第6話「月の宮駅:③」
「……見られてるね」
心愛ちゃんがスラム街への入口と称した場所から10分ほど歩いただろうか。気がつけば荒れ果てたビル群と、地べたに座り込んでいるノッポが目立つようになっていた。
彼らは何かの葉っぱを燃やしたものを吸っていた。きっと僕らの世界でいう麻薬か何かに類するものだろう。
そんな彼らに先程からずっとジロジロと無遠慮な視線を向けられている。まるで、
「あたし達のことを値踏みしてるんだよぉ」
「ようは簡単に追い剥ぎができそうか、金目のものを持っているかどうかって感じ?」
「そだねぇ。武装してるからぁ、よっぽどのヤクチュー以外は襲ってこないだろうけどぉ、見てわかる通りこの辺はヤクチューしかいないんだぁ」
「それっていつ襲われるかわからないってことじゃないか」
心愛ちゃんが「そだねぇ」と相づちを打つよりも先に僕達を通せんぼするかのように3人組のノッポが立ちはだかった。
「土御門くん、セーフティ解除してぇ」
「オッケー」
アサルトライフルのセーフティを解除して、いつでも撃てる態勢を整える。
「あたし達になんのよぉ?」
「かネめのモのをダせ」
「ない。失せろぉ」
心愛ちゃんがそう答えると、ノッポは唐突に襲いかかってきた。
しかし彼女は一切慌てた様子を見せずに襲いかかってきた暴漢に足をかけて転ばせると、そのままの流れでヘッドショットを決めた。
頭から黒い液体を垂れ流し動かなくなったノッポ。僕の勘違いでなければ絶命している。
「まだやるぅ? ……やるみたいだねぇ。土御門くん、かたっぽ任せていい?」
「殺しちゃっても問題ない感じ?」
「むしろ殺してくれたほーがいいかなぁ」
「オッケー」
「くるよぉ!」
言うが早いか襲ってきたノッポにアサルトライフルの3連射を浴びせる。
心臓付近に命中した弾丸は、果たして彼の命を奪うのに十分だったようだ。ビクンビクンと身体を痙攣させた後、動きを止めた。
心愛ちゃんの方を見ると、華麗に1発でヘッドショットを決めていた。
「土御門くん、初めての戦闘なのにやるねぇ。ふつーはビビって身体が動かなくなるのにぃ」
「人間相手ならまだしも見た目が完全に化け物だからね。特に抵抗はなかった」
「そんなところも頼りがいがあって好きぃ」
「存分に頼ってくれ」
実際、命を奪うことにもっと抵抗があるかと思ったが、やってみたらどうとも思わなかった。むしろ化け物退治ということでヒロイックな感覚だった。
「この仕事で長生きする秘訣はねぇ、化け物に同情しないことぉ」
「微塵も同情しなかったな。僕この仕事向いてるかも」
「それはよかったぁ。早死する人はみーんな化け物に同情しちゃってるからぁ、絶対に同情なんてしないでねぇ。日本語喋っててもこいつらは化け物。これテストに出るよぉ」
「覚えておくよ」
以降、散発的に戦闘を繰り返しながらスラム街の奥に進んでいくと、道の真ん中に翔太くんのものらしき水筒が落ちているのを発見した。
「……まだ新しいねぇ。この辺を重点的に探そうかぁ」
付近の建物を探索していく。しかし、探し人の姿はなかった。
心愛ちゃんと捜索範囲を広げるべきかどうかについて話し合っていると、大きな悲鳴が聞こえてきた。
「心愛ちゃん!」
「ん、行くよぉ!」
声の聞こえた方に駆け出すと、大勢のノッポに追われている子供がいた。遠目だが、あれは翔太くんに違いない。
「位置が悪いぃ!」
心愛ちゃんの言う通り位置が悪かった。翔太くんは僕達から見て左から右へと逃げているせいで、射線を確保できない。
時折ノッポが翔太くんと被っている状況では、誤射の危険性を排除しきれない。
「あたしがあいつらの前に出るからぁ、迷子は土御門くんに任せてもいぃ?」
「オッケー任せろ!」
翔太くんの前に躍り出た心愛ちゃんがハリウッド顔負けのアクションでノッポを倒していく。
そんな彼女の様子を尻目に僕は迷子の確保に動き出す。
「翔太くん! 助けにきたよ!」
そう声をかけるも、緊急事態に耳が機能していないのか翔太くんは足を止める様子がなかった。
というか小学生なのにやたらと足が早い。火事場のなんとやらが発動しているのだろう。10キロ近い重りを背負っている状態では追いつくのに手こずりそうだ。
「翔太くーん! 待ってくれー!」
翔太くんは子供特有の奔放さで複雑な迷路化している裏道を駆け巡っていた。
しかしそんな追いかけっこももうすぐ終わる。なぜなら僕の手が彼の身体に触れようとしていたからだ。
「捕まえた!」
「うわあああああああ! はなせえええええええええ!」
あれだけ走り回ったというのにまだこんなに暴れる余裕があるのか。最近のガキンチョは元気いっぱいだなぁ。
「大丈夫だよ。僕は君を助けにきたんだ」
「あいつがくる!」
「心配しないでもさっきの連中はゴスロリのおねーさんが倒してくれてるよ」
「ちがう! あいつだよ!」
はて、翔太くんは何をそんなに怯えているのかしらと思っていると、べチャリという著しくSAN値を削ってる粘着質な音が背後から聞こえてきた。
「あー、このパターンは記憶に新しいぞ……」
以前は肉塊だったが、今回は何が待ち受けているやら。
とても振り返りたくなかったが、そんな選択肢はどこにも存在しないので振り返る。
「やっぱり……」
明らかに他とは違うノッポがいた。まずサイズからして違う。他のノッポは2メートル程度だけど、こいつは優に3メートルはある。
手のひらのベトベト具合もレベルが違うようで、だらりと垂れ下がった手のひらからはボチャボチャと粘着性のある液体を落としていた。
「察するにこのダンジョンのボスって感じか……? 一応聞くけど会話はできるかい?」
ワンチャンに賭けてそう問いかけると、意外にもボスノッポは返事をしてくれた。
「そノ、こどモ、を、よコせ」
「悪いけど無理な相談だ。僕達はこの子を助けにきたん――」
言い終わるよりも前にボスノッポがものすごい勢いのパンチを繰り出してきた。
なんとなくこうなりそうだと思っていた僕は危なげなく横に転がって回避する。チラリと横を見やると、ボスノッポの拳が当たった壁は大きく抉れていた。
「おいマジかよ。壁に穴あくパンチとかどんなパンチだよ」
食らったら一発でお陀仏じゃん。しかもこっちは子供を守りながら戦わなければいけないというハンデ付きだ。だいぶ不利だな。
「翔太くん、僕が合図したらあっちに向かって走るんだ…………翔太くん?」
後ろを振り返ると、僕が何か言うよりも先にさっさと逃げている翔太くんの姿が見えた。
「泣けるぜ……」
しかしおかげで後顧の憂いなくボスノッポと戦える。
どうやらこのボスノッポは翔太くんを狙っているらしいので、僕に後退のニ文字は許されていない。あるとすれば、それは「前進」のニ文字のみ。
あれだけ心愛ちゃんに接近戦は避けろと教わったのに、早速その教えを無視するハメになるとは思わなかった。
「シ、ね」
ベッチョベチョの拳で殴りかかってくるボスノッポの攻撃を、やや過剰ともいえる大動作で避ける。マダラさんの粘液は無害だったが、こいつのも無害だとは限らないからだ。
「おら、食らえ!」
ボスノッポの動きは緩慢といってもいい。隙だらけのその胴体に、ワンマガジン分である30発をぶち込む。しかし、
「うそん……」
撃ち込まれた弾薬はボスノッポの身体に少しめり込んだだけで、大したダメージを与えられなかった。
胴体だけが硬いのかと思い、マガジンを急いで交換して今度は顔面に向けて撃つ。だが、
「クッソ! こいつ無敵か?」
身体のどこを撃っても貫通どころか有効打にすらならなかった。
幸いにしてボスノッポの攻撃は大ぶりなので避けられるが、こちらの攻撃も効かない。
一見すると拮抗しているようにみえるが、その実こちらには残弾という明確に減り続けている物があるため、決して拮抗はしていない。むしろ時間が経てば経つほど不利になる。
「お、マエ、じゃマ」
「邪魔なのはお前だよ!」
顔面に3連射するが、やはりダメージはない。
このままでは遠からず押し切られてしまうだろう。
一つだけ試していない手がある。ナイフによる接近戦だ。しかしこいつ相手には危険が過ぎる。それに接近戦は避けるように心愛ちゃんから口を酸っぱくして言われている。
「どうしたものかな……」
何か周囲に使えそうな物はないかと探していると、視界の端に翔太くんの姿が映った。
T字路になっているので逃げ回っている間に舞い戻ってきてしまったのだろう。
そして僕が気付いたということは当然ボスノッポも気付いているに決まっているわけで、彼は僕を無視して翔太くんに向かって駆け出した。
「クッソ!」
位置的にボスノッポを追い抜かすのは不可能。ここで僕がヤツを仕留めないと翔太くんの命は狩られてしまうだろう。
そのことを意識した瞬間、僕は信じられないほどの集中力を発揮した。
「……ッ!」
世界がスローモーションになる中、僕だけは等速で動いていた。
ヤツの頭に狙いを付け、引き金を引く。
マズルフラッシュを伴い発射された一発の弾丸がヤツの頭に向かって伸びていく。
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