第15話「まどろみ駅:後日談?」
心愛ちゃんは狐面の変態を木造アパートの一室に連行した。
なんでもこのアパートは全棟、陰陽庁が所持しているまどろみ駅におけるセーフハウス的な役割を持つ建物らしい。
そんなアパートの一室で、心愛ちゃんは狐面の変態に取り調べを行っていた。ちなみに関係者ではないスズネは別室で待機している。
「ずいぶん派手にやってるらしいねぇ。んー?」
「そんなつもりは……」
「あんたになくてもこっちは迷惑してるんだぁ。そうじゃなきゃ任務になってないー」
「はい……すいませんでした……」
狐面の変態の正体は、まどろみの住人にしては珍しくブ男だった。
外見は老けないというまどろみの住人の特性を差し引きしても、うだつの上がらないハゲ親父のような雰囲気を持った彼は、そのピカリと輝く頭を下げて反省している。
「物も盗んでるんだってぇ? 盗んだ物はどこにあるのさぁ」
「全部質屋に売りました……生活が苦しくて……」
「なんであたし達を批判するようなビラ配ったのぉ?」
「あれを配るとたまにお布施を貰えるんです」
「まったくぅ……これに懲りたら真面目に働くことだねぇ」
「はい……」
「今回はこれで許してあげるけどぉ、次はないからねー?」
「わかりました……ありがとうございます……」
「ん、行ってよーし」
ペコリと頭を下げて最後に「すいませんでした……」と言って変態は去っていった。
「これで任務かんりょーだけどぉ、土御門くんにはおせっきょーがあるぞー」
「なんでしょうか」
「土御門くんは優しすぎるー。ビラ配りなんて待たずにすぐ捕まえればいいんだよー」
「しかし心愛ちゃん、だからっていきなり撃つのはどうかと思うぜ」
「いいんだよぉ。ゴム弾なんてここの住人からしたら輪ゴムでパッチンされるのと変わらないんだからぁ」
その割には痛がっていたように思うが。
「あんなに無理やりやったら陰陽庁に反発とか出るんじゃないの?」
「そーいうのは力で押さえつけるんだよぉ」
どこまでも世紀末だった。驚きで言葉が出ない僕に、心愛ちゃんはこう続けた。
「いーい? 大事なことだからもっかい言うけどぉ、異界の住人に同情しちゃダメぇ。りぴーとあふたみー」
「異界の住人に同情しちゃダメ」
「はいよくできましたー」
心愛ちゃんに頭を撫でられながら思う。
いくらまどろみの住人の身体能力が高いといっても、予想だにしないところからいきなり頭を撃ち抜かれたら相当ビックリすると思う、と。
僕は心愛ちゃんほど頭が世紀末ではないので、今度そういう機会があったらやはり撃たずに穏便に済ませようとするだろう。相手の見た目が完全な化け物なら話は別だけど。
「それでぇ? 女狐とのデートはどうだったのぉ?」
「それに関して一つお願いがある」
「お願いぃ?」
僕は佇まいを直して、真剣な表情でこう言った。
「スズネに現世行きの定期を発行してほしい」
「えー、なんでぇ?」
「彼女の父親を殺したという人物が現世に逃げ込んでいるらしいんだ」
「それがホントだったらそーとー問題だけどぉ……女狐に騙されてるんじゃないのぉ?」
「いや、嘘は言ってないと思う。僕としてはなんとかスズネのお父さんを殺したという人物を見つけてあげたいんだ」
「見つけてどーするのさぁ。まさか復讐の手伝いをするわけじゃないでしょー?」
「たぶんだけど、スズネにそういう気持ちはないと思う。ただ、理由が知りたいみたい」
僕がそう言うと、心愛ちゃんは「うー」と唸り声を上げながら悩み始めた。
「土御門くんのお願いは聞いてあげたいけどぉ、規則は規則だから女狐だけ特別扱いするのは難しいと思うー」
「そうか……一つ聞きたいんだけど、異界の住人が陰陽師になることって可能なの?」
「うん。ウチにも異界出身の職員はいるよぉ……まさかスズネを勧誘するつもりぃ?」
「そのまさかだ。本人がうんと言えばだけど、そうすれば現世に行けるんじゃない?」
再び心愛ちゃんは「うー」と唸り声を上げて悩み始めた。
「確かにその方法ならいけるかもだけどぉ……なんでそこまで女狐に肩入れするのぉ?」
「なんとなくだけど、彼女は助けておかなければならない気がするんだ」
「それって直感?」
「うん」
昔から何故だか僕の直感はよく当たった。それを裏付けるように心愛ちゃんは、
「最悪だー……優れた陰陽師の直感っていうのはぁ、よく当たるものなんだよぉ」
なるほど。僕が土御門の末裔だというのならば、直感が当たるのも納得だ。
「仕方ないー。ほんとに嫌だけどぉ、あたしから女狐の陰陽庁入りを口添えするよぉ」
「ありがとう、心愛ちゃん」
「その代わり土御門くんが世話するんだよぉ? あたしは何もしないぞー」
なんだかペットを飼う時にお母さんが言いそうなセリフだった。
「そういうこと言うのって大抵お母さんだけど、最終的に一番世話するのってお母さんなんだよね」
「あたしはぜったい何もしないー」
こういうこと言う人に限って世話焼きだったりするのが世の中の摂理だ。
というわけで、別室で待機してもらっていたスズネを呼び、先程の会話を説明した。
「わたくしが……陰陽師に……?」
「うん。現状だとスズネが現世に行くにはそれしか方法がないみたいなんだ。どうかな?」
「その場合、わたくしは誰の命令で動くのですか?」
「まだかくてーじゃないけどぉ、あんたなら異界課に配属されるだろうからぁ、あたしか土御門くんのめーれーに従ってもらう感じだねー」
「野蛮人の命令を聞く気はありませんが、旦那様の命令でしたら喜んで聞きますわ~」
「旦那様ぁ?」
スズネの言葉を聞いた心愛ちゃんの目付きが鋭くなる。そしてそのままの目付きで、僕に「どういうこと?」と問いかけてきた。
しかしそんな目を向けられても、僕にもどういうわけかわからないので答えられない。
「おい女狐ぇ、どーゆー意味だー」
「どういうも何も、わたくし、清明様に身も心も捧げると誓ったのです。あの逞しい身体、わたくしのような人間にも向けられる優しさ……どこをとっても素晴らしい男性ですわ~」
そう言ったスズネの瞳に、僕はハートマークを見た。どうやら彼女、本気で僕に惚れているらしい。
てっきりさっきの惚れた発言はリップサービス的なものだとばかり思っていた。おかしいな、特段好感度を上げるイベントをこなした記憶はないんだけど……。
「土御門くんのスケコマシ……」
「そんなこと言われても困る」
心愛ちゃんは僕に向かってひとしきり「う~」と唸ると、
「こうなりゃてってー的に女狐をこき使おー。こいつ身体能力だけはその辺の異界の住人より高いはずだしー」
「そうなの? 普通に僕でも勝てたけど」
「それは土御門くんが特別だからだよぉ。君は自分の実力をわかってないー」
そんなこと言われても比較対象が心愛ちゃんという、化け物より化け物してる人しかいないんだからわかるはずがない。
「ただでさえ高い身体能力にぃ、呪力まで通しちゃったら並の相手には負けないさー」
「でも心愛ちゃんには勝てないじゃん」
「あたしは生まれた時から陰陽師だからねぇ、流石にまだ負けられないよー」
「ちなみになりますが、わたくし、まどろみの住人には負けたことがないですよ?」
「マジかよ。ちょっと自分に自信がついた」
呪力操作を覚える前は追いつくのにやっとだったけど、今ならまどろみの住人にも足で勝てるということになる。実に良いことを聞いた。
「ところであんた『目隠し』は使えるのぉ?」
「もちろん使えますわ」
「目隠しってなんのことだい?」
「現世に行った時にぃ、姿形を人間に見せるための呪術のことだよー」
「ああ、あの下着ドロもやってたやつか」
「そそ。あれがないと現世での活動は難しいからねぇ」
秋葉辺りなら誤魔化せるけど、それ以外の場所で耳と尻尾があるのは目立つもんな。
「さて、任務も完了したし現世に帰還しよっかー」
「え、もう? もうちょっとまどろみを見て回りたいんだけど、ダメかな?」
「あー、バタバタしてあんまりゆっくり見れてないもんねえ。いいよぉ、せっかくだし宿にも泊まってみよぉかー」
「いいの?」
「これもべんきょーだー。お金のことは気にせず楽しんでー」
「やったぜ!」
「それでしたら、おすすめの宿がありますわ。温泉の湧いてい――」
「ストップ。初見の感動を味わいたいから情報は断ちたい。宿はスズネのおすすめの場所にしよう」
「わかりましたわ。きっと気に入っていただけると思います」
「決まりだねぇ。女狐ぇ案内頼んだー」
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