第13話「まどろみ駅:②」

 僕の言葉を受けて相席することになったスズネは、当然のように僕の隣に腰を下ろした。


 心愛ちゃん的にはそれが気に食わなかったようで、「うー」とスズネを威嚇していた。


「稀人様、わたくしにお話とはどのようなお話ですか?」

「とりあえずラーメン伸びちゃうから食べてからでいい? 後僕の名前は清明ね」

「清明様……なんと凛々しいお名前なのでしょう……!」


 何がスズネの琴線に触れたのか、彼女は僕の名前を反芻しながらうっとりしていた。よくある名前だと思うけどなあ。


 自己紹介をしたところで、スズネが注文したキリンラーメンも届いた。


 三人でズルズルと麺をすする。厚切りのチャーシューも肉肉しくてとても美味しいけど、食べたことのない味だった。なんの肉なんだろう?


 それから更に麺をすすること5分、どんぶりの中から食材が消えた。


「ふいー美味しかった。ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでしたぁ」

「ごちそうさまです。それで清明様、お話というのは?」

「ここじゃなんだから、町を歩きながら話そうか」


 流石に中華屋さんに長居するのはお店に悪い。こういうところは回転率が命だからね。


 ということで、お店を出た僕はスズネにこう言った。


「実は僕達、現世行きの定期を手に入れるために悪さしてるって人を懲らしめにきたんだ」

「そうだったのですね。ですが、それとわたくしにどのような関係が?」


「僕達はその悪さしてるのが君なんじゃないかと疑ってるんだ」

「いえ、わたくしはここ最近大人しくしていましたが……」


「とぼけんな女狐ぇ。狐の面被るのなんてあんたくらいのものでしょぉ?」

「わたくしは狐の面など被りませんよ?」


 はて、どういうことだと心愛ちゃんと顔を見合わせる。

 結構確信を持っていたのだが、スズネが嘘をついているようには見えなかった。


「じゃあ一体誰が犯人なんだ?」

「その探し人というのは狐の面を被っているのですよね?」

「みたいだね」


「であれば、わたくしに心当たりがありますわ」

「ぜひとも教えてほしいな」

「構いませんよ。ですが、条件がありますわ」

「始まったぁ。あんま面倒なのだとしょっぴくよぉ?」


 世紀末思考の心愛ちゃんをドウドウとなだめつつ、スズネに条件とやらを聞く。


「清明様に、わたくしと逢引していただきたいのです」


 逢引……つまりはデートか。古風な言い回しだったから一瞬ピンとこなかった。


 スズネみたいな美少女とデートができるなんて、願ってもないことだ。僕は速攻で、


「よし逢引しよう」


 と言った。途端に心愛ちゃんに睨まれてしまった。


 うーん、これは心愛ちゃんの好感度を稼がねばならないようだ。

 そう思った僕は心愛ちゃんと内緒話をするべく、スズネに断って彼女から少し離れた位置に二人で移動した。


「女狐とデートするなんてどーなっても知らないよぉ?」

「心愛ちゃんの心配はよくわかるけど、大事な情報源であるのは間違いないだろう?」

「それはそうだけどー」


「スズネと仲良くなれば、まどろみにおけるマダラさんポジをゲットできる。僕も駅ごとにああいう人がほしいんだ。いつまでも心愛ちゃんにおんぶにだっこは恥ずかしいからね」

「んー、言ってることはわかるけどぉ」


 僕の理詰めの説得に、心愛ちゃんの気持ちが傾いているのがわかった。

 ここでトドメの一撃とばかりに、


「今度の休日、一緒にデートをしよう。それで手を打たないか?」

「ほんとぉ?」

「もちろんさ。一日ずっと一緒にいよう」

「うー……わかったぁ、それで手を打つぅ。約束だよぉ?」

「約束だ」


 指切りげんまんをした僕達は、退屈そうに待っているスズネのもとに戻った。


「内緒話は終わりましたか?」

「うん。逢引の許可が下りたよ」

「それは嬉しいことですわ~。では野蛮人は放っておいて早速行きましょう」


 僕の手を引いたスズネが歩き出す。

 後ろから「やっぱりしょっぴけばよかったぁ……」というダウナーボイスが聞こえた気がしたが、気のせいだということにしよう。


「清明様はご趣味をお持ちですか?」

「趣味かあ、映画ってわかる?」

「映画、ですか? それはどのようなものでしょう?」


「動いて話す紙芝居みたいなものかな。色々な物語があって面白いんだ」

「なるほど。清明様の世界にしかないものですね。スズネも観てみたいものです」


 なんともお見合いみたいな会話をしながら、僕達はまどろみの町を練り歩いていた。


 町の雰囲気同様、道行く人々は皆どこかゆとりを持っていた。温泉街を訪れた時に、まったりとした気分で温泉まんじゅうを噛じっていたことを思い出す。


「それにしても……」

「?」


 こうして落ち着いて町とそこに住む人達を見てわかったが、まどろみの住人は美男美女が多いようだ。


 そんなただでさえ美男美女であることにプラスして、ケモミミに尻尾という、ある種無条件で加点がなされるまどろみの住人達の中でも、スズネは飛び抜けて顔立ちが整っている。


「スズネみたいな美人さんとデートできてることに喜びを感じてた」

「美人などと……スズネにはもったいないお言葉ですわ」

「よく言われない?」

「男性とあまり関わってこなかったので……」


 うーんこの触れれば落ちそうなたおやかさ。心愛ちゃんにはない要素だ。

 どちらも甲乙つけ難い。などと心の中で思っていると、


「清明様、一つお願いがあるのです……」


 と、スズネは上目遣いにおねだりをしてきた。実に男心をくすぐる表情だった。


「僕にできることならなんでも」

「現世行きの定期がほしいのです」

「うーん、それは僕の一存では決められないなあ」


「どうしても難しいですか……?」

「難しいね。なんでほしいの?」

「病気のお父様を助けることのできる薬が現世にあると聞いて……」


「むむ。お父さんはなんの病気なの?」

「慢性的に疲れを抱いているようで……お医者様に見せたのですが、原因は不明と……」


 是非とも助けてあげたいが、残念なことに僕に現世行きの定期を発行する権利はない。心愛ちゃん辺りに相談したらどうにかなるだろうか。


「せっかくですから、お父様に会っていただけませんか?」

「僕でよければ……けど、力にはなれないと思うよ?」


「お父様も現世に憧れを抱いていますから、現世のお話を聞かせてあげてほしいのです」

「そういうことなら任せてくれ」

「では案内いたしますね」


 そうして案内されたのは一軒のあばら家だった。


 およそ病人が暮らすには相応しくないように思ったが、お父さんの治療費でお金がないのかもしれない。


「どうぞ、粗末な家ですがお入りください」

「お邪魔します」


 中に入るも、お父さんはおろか生活に必要な物という物の姿が見えない。空っぽな室内が目に映るだけだった。


 不思議に思い、後ろを振り返ると、そこではスズネが入口につっかえ棒をしているところだった。何故か容易に外れないようにコンコンと釘まで打っていた。


「大工仕事をしているところ悪いけど、お父さんはどこにいるんだい?」

「クスクス、まだ気付かないのですか? 貴方は騙されたんですよ?」


「なんてことだ」

「驚かないのですね?」

「これでも結構驚いてるよ」


 心愛ちゃんの言った通りになってしまった。やはり狐ということで人を騙すのはお手の物ということなのだろう。すっかり騙されてしまった。


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