第18話「駅を目指せ」

「イツツ……スズネ、無事かい?」

「なんとか……旦那様は?」

「あちこち痛いけど、とりあえず動くには問題なさそうだ」


 車内は酷い有り様だった。割れたガラスが散乱し、所々が歪んでいる。車体自体がへこんでしまったようだ。


 それだけでも相当なものだけど、車両の連結部分のその先、あるはずの車両が前後共になく、暗闇が広がっていた。衝撃で連結が外れてしまったのだろう。


「心愛ちゃんの無事を確認しないと。とりあえず先頭車両に行こう」

「わかりましたわ」


 心愛ちゃんがいるはずの先頭車両側の連結部分(今は暗闇が広がっている)から外に出る。


「やれやれ、どういうことだ……?」


 視界に広がる景色は黄昏の住宅街だった。

 道路に人の姿はない。だというのに、周囲から刺さるような視線を感じる。


「恐らく、正規の手順を踏まずに電車から降りてしまったので、妙なところにたどり着いてしまったのでしょう」


 隣に降り立ったスズネがそう言う。後ろを振り返ると、そこには僕達が乗っていた電車の姿はなく、どこまでも続く住宅街があるだけだった。


「やっちゃったかな?」


 これでは戻ろうにも戻れない。万が一心愛ちゃんがあの電車に取り残されているのであれば、一刻も早くあの電車に戻らなければいけないのに。


「スズネはここがどこだかわかる?」

「いえ、初見の場所です。ここの住人が大人しいものであればいいのですが……」

「ここの住人、ねえ……」


 先程から感じている視線の元を辿る。家屋の窓から「影」がこちらを見ていた。


 影は僕と目が合うと、シャッとカーテンを閉めてしまった。


「こっちは初心者なんだぞ? 頼むから安全な異界であってくれ……」

「なににせよ、ここが異界であるのなら駅があるはずです。駅を目指しましょう」


「そうだね。駅があるとすれば住宅街の外れだと思う」

 異界に僕の知識がどこまで通用するかはわからないけど、と付け足す。


 歩く。突き刺さる視線を意図して無視し、ひたすらに歩く。心愛ちゃんが心配だった。


 どれだけ歩いても、代わり映えのない住宅街が続いているので、進んでいる気がしなかった。だけど、歩みを止めるわけにはいかない。


 こうしている間にも、心愛ちゃんが助けを求めているかもしれないからだ。

僕の頭の中は心愛ちゃんでいっぱいだった。だからだろう、


「いたっ……!」


 そう言って歩みを止めたスズネ。

 僕はこの時になって初めて、彼女の異変に気付いた。


「腫れてるじゃないか!」


 スズネの右足首が赤く腫れていた。触れてみると、熱も持っている。よくこの足でここまで歩けたものだ。


「大丈夫ですわ。少し休めば歩けます」

「そんなわけないだろう。ここからは僕がおんぶする」

「申し訳ありません……」

「いいんだ。無理だけはしないでくれ」


 僕の背中におぶさったスズネはとても軽かった。それが一層、彼女が女の子であると主張しているようで、僕は彼女に無理をさせてしまったことを悔いた。


 いくら心愛ちゃんが心配だからといって、身近にいるスズネのことをちゃんと見ることができていなかった。


「ごめんね、スズネ。僕に余裕がないばかりに無理をさせた」

「旦那様は悪くありません。スズネが怪我をしてしまったばかりに……」


「いやいや、僕があの時ちゃんと見ることができていれば……」

「いえ、それを言えば最初からわたくしが言えばよかったのです」


「いやいや」

「いえ」


 なんだかこのままでお互いに自分が悪いという水掛け論になりそうだったので、


「楽しい話をしようか」

「そうですね。でしたら、旦那様と野蛮人の出会いを教えて下さい」


「そんなことでいいのかい?」

「ええ。こういった機会でもないと聞くことができませんから」

「僕と心愛ちゃんの出会いは衝撃的なものでね――」


 あれは今でも覚えている。えらい美人の転学生が来ると教室内が噂でもちきりになったあの日、


「今日はこのクラスに転学生がくる。みんな仲良くするように」

「西園寺心愛でーす。みんなよろしくねぇ」


 どこかの学園の制服をピシっと着こなした心愛ちゃんの登場に教室が沸いた。


「席は――」

「あたしあそこがいいでーす」


 そう言って心愛ちゃんは僕の前の席を指した。


「む、そうか。悪いが代わってやってくれ」


 今でこそ教師が強引な席の交代を認めた理由がわかるけど、当時は何故僕の前に、と思ったものだ。


「君の名前を教えてほしーな?」

「僕は土御門清明」

「土御門くん、よろしくねぇ。あたしのことは心愛って呼んでー」

「心愛ちゃんと呼ぶことにするよ」


「おっけー。ところで土御門くん、君はまだゴスロリが好きなのかい?」

「大好きだ。しかし、どうしてそれを?」

「なんか好きそーな顔してたからぁ」

「なんじゃそりゃ」


 変わった子だと思った。ダウナー口調なのに、意思の強い瞳を持っているんだもの。


「土御門くんのためにぃ、明日はゴスロリ着てくるねー」


 翌日、心愛ちゃんは宣言通りゴスロリを着てきた。

 それがまた最高に似合っていたものだから、


「ありがたやありがたや」

 と僕は彼女に向かって手をすり合わせた。


「土御門くんは変わらないねぇ」

「昔に会ったことあったっけ?」

「どーかなー?」


 それからはもう、坂を転げ落ちるように仲良くなった。

 僕達は毎日のように放課後に遊びに出かけたんだ。


「と、まあこれが僕と心愛ちゃんの出会いかな」

「強い絆で結ばれているのですね」


「そうだね。僕も心愛ちゃんのことが大好きだし、心愛ちゃんも僕のことが大好きなのさ」

「ですが、あの爆発で生きているでしょうか?」


「心愛ちゃんは絶対に生きてるよ」

「どうしてそう言い切れるのですか?」


「僕の知ってる心愛ちゃんは、あれしきの爆発でやられるようなたまじゃない」


 きっと僕が助けにくるのを待っているはずだ。


「手強い相手ですわ……本当に、強い絆で結ばれている……」


 それから更に暫く歩くと、駅が見えてきた。


「駅だ!」


 駅に到着した僕は、予備として所持していた現世行きの定期をスズネに渡した。


「旦那様の世界に行くのですか?」

「うん。ひとまず現世に戻って状況を報告する。きっと普通に電車に乗ってもあの電車にはたどり着けないと思うんだ。違うかい?」


「そうですね……電車自体もまた異界となっているので、旦那様の言う通り、ただ乗るだけではあの電車にたどり着けないでしょう」

「やっぱりね、そんなことだろうと思ったよ」


 何回も乗っていれば、流石に電車が僕の常識が通用しないだろうことはわかってくる。


「今僕達にできるのは、陰陽庁に一刻も早く戻って応援を要請することだ」

「わかりましたわ」

「陰陽庁についたら、その足の怪我も診てもらおう」


 暫く待っていると、見慣れた電車が駅に停まった。

 その電車に乗ったけど、やはり僕達の予想通り、脱線した線路は通らなかった。

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