第11話「ギルド」

 総務局がある6階までエレベーターで移動した僕は、長い廊下をギルド(情報管理課)目指して先導する心愛ちゃんの後ろをテクテクと歩いていた。


 社員食堂が5階にあるので、実は日常的に総務局を通り過ぎていたようだ。


「着いたよん。せっかくだから扉を開ける権利をあげましょー」


 扉は自動ドアなので実際には扉を開ける権利というよりはロックを解除する権利なのだが、その辺は雰囲気ということにしておこう。


 いただいた権利を行使すべく、カードリーダーにIDカードを読み込ませる。


「ようこそいらっしゃいました、冒険者さん」


 と、ゲームのように扉を開けると同時に受付嬢が出迎えてくれるということはなかった。


 しかし、色々な人が慌ただしく動いている様は僕の気持ちを十分昂らせた。ワクワクしたと言い換えてもいいかもしれない。


「あれが掲示板だね」

「そだよぉ、おっきいでしょぉ」


 ちょっと目にしたことがないサイズ感の掲示板だった。


 昔一度だけ大学の公開講義を見に行ったことがあるけど、その時に講師が使用していた巨大なホワイトボードを思い出した。


 100人以上が軽く入ることができる教室に合わせたサイズのホワイトボードだったので相当大きかったけど、ギルドの掲示板もそれに匹敵するサイズだ。


「上の方までびっしり依頼書が貼られてるね。これじゃ最適なのを探すのに苦労しそうだ」

「いちおー対策はされてるんだけどねぇ。よく見たら色分けされてるの気付かない?」


「ほんとだ。赤と青と白いのがあるね」

「大きく分けて3つの危険度で依頼書が貼られてるんだぁ。赤が一番危険でぇ、白が簡単な任務だねぇ」


「そうすると初心者の僕は白を選ぶのがよさそうかな?」

「んにゃ、土御門くんは青だねぇ。赤の任務でも内容によってはいけるかなぁ」

「呪力も使えないのに?」


「君の場合は基礎スペックが高すぎるんだよぉ。どこの世界に呪力ブーストなしで異界の住人と追いかけっこできる人がいるっていうんだい」


 そう言われてもできるもんはできる。実際今朝もやってみせたし。


 やっぱり僕オリンピック選手を目指すべきだったかもしれない。本気で挑戦してたら今頃金メダル量産してそう。なんて思っていると、


「君が土御門さん?」

「いかにも僕が土御門さんです」


 声に振り向くと、そこには三つ編みを肩に垂らしたおっとり美人が立っていた。

歳の頃は30くらいだろうか。年上にしか出せない色気がチャーミングだった。


「はじめまして、私は香坂こうさかすみれです。情報管理課の課長をやってます。よろしくね」

「よろしくお願いします。美人さんですね」


 僕がそう言うと、心愛ちゃんは「むぅー」と声に出して不満を表現した。


「ふふ、ありがと。お噂はかねがね」

「ちなみにどんな噂です?」

「西園寺さん以来の期待の新星、とか色々とね? あなたは今噂の中心にいるのよ」


 てっきり鬼のシゴキに耐えし者とかそういう噂だと思っていた。


「西園寺さん以来って、心愛ちゃんって期待の新星だったんですか?」

「あら、知らなかったの? 西園寺って藤原氏の血族だからとても力があるのよ」


 道理で。他の人を知らないから正確にはわからないけど、比べるまでもなく心愛ちゃんの戦闘能力は異常だと思う。月の宮駅の時なんて僕ちょっと引いたもん。


「ひょっとして心愛ちゃん、いいとこのお嬢様だったり?」

「まあそれなりにはー」


 深窓の令嬢とは程遠いけど、言われてみれば食事の時とか礼儀作法がしっかりしていた気がする。まさか心愛ちゃんにゴスロリ以外の属性が付くとは思わなんだ。


 僕の家は普通の中流家庭だというのに、同じ期待の新星である心愛ちゃんはお嬢様か。この差は一体なんなのだろう。ちょっと羨ましいぜ。


「今日は任務を選びにきたのよね?」

「そうです。いつもは心愛ちゃんに選んでもらってるので、僕も選んでみたいなって」


「そっか。じゃあそんな可愛い新人さんを私にアシストさせてほしいな」

「ぜひお願いします」


「そうねぇ……前回の任務結果から考えて、実力的には1級の任務も受けられるはずだけど……任務には西園寺さんも同行するのよね?」


「そのつもりー。土御門くんはあたしだけの可愛い部下だからぁ」


 なんかちょっと張り合ってないか心愛ちゃん。そんなに牽制しなくても僕は香坂さんになびくつもりはないぞ。


「これで3回目の任務ってことなら、これとかどうかしら?」


 香坂さんが指した依頼書を見ると、「月の宮駅の調査」と書かれていた。


 タイトルから察するに、以前心愛ちゃんが言っていたようなその駅が安全かとか規模はどれくらいかなどを調査する任務なのだろう。


 香坂さんには悪いが、調査には面白みを感じないし、何より月の宮駅には直近で行っているのでお腹いっぱいだ。


「ごめんなさい、月の宮駅はこの間行ったばかりなので遠慮します。なんか面白そうなのはないですかね?」


「面白そうかあ……んー、そうだ! 面白いかどうかはわからないけど、これは?」


 改めて香坂さんが指した依頼書には「狐面の怪盗の正体を暴け!」と書かれていた。


「……これってもしかしてスズネのことなのでは?」

「もしかしなくてもそうだろうねぇ」

「あら、二人共もう正体知っちゃってる感じ?」


「たぶん。これ正体を暴けって書いてますけど具体的にはどんな任務なんですか?」


「現世行きの定期を手に入れるために悪さをしてるみたいだから、懲らしめてほしいって任務ね。異界ダンジョンの場所はまどろみ駅よ」


「狐でまどろみってもう確定だぁー。だから言ったのにぃ。あの女狐めぇ、結局あたし達の仕事増やしたなぁ」


 言わんこっちゃないとはこのことだろう。僕もあの時心愛ちゃんがスズネに派手なことはするなと警告していたのを覚えている。

 残念なことにその警告は彼女の胸には響かなかったようだ。


「まどろみはいつかちゃんと見て回りたいと思っていたので、それにします」

「難易度は2級だから土御門くんが異界に慣れるにはちょうどいい任務だと思う」

「任務内容的には何をすればいいんですか?」


「イタズラが過ぎる子に反省を促してもらえればそれで任務完了ね。まどろみの住人だから、たぶん話し合いで解決すると思うわ」

「オッケーです。じゃ」


 早速、と言いかけたところで心愛ちゃんが僕の腕をちょいちょいとつついた。


「ん? なんだい?」

「まどろみの住人は身体能力が高いからぁ、呪力の操作を覚えてからのがいいかもぉ」


 言われて今朝捕まえた変態のことを思い出す。彼もそういえばまどろみの住人だった。

 常人では追いつけないあの足の速さはまどろみの住人故だったのか。


「なるほど。ちなみに習得にはどれくらいかかるの?」

「普通は一ヶ月くらい習得に時間がかかるけどぉ、土御門くんなら一週間くらいかなぁ?」

「なら3日で習得してみせる」


 実にヒーローっぽい発言だ。思わず自画自賛してしまったぜ。


「んー、ならそれ相応の特訓をするけどぉ、ほんとに大丈夫ー?」

「大丈夫だ、問題ない」


 問題しかなかった。再び血も涙もない鬼教官となった心愛ちゃんの特訓はキツかった。


 特訓内容についてはみんなもそんなの興味ないだろうし、何より僕が思い出したくないので割愛させていただくが、結果的に宣言通り僕は3日で呪力操作を身に着けた。


「よっしゃー! これで呪力操作も完璧だ!」

「ほんとに3日で覚えるなんてびっくりだよぉ」

「僕は言ったことは守るようにしてるんだ」

「流石だねぇ。それじゃ、任務を受注しにいこっかぁ」


 ということで3日ぶりにギルドを訪れた僕達は、掲示板の中から「狐面の怪盗の正体を暴け!」という任務書を取って受付に立った。


「こんにちは、二人とも。この任務を受注するんですね?」

「お願いします」


 確認を取った香坂さんは、任務書に大きなハンコをダンッと押した。


「はい、確かに受注しました。必要な装備なんかはこのフロアにある装備課で受け取っていってね」


「わかりました。ありがとうございます」

「気をつけていってらっしゃい」


 装備課で武装と異界で使用できる硬貨を受け取った僕達は陰陽庁を出た。

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