第12話「まどろみ駅:①」

「任務書に書かれてた題名、やたらとゲームっぽかったけど、全部あんな感じなの?」


 異界行きの電車に揺られながら、僕は思っていた疑問を心愛ちゃんにぶつけてみた。


「そだねぇ。ほんとにヤバいの以外はだいたいあんな感じだよー」

「それって公的機関としてどうなんだ?」


「最初は公文書っぽく書かれてたんだけどぉ、こんな仕事してるとみんな疲れてくるんだよねぇ。誰だって死ぬかもしれない任務なんてやりたくないでしょぉ?」


「それはそうだね」

「せめて任務を受注するハードルを下げようって誰かがふざけてやったらしいんだけどぉ、それがヒットしちゃって今の形式になったって感じだねー」


 確かにああいったタイトルの任務ならゲームのミッションっぽくてやる気が出る。

 命懸けの仕事の中でできるささやかな息抜きみたいな感じだろうか。


「素朴な疑問なんだけど心愛ちゃんって何年前からこの仕事してるの?」

「今年で6年目かなー?」


 僕がはなたれ小僧だった頃からこんな仕事をしていたとは。それは年齢以上の貫禄があるのも納得というものである。


「とすると、6年前に異界行きの定期を拾ったの?」

「そうだけどぉ、あたしはその前から陰陽師やってたよん」

「んん? どういうこと?」


「あたしの場合は生まれた時から陰陽師になることが決まってたんだぁ」

「じゃあ陰陽庁に入ったのはもっと前なの?」

「籍自体は生まれた時から入ってたみたいー」


 筋金入りの陰陽師じゃないか。現代日本にもそんな生まれた時から人生が決まってるみたいなことあるんだなあ。


 栃木さんとのパワーバランスが逆転している理由はその辺にありそうだ。


「よくわからないけど大変そうだなあ」


「大変だったよぉ。周りの子がおままごとして遊んでいるのに、あたしは陰陽師になるためにずぅーっと家で特訓をしてたわけだからねぇ」


 想像しただけでキツイ。今の話だときっと学校にも行けていなかったことだろう。

あの時期の子供は同年代の子から学ぶことも多い。そんな経験を積めなかったと考えたら心愛ちゃんがどこか浮世離れしているのも納得だ。


「辞めたいとか思わなかったの?」

「何度も思ったよぉ。でも許されるはずもなくー」

「名家の生まれも大変なんだね。でも頑張って乗り越えたんだ」


「あたし一人じゃ乗り越えられなかっただろうなぁ」

「誰かが助けてくれたの?」


 そう問いかけると、心愛ちゃんはチラリと僕の様子を伺った後、


「特訓が辛くて屋敷から逃げ出した時にぃ、一人の男の子と出会ったんだぁ」

「なんてロマンチック」


「その子は友達の作り方もわからないあたしに優しくしてくれたんだぁ。あたしがゴスロリを着てるのはその子が好きだって言ったからぁ」


 その男の子、ナイスだね。僕もゴスロリは子供の頃から大好きだ。彼の功績によって僕は今、心愛ちゃんという美少女のゴスロリ姿を見れている。感謝感謝だ。


「その子とは今も連絡とってるの?」

「残念だけど遊んでるところをおとーさんに見つかっちゃってぇ、その子は呪術で記憶を消されちゃいましたとさー」


 心愛ちゃんは「だけどぉ」と続ける。


「あたしはその子の名前をずっと覚えていてぇ、いつか大人になったら会いに行こうと思っていましたぁ。そしてその機会はぁ、思ってもいない形で訪れます」

「どんな形で!?」


 気づけば僕は心愛ちゃんの語る物語に聞き入っていた。続きを今か今かと待っていると、


「次はまどろみ、まどろみ。降り口は右側です」


「残念だけど時間切れだねぇ。続きはまた今度ぉ」


 そんな殺生な。一番気になるところでおあずけを食らってしまった僕は、しょんぼりと肩を落としながら乗降口から降りた。


「相変わらず雰囲気の良い駅だ」


 真っ黒の乗降口を降りると、数え切れないほどの提灯の灯りが僕達を出迎えてくれた。


 駅に設置された程よくボロくなった木製のベンチは、時刻が昼下がりであれば子供の頃に体験した夏の暑いあの日を思い出させることだろう。


 しかしまどろみは常宵の駅らしい。以前来た時も薄暗かったし、前回と違う時間に訪れたというのに、今回も景色は薄暗い。これはこれで趣があって大変結構。


「さぁてイタズラ狐を探しましょぉ」

「心愛ちゃんはスズネの居所に思い当たる節とかある?」

「あの手のはコロコロ居場所を変えるからわからないなぁ」

「まどろみを探検してみたいと思っていたし、ちょうどいいや」


 連絡通路を通って駅の反対側に移動した僕達は、改札に異界行きの定期を通した。


 まず感じたのは匂いだった。お祭りで嗅ぐ、屋台とかが発する香ばしさと甘さが混ざった特有の懐かしい匂い。


 それから灯り。大半が提灯で賄われていたが、軒先に出ている看板なんかは昭和レトロな輝きを放っている。ノスタルジイを誘う古めかしい装飾だった。


「これは……すごいな……」

「はじめてここに来た人はみんなそういう感想を言うねぇ」

「少し見て回りたい」

「いいよー」


 日本古来の屋敷の中に木造のアパートらしきものもある。かと思えばそういった建物達の中に唐突に飲食店や床屋、風俗店が紛れ込んでいる。


 建物が密集して雑居している様子は九龍城にも似ている。しかしあちらは完全にスラムだけど、こちらは清潔感すら覚える。


 総じて不思議な街だった。だけど嫌じゃない。むしろ好ましい。懐かしさを感じるのだ。


「これだよ。こういうのを僕は求めていたんだ!」

「楽しんでいるよおで何よりー」


 何度もここを訪れているだろう心愛ちゃんはまったく心動かされた様子がない。


 反対に僕は初めて祭りを訪れた小学生でもそこまではならないだろうというくらいウキウキしていた。


「せっかくだから少し遊んでく? 路銀はたくさんあるよぉ」

「でも心愛ちゃんが一生懸命集めたものだろう? 僕が使うのは悪いよ」


「いーのいーの。あたしは土御門くんが喜んでくれたら満足だからぁ。それにどーせカツアゲして集めたお金だしー」


 最後のは聞かなかったことにした。


 心愛ちゃんの許可が下りたことで我慢の枷が外れた僕はキョロキョロとお上りさんのように出店を見て回る。


「射的に輪投げにイカ焼きっぽい食べ物……あっちは何かの鉄板焼きか……!」


 縁日で見知ったゲームも銃がどう見ても本物だったり、景品が謎の動物だったりした。


 食べ物も見たことのない食べ物に混ざってチョコバナナがあったり綿あめがあったりと、見ているだけでも楽しかった。


「見て見て心愛ちゃん! あのソーセージ美味しそうだよ!」

「あれ死ぬほどマズイからやめたほぉがいいよぉ」


 確かによく見るとマズそうだった。肉汁が紫色している。雰囲気に騙されたぜ。


「お腹空いてるならどっかご飯屋さん入るぅ?」

「そうだね。出る前に食べてくるのを忘れたからお腹空いちゃった」


 それに異界ダンジョンではどんなご飯が食べられるのか非常に興味がある。

遊ぶのは腹ごしらえをしてからでも遅くないだろう。


「なんかオススメのお店とかある?」

「あるよぉ。中華っぽいお店なんだけどラーメンが美味しいんだぁ」

「じゃあそこに行こう」


 心愛ちゃんに案内してもらったお店は、「猫飯店」というお店だった。

 これまた昭和レトロを感じる年季の入ったのれんをくぐり入店する。


「いらっしゃいませー。こちらにどうぞ」


 店員らしい猫娘さんに案内され、4人がけのテーブル席に座る。


 メニューを見ると、炒飯やあんかけ焼きそばといった馴染みのある料理名の中に、カエルの塩炒めや雀の焼き鳥といったあまり見かけないものもあった。


「オススメはラーメンだったよね?」

「そだよぉ。このキリンラーメンがオススメー」


 猫飯店なのにキリンとはこれいかに。看板メニューには店の名前を付けるのが普通だと思うけど、ここは異界だから僕の常識は通用しないのかしら。


「じゃあ僕はそれにしようかな」

「あたしもそれにしよっと」


 猫娘さんに猫ラーメンを二つ注文する。

 5分ほど待っていると、見た目王道の醤油ラーメンが届いた。


「やあとてもいい匂いだ。美味しそう、いただきまーす」

「いただきまあす」


 揃ってズルズルと麺をすする。

 どこにキリンの要素があるのかはわからないが、匂いと見た目通りに普通に美味しいラーメンだった。ホッとする味という表現がぴったり当てはまる。


「噂によるとキリンの骨を出汁に使ってるらしいよぉ」

「マジか」


「酔っぱらいの言葉だから信憑性は低いけどねぇ。ま、なんの出汁を使ってたとしても味は美味しいから問題ないでしょぉ」

「それもそうか」


 ズルズルと美味しいラーメンに舌鼓を打っていると、


「あら、あら、もしや稀人様では?」


 覚えのある声に振り返ると、そこにはスズネが立っていた。

 相変わらずモフモフの尻尾と和服がとても可愛らしい。


「やあスズネ、ちょうど君のことを探していたんだ」

「出たな女狐ぇ。お前のせーであたし達の仕事が増えたんだぞぉ」


「稀人様はわたくしのことを探していたのですか?」

「うん。君にちょっとした話があってね」


「偶然食事に訪れたところを再会できるとは、これはもう運命! 以前ご案内できなかった分、ぜひとも今日わたくしに町をご案内させてください!」


「だーかーらー話があるって言ってるでしょぉ」


 スズネは完全に心愛ちゃんを無視していた。そんなスズネの態度にムカッときたのか、心愛ちゃんは珍しく大声(心愛ちゃん基準)で割って入ってきた。


「なんです野蛮人。わたくしは稀人様とお話ししているのです、貴方はどこかに消えなさいな」

「あたしだって稀人だってのぉ」


 このままでは話が進まなさそうだったので、


「スズネ、ご飯食べに来たんでしょ、とりあえずここ座ったら? 僕達もまだ食事中だし」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る