第3話浅井の結末

先手は神田大八15世大名人の手番である。

持ち時間は各5時間。 


対局が始まった。 

旅館の滝を見た神田は、

「滝が美しい」 

と、ボソリと言った。

 

観客席の大盤解説では、聞き手の佐々木女流3段が、解説者の滝川9段に説明を求めた。

「今回は、記憶力の天才と先読みの天才との激突です。激しい力戦模様になるでしょう」

「見どころはどこでしょう?」 

「やはり、中盤から終盤戦のもつれが楽しみですね」

「それでは、9時になりました。先手は神田先生です」


定時の9時。

世紀の一戦が始まる。

神田はタバコを吸い、庭を眺めた。一向に初手は指さない。

浅井は、

『何、考えてるんだジジイ。早く指せよ!お前の手は読んでいる』


読み上げが、

「神田先生、持ち時間30分経過です」

神田は落ち着いて、お茶を口に運び、外を眺めている。


「神田先生、持ち時間1時間経過です」


大盤解説では、

「何故、神田先生は初手を指さないのでしょうか?」

「……さぁ。分かりませんな」


おもむろに神田の右手が動いた。

飛車先の歩をつくと思った。

浅井は喜んだ。

『お前が2六歩を突けばオレの勝ちだ!』

みんな、2六歩をつくと思った。

しかし、手は更に右に寄り、1八香を指した。


大盤解説も会場もどよめいた。


浅井は、1八香と指され、魂消た。

頭の中のデータを読み上げる。

初手、1八香は無い。

『何を考えてるんだ?良し、神田の手を読んでみよう』

と、じっと神田の目を見つめる。

浮かんできた。浅井に浮かんだ神田の心の中は海の波だった。


……勝てない。負けだ!


浅井は、1八香の手を見て投了した。

頭を下げる時に、湯呑みの受け皿に手が触れてしまい、湯呑みは真っ二つに割れた。


「うん。それも読んでいた」

と、神田大八は、盤上に新しい湯呑みを置いた。

会場は騒然となった。


帰り際、ハイヤーの中で、神田大八と弁護士は語った。

「神田大名人、220連勝おめでとうございます。大名人の勝負のこだわりは凄いモノですね」

「全くだ。今回の敵は強かった。何せ読むが10年もかかったのだから。ハハハハハ」


浅井は、将棋界から姿を消した。


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盤上の戦い 羽弦トリス @September-0919

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