第10話「陰陽師の日常」
皆様、土御門清明です。僕は今全力で走っています。
夏場の太陽やかましい日中に学生が汗を輝かせながら走る様は、まさに青春と言っていいでしょう。そこに異界の住人というおよそ青春からは程遠い登場人物がいなければ。
「クッソ! あいつ足早すぎだろ! 心愛ちゃん!」
イヤホンマイクで繋がっている彼女の動きを確認する。
「土御門くん、その調子で頼むよぉ。もうちょいであたしの迂回が間に合うからぁ」
「簡単に言ってくれるなあ!」
眼前の俊足星人は疲れを知らないのかずっとトップスピードで逃げ続けている。
人間離れしたスピードの彼相手に引き離されずにいるだけでも褒めてほしいものである。
「ほい行き止まりぃ」
交差点の角からヌッと顔を出した心愛ちゃんが俊足星人に足掛けをして転ばせた。すっごい痛そうだった。顔面からコケたぞ……。
「ぬごおぉ……」
やっぱりすごい痛かったみたいだ。苦悶の声をあげる彼に、心愛ちゃんはゴスロリのポケットから取り出した手錠のかたっぽを彼にかけ、もうかたっぽを自身の右手首にかけた。
「確保完了ぉ。さ、迎えの車を呼ぼっかぁ」
足が早かったので彼のことを俊足星人なんて呼んでいたけど、正確には「まどろみ駅」の住人だ。
なんでも今捕まえられた彼を始めとして、こちらの世界で生活をしている異界の住人はそれなりの数いるようだった。
そんな彼らが現世で悪さをしないように見張ったり、悪さをした場合にこうして捕まえるのも陰陽師の仕事なのだ。
「しかしこうして近くで見ても異界の住人には見えないな」
「目に呪力を通せば正体が見えるんだけどねぇ。あたしの目にはたぬきの耳と尻尾が見えてるよぉ」
僕の目にはどこからどう見ても一般成人男性にしか見えなかった。
「早く呪力を使えるようになりたいなあ」
「土御門くんならすぐ使えるよおになるさぁ」
なんて話しをしていたら黒塗りのワゴン車が路肩に停まった。
心愛ちゃんと雑談しながら車に揺られること10数分、陰陽庁に到着した。
「こういう案件はどこの担当になるの?」
「とりあえずは警備局の外事課かなぁ。最終的にどこの課の担当になるかは容疑者の話を聞いてからって感じだねぇ」
「まるで警察組織のようだ」
警察組織にも外事課は存在する。もっとも、そちらは公安の一種で国際テロなんかを担当している組織だけど。
「この辺はけっこー警察と似てるかもねぇ。悪質なのだと公安案件になるし」
「警察の?」
「んにゃ、陰陽庁にも公安陰陽師っていう警察の公安とは別に公安が存在するのよぉ」
「なんだか紛らわしいな」
「そーなんよぉ。命名した人に文句言いたいよねぇ」
話しながらも心愛ちゃんの足は件の外事課に向かっていた。
僕の所属する霊界局、異界課は8階にあるが、警備局は7階にあるらしい。
担当職員に捕まえた容疑者を受け渡す。僕達の仕事は一応これで終わりということになるが、
「せっかくだから彼がどうなるか見てみたいな」
「いいよん。元々そのつもりだったからねぇ。これも勉強べんきょー」
カツ丼が出てきそうな取調室へ連れて行かれた容疑者は、厳つい風貌の職員に容疑の確認をされている。そんな彼の様子を僕達は別室で観察していた。
「
「はい、間違いありません……」
「本名はなんていうんだ?」
「サトルです」
「漢字の読みと同じ……ふむ、こちらが把握している情報と相違ないな」
観念した様子のサトルなる容疑者は、職員の質問にしっかりと答えていった。
「お前には女性の下着を奪った容疑がかかっている。覚えがあるか?」
「はい……あります」
下着ドロかよ。捕まえられてよかった。女性の味方として最高の仕事をしたな。偉いぞ僕。
「調べによると、被害者は80歳を超える高齢女性のようだが……」
……え? どういうこと? ちょっと耳を疑う内容だ。
「だって、まどろみには老女がいないんです。歳を取っても皆若い姿だ。そんなのおかしいと思いませんか? 僕は歳を取った女性にしか出せない色気があると思うんです……!」
「気持ちはわかるが……」
わかるんかーい。まさかの職員さんも熟女好きとは恐れ入った。
「お前、面と向かってお願いして下着を貰っていたらしいな」
「はい。やっぱり無理やりはよくないと思って……」
「なのに被害届を出した女性の下着は泥棒してしまったのか……どうしても欲しかったのか?」
「あのドギツいピンクのパンツが僕を狂わせたんです……」
なんだか急にどうでもよくなってきたぞ。というか、聞くに耐えない。
「心愛ちゃん、僕はギブアップだ」
「あたしもぉ。変態はノーセンキューだぁ」
「社食に行こう。走ったからお腹が空いた」
「さんせぇー」
社員食堂に移動した僕はサンドイッチセットを注文した。心愛ちゃんはジャンボパフェとコーヒーを注文していた。
「サトルっていったっけ? 彼はどうなるのかな?」
「軽犯罪だし少しの反省期間をおいて日常に戻るんじゃないかなぁ」
「ぜひとも監視をつけてほしいね。彼とは二度と追いかけっこをしたくない」
「ウチにそんな余裕はないんだよねぇ。いいとこGPS付きのリストバンドで監視とかかなぁ」
性癖なんてものはそう容易に変えることはできない。きっと彼はこれからも老婆にお願いして下着を貰い続けるのだろう。
「しかし、まさか異界の住人がこっちに住んでるとは夢にも思わなかったよ」
「それがけっこーいるんだよねぇ。あたし達が安全だと確認した駅の住人達にぃ、定期的に現世行きの定期を販売してるんだぁ。観光用とか就労用とか分けてねぇ」
「例の硬貨でやり取りしてるの?」
「そそ。陰陽庁の外貨稼ぎみたいなもんだねぇ」
「ひょっとして芸能人とかにもいたり?」
「ゆーめーどころだとぉ、斜目潤とかがそうだねぇ」
「マジかよ……」
メン・イン・ブラックの世界に迷い込んだ気分だった。これからは自分が見ている世界を疑ってかかるようにしよう。
「そういや前にまどろみで会ったスズネちゃん、定期欲しがってたけど現世行きの定期って高価なものなの?」
「そんな安いものじゃないけどぉ、どっちかっていうと彼女の場合は素行の問題かなぁ」
「素行不良がありそうな子には見えなかったけど」
「土御門くんは女を見る目がないねぇ。スズネは盗人として有名なんだよぉ」
「ひょえ……」
あの見た目で狐のお面を被って夜の街を駆けていれば相当似合うだろう。スタイリッシュ泥棒映画の主役を張れそうだ。オーシャンズシリーズみたいな。
「本人は義賊を自称してるみたいだけどねぇ」
「尚のことカッコいいな」
「定期売るのはいいけどこっちで犯罪起こされちゃたまったもんじゃないからねぇ、それなりに審査ってものがあるわけですよぉ」
「悪者退治だけが仕事ってわけじゃないんだね」
「そのために色んな課があるわけでぇ」
なんて話をしながらサンドイッチを食べ終えた僕は、もぐもぐと小さいお口にパフェを運んでいく心愛ちゃんを眺めていた。
さっきの下着ドロで荒んだ心が癒やされていくのがわかる。可愛い子は何をしていても可愛いから目の保養になる。
「ん、パフェ食べたいのぉ?」
「せっかくだから一口いただこうかな」
「ん、あーん」
フレークのカリカリ食感とアイスの冷たさがベストマッチしていた。そこに加わる美少女からの「あーん」はただのパフェを至高の逸品へと昇華させていた。
「実に美味い」
「ここのパフェ美味しいよねぇ」
「ね。そういえば僕、いつも心愛ちゃんについて行く形で任務に行ってるけど、普通はどうやって任務を受けるの?」
「なにぃ、もう独り立ちしたいお年頃なのぉ?」
「いや、他の人はどうしてるんだろうってふと思ってさ」
独り立ちしてしまったらむさ苦しい野郎とバディを組まなければならない可能性が発生する。そんなのは絶対に嫌だ。だから、これは本当にただの疑問。
「総務局の情報管理課に行ったら色んな任務が掲示板に貼り出されてるんだよぉ。その中から受けたい任務を選んでぇ、担当の人に難易度と実力がマッチしてるかみてもらって受注するのぉ」
「なるほどギルド方式か」
「そそ。みんなその方がわかりやすいからギルドって呼んでるぅ」
最初は、はぐれスライム討伐ミッションしか受けられないけど、ギルドランクが上がればドラゴン討伐ミッションを受注できるようになるとかそんな感じだろう。
「土御門くんは受けてみたい任務とかあるぅ?」
「どんなのがあるかわからないからなんとも」
「それもそおかぁ」
と言った心愛ちゃんは最後の一口を放り込むと、
「じゃ、今から見にいこっかぁ」
と言った。
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