#11

「何ですか、ここ?」


 あーだこーだと言いながら暫く歩いた僕らの前にあの禍々しい杜が姿を表すと、柳田君は眉を顰めて訝しむ。


 夏休みからはバンドの練習もあってなかなかここに足を運べずにいた僕だが、いつの間にかこの杜への道はしっかり覚えていた。


 ──久しぶりに会えるなぁ……。


 ゆっくりと息を肺に流し込むと、爽やかな草木の香りが鼻腔をすり抜ける。


 僕の足は初めてここにきた時と変わらず、軽やかに吸い込まれるような引力で歩みを進めた。道なき道のはずなのに、僕は皆を引き連れて迷わず足を動かす。些細な枝が服に絡み、木の葉が髪に挟まってもそれが気になるどころか、一種の心地よさを感じる。


 無言のまま杜を進む僕に、メンバーは誰1人不満を漏らさなかった。


「着いた……ほら、ここだよ!」


 僕はやっと開けた場所に出ると、声を子供のように弾ませて後ろを振り返る。


 壊れかけの赤い鳥居をくぐり、苔の絨毯が敷かれた石畳を歩き、木製の所々が腐食して穴だらけの社に足を踏み入れた僕は、白の陰を探す。


「螢……お前なんかに取り憑かれてねぇよな?」


 さっきまで彼女がどうやらと騒いでいた昴は、顔を引き攣らせて僕の顔を注視していると、「なんか心霊スポットみたいですねー」と言いながら側に寄ってきた柳田君が僕の服の裾を摘む。


 能天気を装って話し出した柳田君だが、微かに声が震えている様に思える。どうやら「怖いのが嫌い」と言うのは本当らしい。


「……なんだか今日は騒がしいな──あぁ、螢か?」


 静かに響き渡る、鈴を転がすように透き通るその声は紛れもない白だった。


「ひゃぁ!」


 白の声に驚いた柳田君が可愛らしい悲鳴を上げると、狐神は小首を傾げて柳田君を見つめる。


「はて……少年かと思ったが、女子おなごだったのか?」


 ふわふわの耳をピンと立てた白は生真面目に尋ねるも、女の子紛いの悲鳴に恥ずかしさで赤くなった柳田君はあわあわと「ち、違……」と声にならないまま口を動かしてショートした。


「ほほう……」


 興味津々な白が尻尾を緩やかに揺らして僕の後ろで小さくなる柳田君に近付くと、隣の昴は目を輝かせて「えっ……本物?……いや、コスプレ?!」と興奮している。


「こすぷれ……とは?いや……しかしこの少年、螢に似ているが……」


 白は声のする方へ視線を向けると、昴と僕の顔を見比べてから考えるように唇に人差し指を当てた。


「前に話した、双子の兄の昴だよ」

「初めまして、昴です!……てか、美人過ぎません?」


 初対面に気さくに話せるのは昴の長所ではあるが、単刀直入過ぎるその言葉に僕は少し呆れて頭を掻く。


「あぁ、前に言ってた兄、か……それにしてもなかなか見る目のある少年だな!確かに我は美麗だ」


 しかし単純な狐神様は昴の言葉に気を良くして尻尾を大きく揺らし、ふふんっと顎を上げて自慢げに睫毛を伏せると、昴もそれに乗っかって盛大な拍手を浴びせる。


「昴とやらは、螢と違ってなかなか理解が有るではないか」


 流し目で僕を笑った白は不敵ながらも妖艶な表情でそう言い放つと、僕の心臓がけたたましく飛び跳ねて痛み出すので、僕は不貞腐れながら白を睨む。


「煩いなぁ!……せっかく曲が出来た報告に来たのに……」

「な?!それはまことか!!」


 さっきの誇らしさは何処へやら──彼女は子供の様に「これでやっと……やっと禍々しい封印が解ける!!」と周りを気にする事なく飛び跳ねて喜びを表した。


「あのさぁ……前から気になってたんだけど、なんで白は封印されたの?」


 ──『我は、この社に千年も封印されている』


 初めて出会った時に白が口にした言葉が耳から離れない僕は、ポツリと独り言の様に言葉を溢すと、白はゆっくりと下を向いて深く息を吐く。


「……そうだな、ここまで尽力してくれた螢達には、事の顛末を話さねばならん」


 さっきまではしゃいでいた白の表情を写し取った様に晴れていた空が掻き曇り、途端に静かな雨が社を包んで泣き出す。


「まぁ中に入れ……この杜の天気は、我の感情に起因している……どうせ話が終わるまで雨は止むまい」


 彼女の悲しげな笑顔に驚いた僕は、静かに息を呑んだ。

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