第4話「月の宮駅:①」
紆余曲折の議論(というほどのことはなく、一方的に心愛ちゃんが要求を突きつけていた)を経て、僕は晴れて彼女の直属の部下ということになった。
そうして部下一号が心愛ちゃんから命じられた初めての任務は、「とにかく死なないための術を身につけること」だった。
2週間に及ぶ集中特訓は運動神経バツグンの僕をしてキツイものであり、何度か食べたものを戻しそうになった。
教官は心愛ちゃんが担っているのだが、特訓中はまさに血も涙もない鬼そのものだった。
しかして特訓後は社員食堂にてパフェをあーんしてくれたりと恋人みたいなことをしてくれるのだ。まさにアメとムチここに極まれりって感じである。
「土御門くん、あーん」
そして今はまさにそのご褒美パートだった。心愛ちゃんの手にするスプーンには生クリームとイチゴが乗っていた。
「あーん……もぐもぐ。ときに心愛ちゃん、社内で僕がなんて呼ばれてるか知ってるかい?」
「んー? 知らないなぁ」
「鬼のシゴキに耐えし者、だよ」
「龍が如くの副題みたいだねぇ」
呑気にそんな感想を言っているが、ここでいう鬼が心愛ちゃんであることに彼女は気付いていないのだろうか。
「噂に聞いたんだけど、心愛ちゃんのシゴキに耐えられなくて辞めた人がたくさんいるみたいだね」
「みんな根性がないんだよねぇ」
根性の一言では到底片付けられないシゴキのキツさだと思うのだが。
「だって考えてみてよぉ、あたし達のことを簡単に殺せるような化け物の相手をしないといけないんだよぉ? 簡単に乗り越えられるような訓練なんて意味ないでしょぉ」
「確かに一理ある」
「一理も百理もあるよぉ」
「だいぶ出来るようになってきたと思うけど、心愛ちゃん的にはまだ不安?」
初日はまるでダメダメだったが、ここ最近は彼女の課す課題を乗り越えられるようになっていた。
相変わらずキツイことに変わりはないが、課題を達成できないということはなくなっているが故の問いかけだった。
「んー、正直言うとデビューしても問題はないんだよねぇ」
「なら――」
「でも好きな人に危険な目に遭ってほしくないって気持ちを理解してほしいなぁ」
そんなことを言われてしまえば何も言い返せない。
「まあでもぉ、そろそろ実戦に出さないと栃木さんがうるさいしなぁ」
彼女は僕にあーんさせたスプーンで自らの口にパフェを運んでもぐもぐすると、
「迷子の捜索くらいはしてみるかぁ」
ということで、僕は異界行きの電車に乗っていた。
どうやら異界行きの電車に乗った時点で時間がおかしくなるらしく、現世では夕方だったのに窓から見える風景は真夜中同然の真っ黒だった。
「次はきさらぎ駅、きさらぎ駅。降り口は左側です」
「あ、先に行っておくけどぉ、間違ってもここで降りないでねぇ。きさらぎ駅は異界ダンジョンの中でもとびきり危ない場所だからぁ」
そういうのは異界行きの定期を拾う前に言ってほしかった。
何故定期を拾ったあの日、きさらぎ駅の噂を僕に教えたのか。その疑問を予想していたのか、心愛ちゃんは次にこう言った。
「仕組みとして、異界行きの電車は必ずどういうわけか最初にきさらぎ駅を通るんだぁ。だからネットにあふれる噂の多くがきさらぎ駅なのぉ」
「危ないことこの上ないな」
電車の異常に気付いたら、きっと多くの人はすぐに近場の駅で降りるだろう。まさかそこが肉塊パラダイスだなんて、罠以外の何者でもない。
「そだねぇ。だからあたし達みたいなのが定期的にきさらぎ駅を巡回してるってわけぇ」
「ひょっとして心愛ちゃん、僕のこと
「せえかぁい。だからすぐに助けられたんだよぉ」
の割には僕が危機に陥ってからの登場だった気がするが。そう思っていると、
「下手に他の駅で降りられると捜索が難しいんだよねぇ。住人が隠したりするパターンがあるからぁ」
「なるほど納得。これから行く場所はどこなの?」
「『月の宮駅』ってところだよぉ。この間現世行きの電車に乗ったまどろみ駅の次の駅だねぇ」
「いまいち全体像が把握できないんだけど、異界ダンジョンってどのくらい規模なの?」
「駅に依るねぇ。例えばまどろみなんかは東京と同じくらいの大きさなのがわかってるけどぉ、他の駅がどのくらいの規模かっていうのはあまり調査できてないんだぁ」
「それは危険だから?」
「そだねぇ。むしろ異界ダンジョン全体でみたらぁ、まどろみ駅みたいな場所は珍しい方だよぉ。他はほとんど危険な生物がうじゃうじゃいるからぁ」
「確かにまどろみの住人は危険なく会話が成立しそうな感じがあったね」
スズネとしか会話していないが、ケモミミと尻尾がついている人間って感じだった。
「あんまり油断はしない方がいいと思うけどねぇ」
そんな会話をしていると、電車が目的地である「月の宮駅」に到着した。
相変わらず乗降口から見える景色は真っ黒だったが、一歩踏み出すと景色に色がつく。
黄昏れの景色の中に、東京タワーほどの高さがあるビルがまるで摩天楼のようにそびえ立っていた。
「気を付けてねぇ。ここの住人、基本的には無害だけどたまに襲ってくるのがいるからぁ」
さてここの住人はなんじゃろなと思い、駅の中を見渡すと、2メートルくらいあるひょろ長い影を立体化したような人(?)がいた。
「顔が無いのに彼らはどうやって個体判別をしてるんだ?」
「よく見るとビミョーに違うんだよねぇ。それよりぃ、装備の確認はしたぁ?」
言われて確認していないことを思い出した。
僕の装備はHK416という小銃とベレッタM92Fという拳銃だ。それらの薬室に弾が装填されているか、セーフティレバーがオンになっているか確認する。
ずいぶんハイテクに思われるだろうが、なんでも現代の陰陽師は弾丸に自らの呪力を乗せて戦うらしい。その話を聞いた時、酷くがっかりしたが、心愛ちゃんいわく、
「式神なんてのを使える人はいないよぉ」
とのことだった。ならばと思い刀や手裏剣は使わないのかと問うと、
「接近戦になってる時点で敗色濃厚だねぇ。化け物によっては体液が毒だったりするからぁ、アウトぉ」
確かにそうだ。刀で斬った張ったするのは映画の中だけなのだろう。まともに考えて銃が効くならそちらの方が効率がいいもんな。
「しかし心愛ちゃん、このボディアーマーとても重いから脱ぎたいんだけど」
心愛ちゃんはいつも通りゴスロリ服を着ているのに、僕だけ戦場の兵士みたいな格好をしている。大変不平等である。
「プレートキャリアーね。それは君に怪我してほしくないというあたしからの愛情だから素直に受け取ってほしいなぁ」
そう言われたら僕がなんでも「うん」と言うと思ったら大間違いだ。
「仕方ないなあ」
おや、僕の口は思っていることと違うことを喋ったぞ?
「ここけっこー探すところ多いから面倒なんだよねぇ」
「見た目だけでも多そうだもんね」
眼前に見えるビル群をしらみ潰しに探すのは骨が折れそうだ。
ちなみに迷子になっているという小学生男子である
「とりま、情報収集しよっかぁ」
そう言って歩き出した心愛ちゃんの後を追う。
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