第5話「月の宮駅:②」
「ときに心愛ちゃん、情報収集というのはどうやるんだい?」
「ふふん、どおすると思う?」
む、簡単に答えを教えるつもりはないようだ。心愛ちゃんはいたずらっぽい笑みを浮かべ、僕の回答を待っている。
いい度胸だ。一発で当ててぎゃふんと言わせてやる。僕が今までに見てきたマンガアニメ、ゲーム映画の知識が試される時がきたな。
「潜入している陰陽庁の人に話を聞く!」
「ぶぶー。外れです」
「うそん、めちゃくちゃ自信あったのに」
「惜しいところまでいってたけどねぇ。異界は人が住むには過酷すぎるからむりむり」
「正解は?」
「現地協力者に話を聞くでしたぁ」
「というと、彼ら?」
時折すれ違うひょろ長い影達を指す。
「そだよぉ。って言っても、その辺にいるのに声かけるわけじゃないけどねぇ。そういうのを専門にしてるのがいるんだぁ。ま、ついてきてよ」
心愛ちゃんはビル群を抜けて、薄暗い裏通りへと入っていった。
裏通りといっても利用する者が2メートルはあるノッポだから、僕達基準でいうと広めの歩道くらいはある。
「こういうところはあまり僕達の世界と変わらないね」
「たまにヤバめのヤツがいるから気を付けてねぇ」
ここに至るまでに地べたに寝転がっている影を何体か見たが、心愛ちゃん的には彼らはヤバくないのだろう。彼女の言うヤバいヤツってどんなのなんだろう。
「着いたよぉ」
「ここ……?」
どう見ても廃病院にしか見えなかった。しかもおどろおどろしいという枕詞が付くタイプの。お化け屋敷と言われた方がむしろ納得する。
僕の知るそれと違う点は、入口や窓など出入りに使う場所がやたらと大きいところだ。この世界の住人に適切なサイズ感で作ると、人間感覚ではとても大きく感じた。
「とても入りたくないのだけれど」
「この仕事こんなんばっかだよぉ? 早い内に慣れるのをオススメするぅ」
それこそヤバい仕事に就いてしまったものだと思いました、まる。
「んー、この辺にいると思うんだけどなぁ」
廃病院に足を踏み入れた心愛ちゃんは恐れることなくズンズンと歩みを進めていた。
途中で絵画が落下するというドッキリがあって玉を冷やした……失礼、肝を冷やしたけれど、心愛ちゃんは一切動じることなく目的の人物を探していた。やだ、惚れちゃいそう。
「うーん、いないなぁ。ねぐらを変えたのかなぁ?」
そう言って心愛ちゃんはあるドアノブに手をかけた。目線を上にやると、そこにはデカデカと「霊安室」と書かれていた。
なんで日本語で書いてるんだ。読めない字で書いてたら怖いとも思わなかったのに。
「心の準備を――」
させてほしい。そう言い切る前に、心愛ちゃんはドアノブを捻っていた。
「あ、いたぁ」
いた。2メートルくらいあるひょろ長い影を立体化したような存在がいた。
今まで見てきた影との違いは左腕が途中でなくなっているという点だけのはずなんだけど、何故だろう、上手く言えないけど明確に彼は他とは別に映って見えた。
「ヒサシぶり、だ、な」
「おひさぁ。元気してたぁ?」
なんで心愛ちゃんはそんな普通に会話できるんだ?
「そっチ、の、オトコはなかマか?」
「そだよん。あたしの可愛い可愛い部下ぁ。仲良くしてあげてねぇ」
「オれはマダラ。よろシく、な」
そう言ってマダラさんは大きな手を差し出してきた。
見た目に反して非常に友好的で結構けっこうコケッコー。安心してその手を握ると、
――ヌチョ……。
「!?!?」
なんか生暖かくてベタつく何かが手に付着した。一瞬でSAN値が下がった。
「ここの住人、全体的にベトベトしてるんだよねぇ。言うのが遅かったぁ」
心愛ちゃん、知っていたなら本当に最初に教えてほしかった。
ちょっと、いやかなり手がベトってしまっているが、まさか手を差し出してきた本人を前にして拭うなんて失礼なこともできないので我慢するしかなさそうだ。
「キョう、ハ、なニしに、キたんダ?」
「この子を探してるのぉ。何か知らないぃ?」
そう言って心愛ちゃんは迷子の翔太くんが映った写真をマダラさんに渡した。
彼の手にかかれば写真など一瞬でふやけて判別不能になりそうだなと思っていると、
「予備を何枚も持ってきたから大丈夫だよぉ」
と心愛ちゃんが僕に耳打ちしてきた。流石は危機管理対策官だ、準備がよろしい。
「ンあー、シって、ルぞ。さイきん、コのがキをカロうとシてるラしイ。オれも、ミた」
「どの辺で見かけたのぉ?」
心愛ちゃんが問いかけると、マダラさんは無言で大きな手を差し出した。
彼女はその手に一枚の銅貨を乗せた。それには複雑な装飾が施されていた。
「銅イちまい、カ」
「欲張らないのぉ。情報提供としては妥当でしょぉ」
ジョン・ウィックみたいなやり取りだなと思っていると、
「ソれ、もそウだな」
マダラさんはそう言ってズボンのポケット(影にしか見えないが仕舞うところがあるらしい)に銅貨を仕舞った。
「マちはずレ、の、じゃンくビるしゅウへンだ。かナり、のかズにねらワれてタから、もウシんで、ルかもナ」
「ありがと。ま、探してみるよぉ。それじゃ元気でねぇ」
「アんタも、ナ」
廃病院を抜けた僕は先程のやり取りについて質問した。
「ああこれねぇ」
そう言って心愛ちゃんは僕に3枚の硬貨を渡してきた。それぞれ金貨、銀貨、銅貨だ。
「異界ダンジョンにおける通貨だよぉ。これがあればさっきみたいに情報のやり取りができたりぃ、宿に泊まったりぃみたいなサービスを受けれるんだぁ」
「途端にRPGになったな」
「わかりやすくていいでしょぉ」
「一瞬で理解できた。金貨が一番価値が高いんでしょ?」
「そだよぉ。今回はあたしがいるから渡されてないけどぉ、次回からは土御門くんにも支給されるように手配しておくねぇ」
「会社から支給される以外に入手方法はないのかい?」
「異界の住人からの依頼をこなすとか色々あるよん。これはこっちでの活動を楽にするためのものだからぁ、会社からの補給はあんまアテにしない方がいいかなぁ」
ますますゲームっぽい。キングスライムみたいな肉塊を倒したらジャラジャラ金貨を落とすとかだといいな。そう思っていると、
「異界の住人をカツアゲするのが一番簡単だねぇ」
実に世紀末な思考回路だった。心愛ちゃんがそんなヒャッハー人間だとは知らなかった。
「けど相手みてやらないとぉ指名手配されちゃうから気をつけてねぇ」
気をつけるまでもなくそんなことはやらないよ。
「しかし、小学生の子供が過ごすには少々スラム街すぎる街だね」
駅から見た光景は摩天楼が連なっていたからきらびやかなイメージを抱いたが、実際は先程の廃病院みたいに怪しげな建物ばかりだ。
一部のビル群だけが光り輝いている様はむしろ、ディストピア世界といった方が適切かもしれない。
「そだねぇ。迷子の子、無事だといいんだけどぉ……」
果たしてその不安は最悪の形で結実しそうだった。
「このランドセル、たぶん迷子の小学生のものだね」
「だねぇ……」
ジャンクビル周辺の裏通りを探索したところ、ボロボロになって原型を留めていないランドセルを発見してしまった。
この惨状を見て持ち主が元気いっぱいだとは到底考えられない。なんらかのトラブルに巻き込まれたと見るのが正解だろう。心愛ちゃんが現場検証を行っているが、その顔が険しいものなのが物語っている。
「戦闘は避けられなさそうだなぁ」
「まだ最悪のパターンってわけではない感じ?」
「たぶんねぇ。殺されてたら血痕なりがあるはずだけどぉ、ここにはランドセル以外ないからたぶん逃げたんだと思うぅ」
「それは朗報だ」
心愛ちゃんは銃の薬室に弾丸が装填されているか改めて確認しながらこう言った。
「土御門くん、どっちか選んでほしいんだけどぉ、ここはあたしに任せて現世に帰還するかぁ、あたしと一緒に捜索を続行するかぁ、どっちがいい?」
「一緒に捜索」
迷うまでもない。いつまでも心愛ちゃんにおんぶにだっこでは格好がつかない。ここは僕もやれるんだということをアピールする絶好の機会だ。
「ん、わかったぁ。そしたらスラム街に入るからぁ、戦闘前提で考えてねぇ」
「了解。てかここら辺はまだスラム街じゃなかったんだね」
「ここがちょーど入口かなぁ。これから先は荒っぽい連中ばかりだよぉ」
「望むところさ」
「じゃ、ちょいと冒険をしに行こうかぁ」
そう言って銃を担ぎ直した心愛ちゃんは、アクション映画の主人公のようだった。
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