第2話:幼馴染の訪問

少し経つと警察やらが集まってきて姉に事情聴取をしている。乗用車の運転手はこれでもかと頭を下げて謝っている。ここでは、幸い怪我人もいないようですしと話がまとまったようだ。


俺は里美の意外すぎる一面を見てしまって、そそくさと逃げるように激安スーパへと走った。燦々さんさんと日が照っていて、帽子をかぶってきて良かったと心から思った。


帰り道では普段よりも気をつけて横断歩道を渡った。

横断歩道を渡った先の電柱の間や街路樹がいろじゅの間に祭り提灯ちょうちんがかけられていることに気づいた。明日はここ鶴崎公園で大きな夏祭りが開催されるのだ。


玄関の戸を開けた俺はリビングのクーラはつけないで窓を開けて風鈴をつける。そしてタンスから扇子を取り出してあおぐ。これが俺の夏を節約して過ごす裏ワザだ!


激安スーパの冷やし中華を平らげた俺は夏休み独特の所在なさに悩まされる。これが徒然なるままにって感覚なのかな?課題をやろうにもこの暑さのせいでやる気が削げるし、外へ遊びに行こうにも暑すぎる。何もしたくない〜。


そうこう考えているうちにスマホに一件のメールが入った。表示名は朋香と書かれていた。彼女とは幼い頃から馴染みがあるが、俺と朋香は馬が合わずしょっちゅう喧嘩をしていた。また、朋香は俺の姉の里美を尊敬している。


とりあえず未読スルーを決め込んでいたのだが、着信は2件3件と増えていった。そうして、10件に差し掛かろうとした時に部屋にインターホンの音が鳴り響く。まさかと思い、覗き穴を見ると朋香の姿があった。


とりあえず玄関の戸を開けてやると朋香はすぐに入ってきて、履き物も揃えないでリビングのソファへと向かった。履き物を揃えない所作や我が物顔でソファを陣取るといった行動はどことなく姉を彷彿ほうふつとさせる。


「おいここさ、お前の家じゃないんだけど。」

「いいでしょ?ちょっと近くを通りかかった時に風鈴が見えたんだもの、少し涼みたかったのよ。」


朋香は水色のワンピースを着ていて手には麦わらの帽子を持っていた。帽子には少し年季の入った緑色のリボンがついていた。朋香は少し茶色がかったロングの髪で、昔から里美に似ている。まるで姉妹みたいだと言われていた。


「里美なら朝から出かけているから今はいないぞ」


そう告げると朋香はあからさまに不満そうな顔をした。ぷくぅと膨れ上がったほっぺはいじらしくてとんがった唇は少し艶めかしい。


「ところで秀は明日の夏祭り行くの?」

「考え中だな。」


去年は地元の男友達らと一緒に行ったのだが、今年は隣町の祭りとブッキングしたらしく友達らはそこへ行くそうだ。俺はその祭りが遠かったので断っておいたのだ。誰かと一緒に行けるなら行くんだけどなと考えていると衝撃的な言葉が聞こえてきた。


「誰とも約束がないなら私とまわらない?」


少し恥じらいが混じったような顔で朋香は言った。なにぶん外は暑かったため日焼けて火照っているように見えるのかもしれないな。


「ええぇえ!?いいのか?お前の友達らはどうしたんだ?」

「隣町の祭りに行くっていうのよ、私は遠いからパスしたんだけどさ」


朋香も俺と似たような境遇だったのだなとしみじみ思う。


「そんでどうなのよ?行くの?行かないの?」

「行こうぜ、焼きそば食いたいし」


俺と朋香は一緒に祭りに行くことを約束したのだった。


「ところで朋香、里美のことなんだが」

「里美姉さんがどうしたの?」


興味津々といった顔の朋香に今日あったことを話してみる。暴走する乗用車を片手で止めて、子どもを守ったという荒唐無稽こうとうむけいな話であるが、一応共有しておきたいと思ったのだ。


「里美姉さんは流石です!!子どもを華麗に助けるなんて!ほんっとに素晴らしいですね!!」

「えぇ、、」


失念していた。朋香は里美を心底尊敬していて、今の話も何も疑わずに受け入れてしまっているようだ。目をキラキラさせてぶつぶつと里美について語っている。どうやら俺は共有する相手を間違えたらしい。


「いや、マジなんだって、片手で車を!?おかしくないか?」

「流石です! 里美姉さんーー!!」


こりゃダメだ。もう聞く耳もないんじゃないかってほど自分の世界に入っている。新しい数式を発見した数学者のように、はたまた人体実験をするマッドドクターのように。そして、ブツブツ里美への愛を語り続ける。


それにしても、思い返すとあの時の里美はすごくカッコ良かったな。服装も相まってか、より一層そう思えた。

しばらくするとまた、インターホンが鳴ったので玄関へと向かう。すると同時に戸が空いた音がした。


「わりぃインターホン鳴らしちゃった。鍵持ってるから呼ばなくても大丈夫だったな!」


そう言って里美が帰ってきたのだ。帰ってきた里美の姿をまじまじと見た。どこもおかしなところはなく、強いて言うなら見慣れない紙袋を持っていたことぐらいだ。


「秀、私のこと見すぎやん。好きなんか私のこと?」


そう言ってニヒルな笑みを浮かべる姉はさながら人体実験、、((以下略 のようだった。


「ちゃうよ、いやちゃうくないけど。まぁおか。」

「短縮しておかえりって言うんやめて。腹痛なる」


そう言って笑いながらリビングへと向かう。当然だが玄関では靴が散乱している。


「おぉ、朋ちゃん!来てたのか??久しぶりだなー!」

「里美姉さん!?!?おっ、お久しぶりです!」


さっきまでブツブツ言っていたせいか朋香はぎこちない返事をした。玄関の靴を整理し終えた俺はキッチンに立った。せっかく里美も朋香もいるんだし貰い物のスイカでも振る舞ってやろうと考えたのだ。


里美と朋香はソファに座り明日の祭りのことについて話している。どうやら里美も行くようだ。店がどうとか言っていたので出店でもするんだろうか?


「二人ともこっち来て、スイカ切ったぞ。」


そういうと目を輝かせた二人が食卓へとやってきた。猛獣かってほど勢いよく切り分けたスイカを食べ始める里美と朋香。勢いは凄まじいが辺りに飛び散らさない器用さに脱帽するしかない。


「うまいな秀!」

「このスイカ美味しいです!」


二人の満足そうな顔が見られてよかった。

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