第17話「危機」
「よいお湯でした」
「すごい気持ちよかったー」
湯上がり美人とはこのことを言う。上気した頬と浴衣の組み合わせは、ただでさえ美人の二人の魅力を120%くらい上げていた。
「僕は今素晴らしいものを目にしている!」
「肌がスベスベになったー。土御門くん触ってみるー?」
「ぜひ」
差し出された心愛ちゃんのほっぺをぷにぷにと触る。もちスベの肌が最高だぜ。
「どおー?」
「最高の触り心地だ」
「いえい。お風呂上がりにはフルーツ牛乳が飲みたいなー」
「売店で購入しましょうか。確か売っていたはずです」
売店でフルーツ牛乳を購入した僕達は、ゴクリゴクリと飲み干して渇いた喉を潤した。
お風呂、フルーツ牛乳と来たら、次はお食事だ。
部屋に戻って少しの間談笑していると、仲居さんが夕食を運んできてくれた。
「すごい。山海川の幸が全部揃ってるじゃないか」
山菜の天ぷらにカットステーキ、お刺身に川魚の塩焼き、お吸い物に炊き込みご飯。
何個か見慣れない食べ物があったが、基本的には見知った料理だった。そのどれもがいい匂いを放っていて、とんでもなく食欲をそそる。
「おいしそーだぁ」
「ではいただきましょうか」
食材に、そして作ってくれた感謝して食べ始める。
「美味い!」
「美味しいねぇ」
「久しぶりに来ましたが、やはりここは料理も素晴らしいですね
」
「スズネ、サイコーの宿を教えてくれてありがとう!」
「でかした女狐ぇ」
「喜んでいただけて何よりですわ。旦那様と二人きりだったら尚よかったのに……」
「そぉはいかないんだなー」
「野蛮人は外に布団を敷いて寝なさいな。わたくしは旦那様と同じ布団で寝ますので」
「あんたこそ外で寝なよー」
二人がやり合ってる隣で、僕はといえばむしゃむしゃとお食事を楽しんでいた。
これだけ沢山の料理が並んでいて、口に入れる料理が全部美味しいなんて経験、なかなかない。
惜しむらくはこれらの料理が食べ放題ではなく御膳形式ということだ。お腹がはち切れるまで食べたい。
「それにしても、まどろみはかなり日本に近い異界だね」
「そだねぇ。文化とか住人の気性も日本に近いしー」
「間にきさらぎ駅がなければ観光地として人気が出そうなもんだけど」
「うーん、それがそうとも言えないんだよねぇ」
「どうして?」
「安全っていってもぉ、それはあくまで異界の中ではって話だからねぇ。けっこー争いごとあるんだよー」
「そうですね。わたくしは旦那様の住む世界には行ったことがありませんが、争いごとは日常茶飯事ですよ?」
確かに全身タイツの変態がビラ配りしててもそこまで目立った感じなかったもんな。
なんだか「火事と喧嘩は江戸の華」ということわざを思い出した。
「その辺は流石に異界って感じか。安全ならここに住みたいくらいなんだけどなあ」
「是非ともわたくしと一緒に住みましょう! ええ、それがいいに決まっています!」
目にハートマークを浮かべて迫ってくるスズネをドウドウといなしていると、
「きゃああああああああああ!」
と、まさしく耳をつんざく悲鳴が部屋の外から聞こえてきた。
「どうやらあたし達の出番かなー?」
噛っていた天ぷらを飲み込んで銃を担いで廊下に出ると、そこには死体と驚いて腰を抜かしている仲居さんの姿があった。
一見すると殺人現場。しかし妙な点があった。死体がペラペラの皮だけになっているのだ。
あるはずの厚みがない。恐らく内蔵が抜かれている。全身が変装用のマスクみたいになっている。
「土御門くんは仲居さんに事情を聞いてー。あたしは死体を調べる。女狐は周辺の警戒」
「了解」
「わかりましたわ」
驚きから言葉を失っている仲居さんを宥めて話を聞く。
「何があったんですか?」
「お、お客様のお部屋から出たらいきなり死体が……!」
「なるほど。周囲に怪しい人とかいませんでしたか?」
「いなかったかと……部屋に入るまではいなかったんです。本当にいきなり……!」
「わかりました。ありがとうございます。心愛ちゃん、どんな感じ?」
「マズイ。実にマズイー」
「マズイというと?」
「これ見てー」
手袋をした心愛ちゃんが死体の一部を指す。
そこには直径5センチ程度の小さな穴があった。
「これは?」
「犯人はこの穴から内蔵を溶かして吸ったんだー。そしてあたしはその犯人に心当たりがあるー」
「心当たりって?」
「カオナシってやつー」
「おや、ついにまどろみにも現れましたか」
僕は誰のことを言っているのかわからなかったけど、スズネも知っているようだった。
「有名人なの?」
「シリアルキラーってやつだねぇ。どこの異界の住人か知らないけどぉ、目隠しが上手くてあたし達でも容易に見つけることができないんだぁ」
心愛ちゃんはしきりに「マズイー」と言っている。彼女がこんな反応を示すなんて、相当厄介な相手なのだろう。
「噂によると、一人ではなく複数人の犯罪グループとのことです。殺人以外にも強盗など、およそ思いつく犯罪の全てに手を染めているとか」
「そんなヤバい奴がこの宿にいるかもしれないのか。模倣犯って可能性は?」
「ない、とは言い切れないでしょうが、これだけのことを短時間で行える相手ですから、いずれにせよ危険な相手かと」
「それもそうか」
変態にお説教するだけの任務のはずが、とんでもないことになってきたな。
「よし、予定へんこー。帰るよぉ。相手がほんとにカオナシだったら今の装備じゃやり合えないー」
「この死体は?」
「まどろみの住人に任せるー」
心愛ちゃんの指示のもと、僕達は宿を出て駅を目指していた。
「カオナシってそんなにヤバい相手なの?」
「ウチの職員がもう5人もやられてるー」
「5人も? 殺しが目的なのかな?」
「カオナシについては何もわかってないんだよねぇ。指名手配してるんだけどぉ、毎回顔を変えるもんだから捕まらないんだー」
心愛ちゃんは続けて、
「いーい? 出会ったら絶対に戦おうとはしないでぇ、逃げるんだー」
「肝に銘じておくよ」
駅に到着した。スズネに現世行きの定期を渡し、電車に乗る。流石に電車に乗ってしまえば安心だろう。そう思ったのだが、
「電車が減速してる……?」
「くっそー、カオナシの狙いはあたし達だったかー」
「どうするのです、野蛮人」
「あたしが車掌室を見てくるー。二人はここで待機ー」
「気を付けてね、心愛ちゃん」
「二人もねー。何かあったら迷わず逃げることー」
そう言って心愛ちゃんは銃のセーフティを外して先頭車両へ向かっていった。
「心愛ちゃん、相当焦ってたな。心愛ちゃんがあんなになるなんて、ひょっとして僕ら今とってもピンチだったりする?」
「ひょっとしなくてもそうでしょうね。電車が止まるなどあり得ないことです。わたくしも何度も乗っていますが、こんなことは初めてです。一体どうやって止めたのか……」
「念の為、銃のセーフティを外しておくか……」
僕が銃のセーフティを外し終えたのと同時に、心愛ちゃんのいる先頭車両が爆発した。
「スズネ!」
襲いかかる爆炎からスズネを守るべく、彼女の身体に覆いかぶさる。直後、
「マズイ……! 掴まれえ!」
爆発の煽りを受けて先頭車両がレールから脱線したようだった。
僕の見ているその前で、先頭車両が横転していく。
当然、僕達の乗っている車両は横転する車両と連結しているわけで、
「旦那様っ!」
脳の中身がひっくり返ってしまったのではないかという衝撃と共に、僕らは電車の中を転げ回った。
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