第14話「まどろみ駅:③」
「大人しく現世行きの定期を渡せば手荒なことはいたしません」
「そういうわけにもいかないだろう」
「仕方がありませんね。後で痛いと言っても知りませんよ」
そう言って飛びかかってきたスズネに、心愛ちゃん直伝の足掛けをして転ばせる。
「きゃんっ!」
すっ転んだスズネだったが、すぐに起き上がってこちらを睨んだ。
「油断しました……」
「手荒なことをしたくないのはこちらも同じだから、大人しく解放してほしいんだけど」
「そんなことを言っていられるのも今の内です……!」
先程の足掛けで学んだのか、今度は慎重ににじり寄ってくるスズネ。
「ふっ!」
美少女顔でボディブローなんてえげつない攻撃するのはやめてほしかった。僕じゃなかったら普通に食らって吐いてるところだ。
心愛ちゃんから特別な戦闘訓練を受けている僕は、そんな鋭い一撃を手で受け止めて、彼女の手首を捻って身体を宙に浮かせる。
「きゃっ!」
美少女を傷つけるのは僕のポリシーに反するので、彼女の身体が地面にぶつかる前に抱きとめる。
「お、下ろしなさいっ!」
言われるままスズネの身体をそっと下ろすと、彼女は「うー」と威嚇しながら、
「まだです! 力勝負なら負けないはず……!」
と言って、僕の身体を押し倒そうとしてきた。
しかし悲しいかな。以前までの僕であればスズネの言うように負けていただろうが、今の僕は呪力の操作を覚えている。
呪力を身体に流せば、見えないものが見えるようになる他、身体能力が飛躍的に向上するのだ。
つまり、スズネは一生懸命僕を押し倒そうとしているが、僕からすれば力強く抱きしめられているようなものだった。心愛ちゃんに負けないデカパイが押し当てられて役得だぜ。
「そんな……力でも勝てないなんて……!」
「陰陽師を甘くみたね。ちなみに心愛ちゃんは僕よりずっと強いぜ」
たぶん心愛ちゃんは本気を出していないのに、僕は模擬戦で一度も勝ったことがない。
「わたくしの負けです……好きにしてくださいな……」
「その言葉にはグッとくるものがあるけど、知っている情報を話してほしいな」
「狐の面を被った者のことですか?」
「うん。それってやっぱりスズネだったんじゃないの?」
「いえ、本当にわたくしではありませんわ」
「本当に?」
すでに一度騙されているのでしっかりと嘘がないか確認を取る。
「本当ですわ。派手に動いて目をつけられてしまえば、目的を達成できませんもの」
「そっかぁ。ちなみにスズネの目的ってなんなの? 話したくなければ無理に話さなくてもいいけど……」
「お父様を殺した者を探しているのです」
思っていた10倍ヘビーな理由だった。
「やっとの思いで下手人を見つけたと思ったら、彼はすでに現世に逃げていた後でした。だから、わたくしは現世に行かなければならないのです」
「スズネはその人と会ってどうしたいの?」
「理由を聞きたいのです……なぜお父様を殺したのか、と」
「理由を聞いて、納得できない理由だったら?」
「それは……その時になってみないとわかりません……」
理由もわからずに親を殺されてしまったならば、その理由を知りたいと思うのは当然だ。
ここで簡単に「何もしない」なんていう言葉を言っていたら、僕はまったく信用できなかっただろう。だけど、スズネは正直に思いを告げてくれた。なら、今度はその思いに僕が答える番だ。
「わかった。僕に任せて。なんとか現世に行けるよう手配してみせる」
そう言うと、スズネは目を大きく見開いて、
「いい、のですか……? わたくしは貴方を騙したのですよ?」
「女の子の嘘の一つや二つ、飲み干せないような男はモテないと僕は思うんだ」
綺麗なバラにはトゲがあるっていうしね。美少女がつく嘘なんてものは恋愛を盛り上げる一つのイベントみたいなものだ。
「完敗です……わたくし、貴方に心の底から惚れましたわ……」
「そいつは胸踊る情報だ。だけど、心愛ちゃんが知ったら激怒するだろうなぁ……」
心愛ちゃん、最近わかったことだけど、あれでなかなか嫉妬深い性格をしている。
「野蛮人がなんと言おうと知ったことではありませんわ~」
こちらもなかなかいい性格をしているらしい。
ゴスロリダウナークーデレとデカパイキツネの戦いか……ゴジラ対モスラみたいな感じで劇場公開したら大ヒットしそう。
などとバカな考えは置いておいて、
「それで、狐面のことなんだけど……」
「ああ、それでしたら、ちょうどそろそろ現れると思いますよ?」
はてどういうことかしら、と思っていると、あばら家の外から、
「てやんでえ! べらぼうめえ!」
と大きな声が聞こえてきた。
「まさか、これ?」
「そうですわ。見に行きましょう」
スズネが釘打ちしたつっかえ棒をベリベリと剥がして外に出ると、そこには全身黒タイツで狐の面を被った変態が屋根の上からビラを配っている姿があった。
落ちているビラを拾って中を改めると、
「なになに……陰陽庁の横暴を許すな。定期が高すぎる。審査を緩くしろ?」
なんだか政治に不満を持っている人のデモを思い出す。
狐面の変態を応援するために集まっている人達もみすぼらしい格好をしているし、きっと彼は貧民層のカリスマ的存在なのだろう。
「うーん、これは面倒だぞ」
「下手に捕まえてしまえば、彼を支持する者達から反発が出るでしょうね」
「よくおわかりで」
僕が思っていたことをスズネが100%口に出して説明してくれた。
付け加えるとするならば、反発が支持層以外にも広がってしまった場合、陰陽庁への不満を僕一人では収拾できないという大きな問題が控えているということである。
「さてどうしたものか……」
とは言ったものの、とりあえずは話し合いをするしかないだろうな。あの変態が何を思ってこんなことをしているのかわからないことには譲歩のしようもない。
さしあたってビラ配りが終わるのを待って、彼に話を聞くとしよう。そう思って待っていると、
「なんの騒ぎぃ?」
と騒ぎを聞きつけた心愛ちゃんがやってきた。
「やあ心愛ちゃん。彼が例の狐面の変態だよ」
「あれがぁ?」
「どうやらそうらしい。今は彼と話をしようと思ってビラ配りが終わるのを待ってるんだ」
「そんなの待たないでもこうすればいいんだよぉ」
そう言って心愛ちゃんは持っていた銃のマガジンを交換したかと思うと、その照準を狐面の変態に合わせた。そして、止める間もなく撃った。
「あイタア!」
撃たれた変態は屋根の上から転げ落ちてしまった。
「えぇ……」
「だいじょおぶ。ゴム弾だから」
何が大丈夫だと言うのか。彼女の思考回路は世紀末が過ぎる。
心愛ちゃんは撃たれたダメージと落下の衝撃でうめいている変態に近づいていくと、
「はい逮捕ー」
と言って、彼の手首に手錠をかけた。
何事かと騒ぎ立てる民衆に、心愛ちゃんは「散った散ったぁ」と言うだけに留まらず、
「さっさとどっか行かないと撃つよぉ」
とまで言った。相変わらず僕以外には恐ろしい人だと思った。
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