第5話:伝わる想いの音は鼓動と花火

間違いなく俺は朋香からキスをされた。触れ合った唇がじわぁっとほんのり熱くなる。朋香を耳の先まで真っ赤になっている。


「えーっと…なんか照れますなぁ!?」


長い横髪をくるくると巻きながら言った。しかし、目線はどこか泳いでいて、心ここに在らずといった感じだ。あたふたとした姿からは幼さを感じ、対比的な大人っぽい浴衣がよく映える。照れ隠しに「とりあえず先進もうか」と言ったあと俺たちは祭り街道を進んで行った。先程までとは異なり俺と朋香には距離感があった気がする。


「ウッ……グスッ…ヒック…」


しばらく歩いていると、どことなく啜り泣く声が聞こえた。周囲を見渡しても人影はなく声の主がどこにいるのかわからない。朋香も鳴き声に気づいたようで周囲を確認している。俺はより注意深く見渡すとやや下の方に主がいた。


「お嬢ちゃん、こんなところでどうしたん?お母さんとはぐれてしもたんか?」

「…グスッ…ヒック」

「大丈夫やで、お姉ちゃんもそこのお兄ちゃんも一緒に探すの手伝ったる」


背の低い鼻ちょうちんをたらす少女がいた。声の主は少女だったのだ。華やかな浴衣に身を包み、髪を結っていたその子は朗らかに「ありがとう!」と告げる。人混みの中、小さな女の子1人ではとても心細かったのだろう。それに歩きにくい姿であるし、助けを求めることも叶わなかったのだろう。


「お嬢ちゃん、これやるわ。」

そう言って俺はポケットから子供向けのクッキー取り出した。それを手渡すと少女は不安だった表情から笑顔を見せるようになった。


「秀、もうお嬢ちゃんって言い方古いんちゃうか?」

「しゃあないやろ。その子の名前知らんねんから、それに他に呼び方あるかいな?」

「昔は私のこと“そこの女”とかって呼んでたのになぁ」「せやけど…」


俺と朋香はそう言った話ができるほどに距離が戻ってきていた。しかし距離が近くなるほど、あの時の感触が蘇ってくる。潤った唇、甘い香りと艶やかな……おっと、いかん。今は目の前のことに集中せな。どうも最近朋香を見ていると心が落ち着かん。そういえば昔からこんな気持ちやったんかもしれん。照れ隠しでちょけてたけど、もしかしたら…


「あたしね、サヨ!小さいに夜って書いて小夜!」

「小夜ちゃんかいい名前だね」


それじゃああ母さん探そか、ということでとりあえず周囲に呼びかけてみることにした。


「小夜ちゃんのお母さん!!小夜ちゃんのお母さんいらっしゃいませんかー!?」

「小夜ちゃんのお母さんー!小夜ちゃんここにいますよ!!」

しばらく俺たちは周りに呼びかけ続けた。小夜ちゃんがはぐれないように俺が抱いてその手を朋香が握る。どうしてか朋香は俺の手を掴んでいるような気がする。暖かなその手は少し震えていて、不安を感じる。俺はその手を静かに握り返す。


「さ、小夜!!」


小柄な女性が必死に俺らの元まで駆け付ける。ぜーはーと息を切らしていて、足が相当汚れている。おそらく小夜ちゃんの母親だろう、足の汚れは娘を探し回ったときに着いたものだろう。


「お母さん!!」


ふたりはしばらく抱き合っていた。母親が俺たちに気づき深々と礼をして、去っていった。もうはぐれないようにと、ふたりは手を繋いでいて、後ろからでも小夜ちゃんの笑顔が見えるほど幸せそうだった。


「良かったな小夜ちゃんのお母さんが見つかって…」

「そうね、」

「そろそろ里美のところに戻ろっか」

「そうね、」

「やっぱり待って」


俺の袖は朋香の手によって引っ張られている。意表を突かれた俺は少々バランスを崩し、壁に朋香を押し付けるような形で体勢を保てた。急に接近したためか、ふわっと甘い香りが漂う。朋香の結い上げられた髪が崩れて、ふんわりツヤのある髪がサラサラと流れている。


「私、ずっと言いたかったことがあるの.…」

「……うん」


朋香はじっと俺の目を見つめる。どこか決意のようなものがこもっていて、袖を掴む手に力が入っているのがわかる。肩が小刻みに揺れたり、唇が震えているのは緊張からだろうか?


「私、秀のことが好き…、大好き!!」

「えええ!?」

「私と付き合ってください」


向き合った瞳からうるうると涙がこぼれる。長いまつ毛の先から滴る涙は祭り提灯を反射して紅く見えた。距離が近いせいか、心臓の音が聞こえる。どくんどくんドンッ。俺の心臓なのか朋香の心臓の音なのか、はたまた今打ち上がった花火の音なのか、祭囃子の太鼓の音なのか、わからない。


「俺は……おれも…!!」


壁際の朋香を抱き寄せてしっかりとハグをする。そういえば今日は8月9日(ハグの日)だそうだ。柔らかい体が密着する。俺が朋香の首に顎を落とすと、ヒャンッって声を出すもんだから少しイタズラしたくなる。俺たちは花火を見ることなく人の少ない壁際で愛し合った。元々馬が合わないとは感じていたのだが、お互いにどこか特別扱いのような兄妹愛のようなものが芽生えていたみたいだ、いがみ合いも口喧嘩も全てが愛の裏返しで、その愛が露呈した今、これ以上ないほどの幸せを感じていた。


「愛してるよ」


「私も」


2人の声は後ろの大きな花火のせいで2人以外には届かない。今度は俺が朋香の唇を奪った。突然のキスではなく、2回目のキスは甘ったるくて深い愛を感じるものであった。


咲くことも振り返ることもせん天に向かって放たれる花火の嵐のようなそんな恋をしてみたいものだ。その脇にはひっそりと飛行機雲が残っていた。

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