場所であることを祈っていた。
「よし、もう十分だ。移動しよう」
「承知しました」
マガジン一つ分を撃ち切った僕はスズネを伴って線路に降り立った。
「足元に気をつけてね」
駅を抜けてしまうと、僅かばかりの街灯が周囲を照らすばかりで、月明かりとウェポンライトもあるとはいえ、光源としては不十分だった。
「そういえば、線路の上を歩いていますが電車は通らないのですか?」
「たぶん。少なくとも前歩いた時は通らなかった」
初めて異界ダンジョンを訪れた際、心愛ちゃんとまどろみを目指して歩いた時は一度も線路を電車が通らなかった。
きっと、駅で待っていないと電車が認識できない仕組みになっているのだろう。
「ではやはり、望みは薄いでしょうね」
「そうだね。歩きじゃ心愛ちゃんのいる電車にはたどり着けないと思う」
遠くの方から太鼓を鳴らす音と、それに混じって鈴のような音が聞こえた。
以前も鳴っていたのかもしれないが、前回はそれに耳を傾ける余裕がなかったのだろう。今回は慣れもあり、しっかりと聞こえた。
心乱すことなく周囲を警戒できている。だからこそ、僕の耳はその声を捉えた。
「おーい危ないから線路の上歩いちゃ駄目だよ」
肉塊しかいないはずの後ろから男性の叫び声が聞こえた。
後ろを振り返ると、10メートル位先に片足だけのおじいさんが立っていた。
「まさか迷い込んだ人か?」
見捨てるわけにはいかないと思い、声をかけようとしたら、彼はスッと消えてしまった。
「今の、見た?」
「わたくしもはっきりと見ましたわ」
勘弁してほしい。異界ダンジョンは心霊現象まで起こるのか?
それからも線路に沿って歩き続けていると、
「スズネ、一つ聞きたいんだけど」
「なんですか?」
「異界と異界を繋ぐ道もランダムに繋がってたりする?」
「そんなはずはないと思いますが……何か不安なことが?」
歩けば歩くほど、太鼓の音が大きくなっている。
ここまで大きく聞こえるなんて、以前とは明確な違いだ。
さっきのおじいさんといい、不安を煽ることの連続だった。
「太鼓の音が大きくなっているの、気付かない?」
「そういえば……まどろみで祭りでもやっているのでしょうか」
「いや……絶対に違う」
何故僕が断言したのか。それは、眼前に「伊佐貫」と書かれたトンネルが現れたからだ。
このトンネルもまた、以前心愛ちゃんと歩いた時にはなかったものだ。
「マズイな、完全に迷子になってしまったようだ」
「どうします? 今ならまだきさらぎ駅に戻れますが……」
「こういう時、僕は自分の直感を信じることにしているんだ」
僕の直感はこのトンネルの奥に進めと言っている。ならば、
「このまま進もう」
「旦那様のお心のままに」
真っ暗なトンネル内を照らすのは、小銃の下に付けられたウェポンライトと、スズネが手にする懐中電灯だけだった。
時折ポチャリと水が地面に垂れる音を聞きながら、トンネルを抜けた僕達を待っていたのは、意外な存在だった。
「子供……?」
折れた木の幹に、白いパーカーとジーパンを穿いた髪の長い少女が座っていた。
さっきのおじいさんの件があるので、警戒しながら彼女の元まで行くと、
「はすみ」
子供は僕の方を見もせずにそう言った。
「はすみ? 君の名前かい?」
「そう」
片膝をついて彼女と視線の高さをあわせる。
どうやら彼女は心霊現象の類ではなく、しっかり生きた人間らしい。
そうなると今度は、何故こんな12、3歳くらいの子供が一人で危ない場所にいるのかという話になってくる。
「君はどうしてここにいるの?」
「わたしはここで生まれた」
「そんなことが――」
あり得るのだろうか、と口に出しかけて、彼女が異界人である可能性に思い当たった。
見た目が僕の住む世界の人間と全く同じだから人間だと思ったけど、異界生まれだと言うのなら、異界人の可能性が高い。
「旦那様、どうやら囲まれているようです」
少女との会話に夢中になっていて気付かなかったが、周囲を肉塊達に囲まれていた。
「お掃除するか。はすみちゃん、ちょっとうるさくするよ」
「大丈夫」
僕が銃を構えると、はすみちゃんは立ちがって首から下げていた鈴を鳴らした。すると、鈴の音を嫌がるように肉塊達は遠ざかっていった。
「その鈴は……?」
「おかあさんにもらった」
「お母さんはどこにいるの?」
「死んだ」
「……言いづらいこと聞いてごめん」
「別に、いい。それより、あなた達は人を探しているんでしょ?」
「どうしてそれを?」
「理由が必要?」
彼女はがらんどうの瞳で僕を見上げた。
その大きな瞳には僕の姿を映しているようでしかし、何も映っていないように見えた。
「いや、どこにいるのか教えてほしい」
「S区の、裏。危ない場所だから、急いだ方がいい」
「S区の裏? 裏ってどういう意味だい?」
「行き方は知らない。けど、S区には電車に乗れば行ける」
ありがとう、とお礼を言いかけた僕の声は、突然鳴り響いたサイレンの音にかき消された。
「お次はなんだ?」
空襲警報じみた耳をつんざくサイレンの音を聞いたはすみちゃんは、ここに来て初めて感情の色を見せた。
「呼んでる……」
そう言った彼女の表情は、恐怖に染められていた。
「行かなきゃ……!」
はすみちゃんは止める間もなく走り去っていってしまった。
残された僕達は、ため息一つ、再び駅を目指して歩き始めた。
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