お題:肉食系


「アオくんは草食系に見えて、結構、肉食系だよねぇ」


 今まさに鶏肉に齧りつこうとしていたアオに、ワタリが突然そんなことを告げてきた。

 本日の夕飯は寄せ鍋だ。つい先日まで鬱陶しい暑さが続いていたというのに、気づけば秋を通り越して冬が転がり込んできている。そうなると、体があたたまる飲み物や食べ物が恋しくなるわけで。

 夕飯なに食べたい? と問うてきたワタリに鍋かおでん、と返したら、鶏肉と野菜が盛りに盛られた鍋が食卓に用意された。

 それで、なんだったか。肉食系?


「ワタリも野菜より肉のほうが好きだろ」

「確かにおにーさんも、野菜より肉派、草食系よりは肉食系だけどね」

「意味がわからない」


 あつあつの鶏肉を口の中に放り込みながら、アオは眉を顰める。じゅわ、と広がる出汁と鶏の味に満足していると、目の前の男の顔がみっともなくゆるんでいた。


「食べ物を頬張ってるアオくん、リスみたいで可愛いなぁ」


 馬鹿にしてるのか、と立腹したものの、口の中にものが入っている状態なので反論ができない。睨みつけながら必死で噛み続ける姿にも、ワタリはにこにこと笑うばかりだ。

 やっと鶏肉を飲み込んでアオが文句を口にしようとしたタイミングで、急に相手が距離を詰めてきた。


「肉食系ってね、こういうことだよ」


 こちらが声を出す前に、唇と唇が合わさる。遠慮なく口内に滑り込んでくる舌を押し返そうとするも、アオの抵抗などあってないようなものだ。好き勝手に口の中で遊ぶワタリに翻弄され、背中にぞわぞわとした震えが走った。


「はは、かぁわいい……」


 ようやく離れたワタリの唇が、いつもよりつやつやとしている気がする。乱れた息を整えていると、後頭部に回されていた大きな手が宥めるように髪を撫でてきた。


「っ、食べてるときに、こういうこと、するな」

「うん、ごめんね?」


 全く反省などしていない顔で小首を傾げられても、ただ腹立たしいだけだ。それでも、これ以上詰め寄ったところで無駄だと経験則でわかっているため、アオは大きく深呼吸して反論を飲み込んだ。テーブルに落としてしまった箸を拾って持ち直す。


「それで、なにが肉食系だって?」


 こういうこと、という囁きとともに濃厚なキスをお見舞いされても、結局肉食系というものがなんなのかアオにはわからない。場を弁えない人間のことだろうか、と考えながらネギを摘んだところで、ようやくワタリから回答がもたらされた。


「欲望に忠実で、人と沢山触れ合いたい肉欲系がつがつタイプのことだよー。アオくん、意外とおにーさんとするの、好きでしょ?」


 箸で持ち上げた熱々のネギを顔面に投げつけてやろうかと思った。食材が可哀想だしもったいない、となんとか踏みとどまったものの、怒りで握りしめた箸の先が震えている。


「僕じゃなくて、ワタリが好きなんだろ……っ」

「うん、好きだねぇ。なんなら、今夜も思う存分、アオくんに触れてとろとろにして泣かせたいなぁ」

「っ、食べてるときにそういうこと言うのもやめろ」

「ごめんごめん。林檎みたいに真っ赤なアオくんが可愛いから、つい」


 自分でも顔が赤くなっていることは自覚しているが、これは羞恥からというよりは怒りからくるものだと思う。

 恥の概念などなさそうな顔でさらっと夜の誘いを受けたアオは、箸で摘んだままだったネギを口の中に運ぶことで返事を保留する。面白がるように目を細めるワタリに何か反撃できないものかと考えた結果、ノーを突きつけることにした。


「今夜は、しない」

「ふぅん?」

「あと、次の仕事が終わるまで、しない」


 アオの返答に、ワタリの瞳が少しだけ曇った。


「へぇ……?」


 ここのところ仕事が立て込んでいたこともあり、少しゆっくりしようという方針を先日決めたばかりだ。どうしても自分たちでなければ受けられない、そう判断されるような高難易度依頼が突発的に入ってこない限り、次の予定まではのんびり過ごすつもりだった。

 ──次の仕事予定は、ひと月後。


「アオくん」

「……なに」

「とりあえず、お鍋、食べちゃおうか」


 どう返されるか少しドキドキしながら待っていたアオの耳に届いたのは、いつもと変わらないワタリの声だった。さらりと流されたことには釈然としないものの、ぐつぐつ煮込まれ始めた鍋の中身のことを考えれば頷くしかない。

 そうして、他愛のない会話を続けながら、二人は最後の雑炊までしっかりと食べ終えた。食器をシンクに運び、淹れたばかりのコーヒーを片手にソファに腰掛ける。満たされたお腹に満足しながらぼんやりとコーヒーを口にしていたアオのマグカップが、突然無言で奪われた。驚きに声を上げる間もなく、さらりとソファに押し倒される。

 見上げた先には、満面の笑顔があった。


「ごめんね、アオくん。おにーさん、捕まえた獲物を腐らせる気はないんだよねぇ」


 じゃあ、今夜もちゃんと『いただきます』。

 そう囁くワタリの瞳は狩りをする肉食動物のように強く鋭く、アオは踏んではいけない尾を踏んでしまったことにようやく気づいたのだった。

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