#12

 社の中は荒れた畳と張り巡らされた御札が印象的な、おどろおどろしい空間だった。


 その中でも異様な空気を放っているのは部屋の中央に鎮座する枯れ木の枝で、その枝は何重にもミミズ文字の様な御札と鎖で縛られている。


「ここは……」


 僕は理解が追いつかずに室内をぐるぐる眺めると、白はさも当たり前の様に畳に座り込む。


「我が封じられし空間だ……まぁ好きに座ってくれ」


 白に促された僕達は、おずおずと畳に正座して白の口から出る次の言葉を待った。


 それを見届けた彼女は純白の尻尾を畳に下ろし、ゆっくりと瞳を閉じる。


 ──綺麗。


 きっと僕は……彼女のどんな表情にも、宝石を覗くような気持ちになるんだろうな──。


 僕はその感情の名前をとうに知っていた。

 きっと……最初に出会った時から。


 やっと自分の気持ちを整理し、抗うのを諦めて向き合った僕は、ゆっくりと大きな金色の色石と視線が絡む。


「……我々狐神は、穢れの多い人間とたむろしてはいけないという掟がある。……我は狐神であったが、生まれた頃から他と比べて宿した色相が薄く『凶瑞』と呼ばれていた」


 真っ白な耳を水平に下げた白は、ゆるゆると悲しそうに言葉を吐き出す。


「ちゃんとした名前も付けられないまま神界から捨て置かれた我は、必然的に人間に拾われた……。我の親代わりをしてくれたのは、それはそれは貧しい老婆だった」


 昔を懐かしむ様な、それ以上にやるせ無い気持ちを込めた様な表情の彼女は、膝の上に置いた手に力を込める。


「その老婆は、幼い我を大切に育ててくれた。人の目からも避け、貧相な米を分け合って生きていた……それでも、我は幸せだったのだよ」


 白が口惜しそうに唇を噛むと、雨音がゴーゴー……と唸り声を上げて社を揺らす。


「そんな慎まやかな営みを続けたある日、奴らは我の元に来たのだ!──我を投げ捨て、我を忌み嫌ったその面を下げて……人間に助けられた我に裁きを与えた。……目の前で、たった1人の我の味方をその枯れ木に変えて、な」


 金の瞳が湿気を帯びて爛々と輝くと、触れてもいない御札がバチリ……ッと音を立てて引き裂かれる。


 その勢いと音に驚いた柳田君は、「ひゃあっ!」とまたしても肩を浮かせて僕にしがみついた。


「驚かせてすまない……我の感情が乱れると、その呪符は爆ぜて我を痛め付けるのだ」


 呆れて笑った白の頬には、黒く禍々しいミミズ文字が踊る様に這いずる。それが痛いのか、苦しいのか……どちらとも取れる苦悶の表情を浮かべた白は、僕らを安心させるように優しく笑顔を作る。


「話を続けよう……かくいう我はその原罪で裁かれ、この地に封印された。その封印を解く方法はたった一つだけある……それが奴らの一分の慈悲なのか、はたまたそれすらも一興に過ぎないのかは分からんがな」

「……それが、雅楽?」


 皮肉な笑みを見せた白の言葉に僕が尋ねると、白は静かに微笑んで顎を引いた。


「あぁそうだ……人間と屯した我の為だけに、人間が作る雅楽をその枝で舞う事──それが条件だ」


 そこまでの説明を静かに聞いていた昴は不思議そうに首を捻ると、「そんなん簡単じゃね?」と声を上げる。


「だって、あんた神様なんだろ?例え裁きを受けたとしても、それなりに人ぐらい集まるだろー?」


 確かに、と納得しかけた僕が口を開こうとすると、岡部先輩が「いや、違うだろ」と額を押さえて昴を見据えた。


「よく考えてみろ……狐神から裁きを受けた邪神に、誰が奉納の雅楽を作る?それこそ人間側からしても罰当たりな上、そもそも杜に封印されているなら誰を呼ぶんだ?」


 先輩の冷静な判断に自分の安直さが恥ずかしくなった僕は、バツの悪い顔で「確かに」と笑う昴とアイコンタクトする。


「なかなか鋭いな……そう、我はずっとここで、気が狂いそうな程長い年月を過ごした──そんな折、螢がここに迷い込んだのだよ」


 気が抜けた様に一際優しい声で語りかけた白は例えようもないくらい美しく、僕の中の時間が写真を切り取ったようにピタリと止まった。

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