第19話「盗人」

 陰陽庁に戻った僕は、装備を戻すことすらせずに栃木さんの部屋を訪れた。


「そんな物々しい格好をしてどうしたんだい」

「心愛ちゃんが異界に取り残されてます。捜索隊を出してください」


「ふむ……まずはお茶でも飲んで落ち着きなさい。確か試供品で貰った良いお茶が……」


 ダンッ。室内に僕が机を叩いた音が響き渡った。


「そんな悠長なことをしている時間はないんです」


 僕の言葉にしかし、栃木さんはポリポリと頭を掻いて、


「気持ちはわかるが落ち着きなさい。土御門くん、君、今の状況が見えてるかい?」

「どういうことですか」


「やっぱり見えてないね。ウチの職員が一人殉職した。今朝の話だ。局内がバタついてるの、見てきたはずだよ?」


 一刻も早く捜索隊を、と思い、僕は一目散にここを訪れた。しかし、道中の何もかもを通り過ぎてきた。確かに栃木さんの言う通り、僕は冷静じゃないようだ。


 こんなことじゃ心愛ちゃんに笑われてしまう。深呼吸をして、落ち着こう。


「スゥーハァー……」

「落ち着いたかい?」

「ご迷惑おかけしました」


「うん。じゃあまず、そちらの異界人の紹介をしてもらおうかな。関係者なんだろう?」


 スズネは一歩前に出ると、


「まどろみ出身のスズネと申します。故あってこちらに厄介になろうとした矢先、心愛さんと逸れてしまったのです」

「そうか。何があったか教えてもらえるかい?」


 僕は異界で起こったすべてのことを説明した。


「なるほど、なるほど。西園寺くんがやられてしまったか。こりゃ計画的な犯行だな」

「計画的というと?」


「今朝殉職した職員もカオナシに殺されたんだ」

「連中はそんな組織だった行動を取るんですか?」


「いや、今回が初めてだ。恐らく陰陽庁最強の西園寺くんを戦場から離脱させるのが目的だったんだ。そして、こういうことが起こる時ってのは大抵裏に真の目的がある」


「それで、捜索隊は」

「残念だが、出せない」

「どうして!」


「状況から考えるに、彼女の生存は絶望的だ。常ならば捜索隊も出せるけど、今は非常事態だ。カオナシが何を目的に動いているかわからない以上、捜索に人員は割けない」


 一度落ち着いたはずの脳内が一瞬にして再び沸騰するのがわかった。


「旦那様」


 スズネに制止されたことで、自分が今何をしようとしていたのかわかった。

 僕は今、栃木さんに殴りかかろうとしていた。


「おっかないなあ。土御門くん、意外と激情家だったんだね」

「僕も自分でびっくりしてますよ」


 栃木さんはおもむろに僕に向かって手を差し出した。


「なんです、その手は?」

「IDカード没収。少し頭を冷やせ」

「あんたは人の命をなんだと思ってるんだ!」


「君くらい若いとまだわからないかもしれないけど、上に立つ人間は部下を駒として見なきゃいけない時があるんだよ」

「そうかよ! あんたにほとほと愛想が尽きた!」


 僕は首から下げていたIDカードを栃木さんに投げつけた。


「行こうスズネ。こんな極悪人とは付き合ってられない!」

「いいのですか?」

「やれやれ。装備はキチンと戻しておくようにね」


 最後まで憎まれ口を叩く栃木さんに返事をせず、僕はスズネと共に部屋を出た。


「クソッ!」


 考えもなく廊下に出た僕は、抑えきれない苛立ちから壁を殴ってしまった。


「旦那様、いけませんよ。ご自愛ください」

「……ごめん、みっともないとこばかり見せてる」

「いえ、仕方ありませんよ」


 スズネはそう言ってくれてるが、ちっとも仕方なくなんかない。


 僕があの時激情に駆られず栃木さんを理詰めで説得することができていれば。

 後悔してもし切れなかった。


「このままじゃダメだ……考えろ……何か手があるはずだ……」


 こんな時心愛ちゃんならどうする?

 考えて、考えて……出てきた答えは、


「僕一人でも助けに行ってやる……!」


 何も難しい話じゃなかった。捜索隊が出せないというのなら、僕が捜索隊になればいいだけの話だったのだ。


「一人ではありませんわ。スズネも共に参ります」

「スズネは巻き込まれただけだ。これ以上僕に付き合う必要はないよ」


「スズネは、これと決めた方にどこまでも付き従う覚悟でおりました」

「足の怪我は?」

「もう治りました。まどろみの住人は傷の治りが早いのです」


 スズネの瞳には強い意志の色があった。例え僕が付いてくるなと言っても彼女は付いてくるだろう。であれば、


「わかった。僕についてきてくれ」

「その言葉を待っておりました」


   ◯


 決意新たにいざ異界へ、といきたいところだけど、先立つものがなければどうにもならないのもまた異界だ。


 異界に武器なしで行こうなどというのは、自殺行為だというのがここ3回の遠征でよく理解できた。


 というわけで、僕達は今6階にある装備課の扉の前まで来ていた。ちなみにIDカードを没収されてエレベーターが使えなかったので、ここまでは階段で来た。


「中の構造は受付に数人の職員がいて、その奥に武器が格納されたロッカールームがある」


「であれば、職員を簀巻きにして武器を強奪しましょう」

「問題はどうやって中に入るかだけど……」


 IDカードがなければ扉を開けることすらできない。今だけは陰陽庁の厳重なセキュリティが恨めしかった。


 試しに力付くで開かないか自動ドアを横に引っ張ってみたが、うんともすんともいわなかった。


「流石に扉をぶち壊しちゃったら警備員がすぐ来ちゃうから、やっぱりキセルで入るしかないかな」

「待ってください。なんとかなるかもしれません」


 そう言ってスズネは小袖の中から小さな小箱を取り出した。

 中には平べったい金属の棒と針金などが入っていた。


「それは?」

「キーピックです」


 キーピックといえば、正規の鍵を使わずに解錠するためのツールだ。


「まさかピッキングするつもり?」

「金庫などはよく開けていたので、いけるかもしれません。旦那様は見張りをお願いします」


 忘れていたが、スズネは元々盗人だった。果たして彼女の解錠技術が現代の鍵にも通用するのかはわからないが今は信じるしかないだろう。


 停電などが起こった際に手動で開けるための鍵穴に、スズネはキーピックを差し込んだ。


 見張りのため周囲を警戒している僕の後ろから、カチャカチャと音が聞こえる。


「どう?」

「後少し、で……」


 ――カチャリ。


「開きましたわ」

「よし! 時間勝負だ。急いで武器を回収しよう」


 手動でドアを開けた僕達を、何も知らない受付の人達は笑顔で出迎えた。そんな彼らに、


「ごめんなさい」


 二人同時に襲いかかって僕の装備として持っていたロープで手足を拘束する。


「お、お前達、なんのつもりだ!」

「許してください。非常事態なんです。武器を取ったらすぐいなくなりますから」


 そう言って奥のロッカールームに移動する。


 壁にかかっていたリュックサックに心愛ちゃんのアサルトライフル、サブウェポンを放り込む。


 僕の装備も事故の衝撃で故障している可能性を考慮して新品と交換する。そして、手榴弾も一緒にリュックに放り込んだ。


「後必要そうなのはマガジンとスズネの装備だな。スズネ?」

「旦那様、わたくしはこれにしますわ」

「それはまた……エグいのを見つけたね」


 スズネが手にしたのは6連装のグレネードランチャーだった。

 対人ではオーバー火力だけど、異界人相手ならちょうどいいかもしれない。


「それの弾薬はそこに入ってるから、このリュックに積めるだけ積めて」

「わかりましたわ」


 ひょいひょいと榴弾をリュックに積めていくスズネ。


 それが終わればいよいよ出発だ。相当な大荷物になってしまったが、万が一のことを考えればこれでもまだ不安なくらいだ。


「お待たせしました」

「よし行こう」


 人目を盗んで装備課から脱出する。


「なんだか泥棒みたいだな……」

「やってることは泥棒そのものですからね」

「そうだった……」


 受付の人達には悪いことをしてしまった。無事に帰ってきたら僕のクビでもなんでも差し出すから、彼らは無罪放免にしてあげてほしいものだ。

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