第6話:お姉さんの浴衣と手持ち花火

「お〜2人とも!帰ってきたんか!」


里美は俺らに向かって大きく手を振る。中華風の割烹着姿がはだけて首筋から滴る汗が色っぽい。とか思っていると隣の朋香から小突かれた。嫉妬やろうか?


「里美姉さん!屋台見て回るの楽しかったです〜♪」

「そかそか!そりゃよかったな!」

里美はしきりに朋香を撫でる。住民たちから本当の姉妹のようだと言われているだけあってか、周りからポツポツとそう言った声が聞こえてくる。


俺は朋香と先にトラックへ向かった。どうやら里美は店じまいをした後に、俺たちをどこかへ連れて行きたいみたいだ。行きにも通ったはずの並木道に祭り提灯が揺れる。隣には笑顔の朋香がいる。お互いの気持ちを吐き出した後の俺たちの距離はどんどん近くなっていた。


「秀こっち向いて」いきなりそう言われて振り向くとほっぺを指で突かれる。「ひっかかった!」と喜び、また笑う。朋香はよく笑うようになった。今まで、俺への恋心を隠し続けていたのだから、好きの気持ちが大きくなっているのだろう。俺は人目につくからと抑えていたが、無性にキスがしたくなった。


「朋香こっち向いて?」そう言うとそっぽをむく朋香。どうやら意趣返しでもされると踏んだのだろう。そっぽをむく朋香の方へ周りこんで無理やり唇を奪う。もちろん嫌がっている様子はなかった。朋香は「いじわる…」と一言残し赤面した。その後、可愛い顔の横を流れる髪をくるくるとさせていた。


ふと思ったのだが、俺たちが付き合っていることを里美にどうやって伝えようか、伝えたら伝えたでおせっかいを焼いてきそうだし、ちょっと億劫な気持ちである。朋香は早いこと里美姉さんにも伝えたいと前向きな姿勢である。こういう報告は早いほうがいいんだろうな。とりあえず保留にして、里美がトラックに来ることを待つ。


「お待たせ〜!じゃ行こっか!」

里美がいつものジャージ姿になってトラックの元までやってきていた。どことなく疲れたような顔をしている。


「行くってどこに!?」


「川に決まってるじゃん」

里美はトラックの中からじゃーんと言わんばかりに花火を見せた。

「花火しに行こうよ!」


俺たちは目を輝かせて花火をしたいといった。そのあと小一時間ほどかけて、河川敷へとやってきた。時刻は10時30分、周囲には誰もいない。川の流れは穏やかで、自然の豊かな場所である。


「2人ともちょっと後ろ向いててな」

里美はそう言った後トラックから紙袋を取り出して木陰へと入っていった。僕は時計盤の反射でお姉ちゃんを見ていた。紙袋からは浴衣が出てきて、あっという間に里美は着替えてみせた。(あぁ昨日の晩にミシンで作っていたのはあの浴衣だったのか…。)


「いいよ!こっち見て〜じゃーーーん浴衣!!超可愛いっしょ!!」

「里美姉さん素敵ですぅぅぅぅ!!特に紫色のリボンがすごく大人びてかっこいいです!!」


里美のサッと短時間で着替えた技、ミシンで浴衣を作り上げた技術は一体どこで身につけてきたものなのだろうか?さらに時を巻き戻すと、トラックを止めた神技も。超人パワーの出所は気になるが、浴衣+ギャルの破壊力が半端ない。俺はすうぅぅと息を吸い込んだ。


浴衣が美しいだけでなく、里美はがそれを着るとますます可愛く見える。花柄の柔らかな色合いが彼女の肌によく映えて夏の風に揺れる。それでいて、浴衣の帯をしっかりと締めると、一気にかっこいい雰囲気を醸し出す。


「里美、よく似合ってるよ。でも、そんな浴衣どこから持ってきたんだ?」

「あぁこれ?これは昨日もらったんだよね!」


またこの笑い方だ。お姉ちゃんは最近よく引き攣った笑い方をする。嘘をつく時の顔だ。


俺はお姉ちゃんにダラしなさを感じることもある。だけど、自分の強さを隠して周りに優しく接する姉の姿勢を俺はいつも頼りにしている。お姉ちゃんが偽らない本当の気持ちを見せないのはきっと俺たちを守るためなんだろう。

毎日専門学校で疲れ果てているお姉ちゃんには俺ができる限りのサポートをしてあげたい。お姉ちゃんが弱っているときには、俺が強くなって支えてあげたい。お互いに支え合いながら、何でも乗り越えていける強い絆が俺ら兄弟の間にはあるだろう。


「そっか」

俺の約200文字の葛藤はわずか3文字に凝縮された。


そうして、俺たちは花火を取り出して、バケツを用意する。意外と大容量な花火のパックに心が躍る感覚がした。


懐かしい夏の日、手持ち花火を家族で楽しんだ。父が花火を打ち上げ、母が俺たちを見守る姿が心に残る。夜空に色とりどりの花が咲く度、家族の笑顔が広がった。今は亡き両親との思い出だけど、その時の幸せを忘れることはない。お姉ちゃんと俺にとって花火は家族を笑顔にさせるものなのだ。



「見てみて!すごい綺麗だよ!」


朋香も満面の笑みを浮かべながら両手に花火を持ち、駆け回る。俺は微笑ましくその光景を眺めていた。光が反射して朋香の浴衣が美しく映える。朋香は手持ち花火を持ち、嬉しそうに笑っている。夏の夜空には、蛍がキラキラと輝いている。朋香の浴衣は涼しげで、涼やかな風と一緒に揺れている。俺も一緒に花火を楽しんでいる。この幸せな時間が永遠に続けばいいのに、と思う。花火の音が、夏の夜に満ちていく。彼女の笑顔も、私の心を満たしてくれる。浴衣に包まれた彼女の姿が、まるで夏の女神のように輝いている。


「秀くん!これ見てよすごい音を立ててる!」


一斉に空に放たれた筒形の花火はまるで夢のような美しい光景だ。俺たちは歓声を上げた。筒の中から異なる色と形の火花を散らし、瞬く間に空を彩った。幸せな時間はあっという間に過ぎていったが、手筒花火は青春のひとときを彩る特別な存在だ。その美しさと喜びを分かち合えるお姉ちゃんと一緒にいることが幸せだと改めて感じさせられた夜であった。


浴衣を着た姉が花火の輝きとよく合っていて、花火の光よりもお姉ちゃんの笑顔が一番輝いて見えた。ふとした瞬間に見せる、優しさに満ちた表情に、俺の心は温かくなった。お姉ちゃんの頼もしさと一緒に過ごす楽しさが心の底から感じられる。花火の音に混じるお姉ちゃんの笑い声が、まるで夏の夜空を彩る花火のように俺の心を包んでいた。


(あぁこれって…)

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