第7話「月の宮駅:④」

届け・・ええええええええ!」


 ――ズパンッ。


 あれだけ何度撃っても有効打にならなかった銃弾が、今の一発に限って致命打になった。

 貫通を通り越して、頭がザクロみたいに弾けたのだ。


 真っ黒な液体を周囲に撒き散らしたボスノッポの巨体は、ズズンという音と共に地に伏した。ピクリとも動かない。完全に殺しきっただろう。


「……なんだ?」


 我ながら何がどうなってこうなったのかわからなかった。


 とはいえ、任務は迷子の翔太くんを保護することだ。疑問の答え探しは後回しにして、僕は呆然と立ちすくむ翔太くんの元に行く。


「翔太くん、悪い化け物は僕が倒したよ。お家に帰ろう」

 そう言うと、彼はコクリと頷いた。


 通りに出ると、死体の山が出来上がっていた。10や20ではきかない数だ。その中心には心愛ちゃんがいた。


「まさかとは思うけど、これ全部心愛ちゃんがやったの?」


「そだよぉ」となんでもないことのように言う心愛ちゃんは、頼もしいを通り越して少しだけ怖かった。絶対に怒らせるのはやめようと思った瞬間だ。


「お、迷子を確保できたみたいだねぇ」

「ボスノッポが現れて大変だったけど、なんとかね」

「ボスノッポぉ?」


「なんかすごいデカくてすごい硬いやつ。銃が効かなかったんだ」

「そのボスノッポはどこにいるのぉ?」


「倒した」

「倒せたのぉ?」


「その件については後でちょっと聞きたい。僕もよくわかってないんだ。さしあたって早くこの子を現世に返してあげよう。流石に可哀想だからね」


 幾度かの軽い戦闘を経てスラム街を抜けた。


 その間、翔太くんは過酷な環境で数日間も無事に生き残っていただけあって、僕達の戦闘を見ても震え上がることもなくしっかりとした足取りでついてきてくれた。


 おかげでスムーズにスラム街を抜けることができた。ここまでくれば後はちょっと危険な散歩くらいものだ。


 スラム街のように襲われたりということもなく、僕達は無事に月の宮駅に到着した。


「ふいー。ここまで来たらもお大丈夫だぁ。翔太くん、この定期を改札に通してぇ」


 あらかじめ用意していたらしい現世行きの普通の定期を翔太くんに渡す心愛ちゃん。

 彼は言われた通り定期を改札に通した。その姿を見た僕達も同様に普通の定期を通す。


「なんだかドッと疲れた気分だよ」


 背伸びをすると、骨こそ鳴らなかったものの、疲れが滲んでいる感覚があった。


「初めての任務にしてはハードだったからねぇ」

「心愛ちゃんはいつもこんなことをやっていたんだね」


「そだねぇ。特訓しといてよかったでしょぉ?」

「心の底からそう思っていたところだ」


 心愛ちゃんとの特訓がなければ、確実にボスノッポにやられていただろう。心愛大明神様には感謝しないといけない。そう思っていると、


「お、おにーさん」

 と翔太くんに服の袖を引かれた。


「ん、なんだい?」

「なまえ。おにーさんのなまえおしえてください!」


「清明。土御門清明だよ」

「はるあきおにーさん……たすけてくれて、ありがとう!」


 こんなにまっすぐ感謝を伝えられたのはいつぶりだろうか。


 薄情というほどではないが、とりたてて情に厚いつもりもない僕だったが、今の一言にはぐっときた。だから、


「どういたしまして」


 僕もまた、心の底から言葉を出せた。


「はるあきおにーさん……」


 名前を呼びながらチラチラと僕を見る翔太くん。なんじゃろなと思っていると、


「きっと助けてくれた土御門くんをヒーローだと思っているんじゃないぃ?」

 と心愛ちゃんが耳打ちしてきた。


 なるほど。であれば、ヒーローっぽいことでもしてみるか。


「翔太くん、肩車しないかい?」

「いいの?」

「もちろん。さ、僕の肩にお乗り」


 翔太くんを肩車してホームを歩く。もちろん、危険を考えて心愛ちゃんにもついてきてもらっている。


「うわぁ……! いけーバンバンジャー!」


 いつの間にか僕に戦隊モノみたいな名前が付いていた。


「よし、バンバンジャー発進するぞ!」


 その後、電車が来るまでの間、僕はバンバンジャーとなって翔太くんをあやしていた。


「寝ちゃったねぇ」

「ずっと一人で頑張っていたんだ、当然だよ」


 電車に乗ると、翔太くんはすぐに眠ってしまった。


 ずっと気を許せない状況にいて、やっとお家に帰れるという安心感と、電車の揺れが運ぶ眠気に抗えなかったのだろう。


「そういえば土御門くん、なんかあたしに聞きたいことあるって言ってなかったぁ?」


「ああそうだ。ボスノッポに銃弾がまったく効かなかったんだけど、なんか気合入れて撃った弾丸はめちゃくちゃ派手に効いたんだよね。どういうことかわかる?」


「撃った時集中してたぁ?」

「かなり」

「なんか叫んだりしたぁ?」


「すごいな、なんでわかるの?」

「すごいのは土御門くんだよぉ。やっぱり有名どころの末裔なんだねぇ」


 発言の真意をはかりかねていると、


「土御門くんがやったのは呪言って呼ばれてるやつだろうねぇ」

「じゅごん?」


「そ。ちなみになんて叫んだの?」

「んーと、確か『届け』だったかな?」


 僕がそう答えると、心愛ちゃんは難しい顔をして考えて込んでしまった。


「死ねとかそう感じではなかったのぉ?」

「そうだね。『届け』としか言ってないはず」

「んん? 変だなぁ。届けだったら弾が当たるだけのはずなんだけどぉ……」


 変とはこれいかに。また僕なんかやっちゃいましたか?


「呪言っていうのはぁ、言い換えると言霊なんだよねぇ」

「当たれって言ったらほんとに当たるみたいな?」


「そそ。あたし達みたいのは言葉に呪力を乗せることで呪言として言葉を実現させるんだけどぉ、『届け』だと文字通り『攻撃が届く』って結果になるはずなんだよねぇ」


「そうは言っても頭が弾けたぜ?」


「それが変なんだよぉ。土御門くん、呪力量桁外れに多いからぁ、呪言通り越して呪詛になっちゃったのかなぁ?」


「じゅそ? また新しい単語が出てきたなあ」


「簡単に言うとぉ、呪詛は相手に災いが及ぶ系の言霊かなぁ。まー言っちゃえば呪いみたいな感じぃ?」


 やだ怖い。僕の発した言葉が呪いになっちゃうなんておちおち会話もできない。


「いずれにせよぉ、もうちょい後で教えようと思ってたことを土御門くんはやったわけだねぇ。うん、これはすごいことだよぉ。おねーさんが褒めてあげよぉ。ナデナデ」


 そう言って心愛ちゃんは僕の頭を撫でてくれた。


「そういえば現代の陰陽師は弾丸に呪力を乗せて戦うって言ってたもんね」


 僕の頭を撫でる心愛ちゃんの手に愛情が込められているのを感じて思い出した。


「そだよぉ。でもまだ土御門くんには教えてなかったねぇ」


「できれば一刻も早く教えてほしいね。またぞろボスノッポみたいのが出ないとも限らない。もっといえばその呪言だか呪詛だかの使い方も教えてほしい」


「一個ずつ順番にねぇ。そんなにたくさん呪力使わないと倒せない化け物がいるわけじゃないからぁ」


「そうなの?」

「たいていは呪力なしでも殺せるよぉ。もちろん呪力込めた方が楽だけどぉ」


 まだまだ覚えなければならないことがたくさんありそうだ。


 僕は異界ダンジョンについて何も知らない。この先も陰陽師をやっていくなら、面倒くさい気持ちを抑えて勤勉にならなければいけないみたいだ。

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